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食堂とやらに到着した。
入って、と扉を開け放った彼女に続くと、中にいた何人かからの視線が突き刺さる。
「え、誰だあれ?」
「もしかしてベポが言ってた…」
「あー浮上したてのデッキに落ちてたっていうあの?」
小さな声でコソコソと交わされる会話が聞こえてくる。
相変わらず言葉の意味は分からないが、大変気まずい。
「おす、イッカク」
「おすーペンギン」
「その子、こんなとこまで連れてきてどうかしたのか?」
「部屋でキャプテンが泣かせてもたついてたから」
「泣かせてねェ」
「あれはどう見ても泣かせてましたよ」
「泣かせてねェと言ってる」
言い合ってはいるものの、おそらく周りと仲は悪くないのだろう。
そう感じさせる会話を繰り広げていた。
「さ、ここ座って」
「ありがとうございます。お邪魔します」
イッカクさん、というらしい彼女は私の隣に座り、向かいにはあの人相悪男が腰を落ちつけた。
昨日お世話になったベポさんも、当たり前のように男の隣に腰掛け、その他食堂に元々いた人たちは遠巻きにこちらの様子を観察しているようだ。
「…仕切り直してもう一度聞くぞ。お前はどこの誰だ」
再び警戒心を帯び、見透かすような顔つきになって冷たい声で問うてくる。
「わたし、は…」
震えそうになる声を必死で整え、覚えている範囲の全てを話した。
まずは自分の身の上話から。
その後に救急病院で看護師としてあくせく働いていたこと。
その休憩中に起こった出来事。
気がついたら「オペ」が終わってベッドで寝ていたこと。
恐怖心から度々突っ掛かるものの、意味が通じる程度には話せたと思う。
話をするうち、遠巻きに見ていた人たちも徐々に近くの席に腰掛けて話に聞き入り、終わる頃にはその場にいた全員が私を中心にして輪を作っていた。
全てを話し合えると、
「「「………」」」
絶句。
まさしくその文字通り、全員が言葉を失っていた。
「…じゃあお前は結局なんなんだ」
「なんなんだ、と言われましても…」
一番に気を取り直した人相悪男が私の返答に片眉を吊り上げる。
この世界において、私は何者なのか。
もっというなら存在していてもいいものなのか、それは分からない。
「少なくとも皆さんに害を与えるつもりは毛頭ありません。療養が終わったら出ていくつもりですので、どうかお気になさらないでください。後2、3日の安静が必要と仰ってましたよね。終わったら出ていきます」
ぺこりと頭を下げる。
それにつられたらしい何人かも会釈し返してくれた。
間違いなく見知らぬ土地ではあるだろうが、とりあえず泊まるところがあって食べるものがあれば生きてはいける。
せっかく拾ってもらった命だ、やれるところまでやってみよう。
「出ていくはいいが…おいベポ、」
「あ、あとごめんなさい治療費なんですが財布を持っていなくてすぐに工面ができません。おいくらになります?」
人相悪男はなにやらコソコソとベポさんと会話をしていたが、
「…とりあえず金のことは気にするな。こっちが勝手にやったことだ。それよりまだ前の島を出たばかりでな、あと数日は次の島に着かないらしい」
「…は?」
次の島?
「どういうことですか?」
「だから、お前がどんなにこの艦を降りたくてもすぐには降りられないってことだ」
「え、いや船って何です?次の島?なんの話ですか?」
「…何を言ってる?」
「それは今こっちが聞いてることなんですが」
「今おれたちがいるこの場所は潜水艦の艦内だ」
…………ちょっと待って。もしかして私からかわれてる?
急に動きを止めた私に、人相悪男は面倒臭そうに眉を寄せた。
「信じられねェなら窓から外を見てみろ」
くい、と親指で示された先にあるのは小さな窓。
そこに吸い寄せられるように近づいて外を覗くと、
「………え、」
正しく、海の中だった。
深いブルーが視界一面に広がり、色とりどりの魚があっちこっちと視界を横断する。
覗き込むようにして上を見上げれば、海面からわずかに差し込む太陽の光が反射して私の網膜をちらちらと焼いた。
水族館でしか見られないような光景に、気づけば1歩、2歩と自然に後退りをしていた。
「海の、中ですね」
見てもなお信じられない。そんな光景だった。
それで突然現れたことに関して深く聞かれたのか…
「そういうわけだ。理解したか」
「わかり…ました」
本当は何もわかっていない。分かるはずがないだろう。
どれだけ順序立てて考えても何も繋がっていかない。
「ひとまずは休め。一般の人間の保護という体で次の島まで送り届ける、があまり艦内は彷徨くな。着いたらまた知らせる」
「…はい」
人相悪男はそれだけ言い残して席を立ち、恐らくは部屋に戻っていったのを見ると、静まっていた食堂が徐々に活気を取り戻していった。
「…まあ、とりあえず話はついたみたいだし。食べたら?折角作ってもらったから、暖かいうちにね」
衝撃が大きすぎて座ったまま呆然としていると、イッカクさんがさっき部屋まで運んでくれていたご飯を差し出してくる。
今日は海鮮お粥のようだ。ふわりと広がる海の幸の匂いに鼻腔をくすぐられ、食欲なんかと思っていたのに自然とスプーンに手が伸びた。
私が口をつけるのを見届けてイッカクさんも席を立って恐らくは自分の持ち場に戻って行った。
「災難だなぁ、あんたも」
不意に反対隣から声をかけられ、吃驚して振り返る。
机に頬杖をつき、こちらを見ているーー最も目元は目深に被った帽子に阻まれよく見えないがーー男性。
さっきイッカクさんと会話をしていた人だ。
「少しの間ですが、お世話になります」
「いいんだいいんだ気にすんな。キャプテンがいいっつってんだから」
ヒラヒラと顔の前で手を振る彼。
「…あの、つかぬことをお伺いしますが」
「ん?」
「キャプテンってなんですか」
「あ、なるほどそういう説明もないのね」
あっけらかんと笑った後、
「うちのキャプテン、トラファルガー・ロー。ハートの海賊団って海賊団の船長」
「………」
海、賊。……え?
「…聞き間違い?」
「何をだよ。流石にキャプテンの名前だけでも聞いたことあった?」
「いや、そんなのあるわけ、」
そこじゃないよ海賊の方だよ!
海賊ってなんなの海賊なんて今時この日本にはー………
「…トラファルガー・ロー?」
「そう。トラファルガー・ロー」
独特な名前に何かが引っ掛かり、記憶の引き出しを片っ端から開ける。
あれでもない、これでもない、そう、この名前はいつか付き合ってた男がー……