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「…ワンピース?」
「え!?おいワンピース分かんのか!?」

驚いたように立ち上がる目の前の彼。
なんだなんだと周りからも少々の注目を集める。

正確には、彼のいう「ワンピース」と私の思う「ワンピース」は違うものだろう。
彼のいう「ワンピース」は「ひとつなぎの大秘宝」。
世の海賊たちが挙って目指す「お宝」のことだ。
私の思う「ワンピース」は、そんなお宝を目指す海賊たちの「物語」。
長く続く週間連載の「漫画」だ。
高校時代に付き合っていた1人が甚くハマっていて、話を色々聞かされたことを思い出す。
とは言っても私はそこまで興味が無かったので聞いた話程度でしかないのだが…

「(その世界にいるということ…?)」

いやいやまさか。そんなことがあってたまるか。
あれはフィクション、作り物の世界の話。
でも、この人は間違いなく「トラファルガー・ロー」とキャラクターの名前を言ったし、「ワンピース」という単語にも大きな反応を見せた。
クモ膜下の発症…が関連しているかは分からないが、日に日に頻度が増していたあの眩暈や、稀に見る大地震…
あれらがもし関連していて、あれのせいで私がこの世界に迷い込んだのだとしたら…
普通はありえないけど…

まさか私が何にも考えなくていい世界に行けたらとか考えたから?
しかもその上、どこでもいいからとも思った。
いや、でも少なくともここじゃないことだけは分かるんだが。

仮定ではあるものの可能性としてはまるっきりのゼロではなさそうな結論に辿り着いてしまい、若干顔が青くなる。
急に考え込んだ私に、彼が怪訝そうな顔をした。

「おーい、大丈夫か?」
「…え、あ、大丈夫です、ごめんなさい」
「まだ本調子じゃねえんだろ。飯食ったら部屋戻ってまたちょっと休みなよ」
「ありがとうございます、そうします」

ぺこりと頭を下げ、手を振りながら食堂を後にする彼を見送る。
名前聞き忘れたな。

その後食事を済ませ、部屋に戻ろうと考えるが、

「(どこから来たっけ)」

どこに戻ればいいんだろうか。
ここから外に出られそうな扉は2、3ある。
きょろ、と辺りを見渡すも皆各々食事をしたり談笑したりで、ちょっと声はかけづらい。どうしたものか。

「あれ名前、部屋戻んないの?」

背後から声をかけてくれたのはちょうど食事を済ませたらしいベポさんだ。

「ベポさん」
「ご飯おわったでしょ?」
「どこから来たか分からなくなってしまって」
「そういうことか!じゃあ案内するよ」
「ご迷惑じゃないですか?」
「移動のついでだし全然!」

行こ行こ、と歩き出すベポさんに続く。

「もう体調は大丈夫なの?」
「はい、不思議ですけど殆どなんともないです」
「そりゃあキャプテンがオペしたからね!」

何故か自慢気なベポさん。
あの人…トラファルガー・ローのことが誇りなんだろう。
あの人がこの船の船長で他の皆さんが乗組員。
仲良し…というとまたニュアンスが違うかもしれないが、皆あの人のことを慕っているからここにいるんだろうし。

「あの、彼はお医者さんなんですか」
「彼?キャプテンのこと?」
「はい、えー…トラファルガー・ローさん?」
「そんな堅苦しく呼ばなくたっていいのに」

ベポさんはけらけらと笑うが、仲間でもない訳の分からない女に親し気にされたら、少なくともいい気分はしないだろう。

「そう、お医者さん。外科も内科も出来て、すっごい腕利きなんだ」
「そうなんですね…」

外科も内科も。
私のいた世界だと異質だが、この世界ならあり得る話か。
船医を兼ねているとするならば、どちらもある程度は診れないと成り立たないだろう。
ただそう考えると船医としては腕が良すぎるということにもなる。
良すぎるというより、そもそもの手術の工程が諸々すっ飛ばされているのが不思議だ。
これに関しても是非とも話を聞きたいが…色々聞いたところで納得できる返事が返ってくるとは限らない。
それなら…

「どうかした?」
「いえ、なんでも。それより、何か本とかってないですか?」

この世界でのやり方を学ぶだけ。
もしかしたら何か元の世界とは違う、特殊なやり方があるのかもしれない。
そうなら、是非とも覚えて戻りたいものだ。

「あるけど…暇潰しになるようなのあるかなぁ」
「勉強できるような本の方がむしろ嬉しいです。一応看護師なので、医学書とか」
「あ、それならキャプテンがたくさん持ってる!寄って借りていこう」
「え、ちょ、」

瞬く間にご機嫌となったベポさんは、私の腕をぐいぐい引いて歩き出す。
あの人に聞いてもダメそうだから自分でちょっとでも調べようとしたのにまさか虎穴に入ることになるとは…!
白熊の力にはとても逆らえず、気がつけば彼の部屋だという扉の前に着いていた。

トントントン
「キャープーテン!開けていい?」

扉の奥からああ、と彼の返事が聞こえる。
開いた扉の先は、昨日気がついた時に寝かされていたのと同じ部屋だった。
ここに連れて来られていたのか。

「なんかあったか」
「何も!名前が勉強できる本が欲しいって!」
「ほう」

くるりと机からこちらを振り返る。
なっがい足を組み、意味あり気な笑みを浮かべている彼。
いや笑みわっるぅぅぅぅぅ。
そんな悪い顔で笑われるようなことをした覚えはない。

「本棚はそこだ。どれでも好きなものを持っていけばいい。もう廃盤になっているものもあるから丁重に扱え」
「…お借りします」

本棚に向かうも、背中にはちくちくと視線を感じる。
そんなに見ないでいただきたい。
戸惑いつつも目を細め、本棚に張り付くようにして下段から順に探す。
どれも見たことのないタイトルのものばかり。著者も知らない人しかいない。
中にはいつからあるんだろうと思うほどかなり古そうなものも。
やはりこの世界でしか普及していない医療があるのかも…
気持ちの高揚を押さえながら本を次々と本棚から抜き取っていく。

脳外科の本…これとこれと。
試しに軽く中に目を通す。
医療用語の英語だらけではあるが、まあ読めないことはない。
これくらいなら元の世界でも読み漁っていた。
あ、あとこれも。周術期ケアの本。
私がオペから1日と経っていないのにこんなに元気な理由も分かるかもしれない。
術式が詳しく記されていそうなこれと…

「目悪いのか」
「…まあお世辞にもいいとはいえないです」
「そうか」

…気になることはなんでも聞くタイプなのだろうか。
段が上に行くほど確認が難しいが、まあとりあえずこれだけあれば何かしらめぼしい情報のひとつやふたつ得られるだろう。

「ありがとうございます。これらお借りします」
「ドーゾ」

終始途切れない悪い笑みに若干の不気味さを感じながら、本を抱える。

「ちなみにお前の部屋はここの隣だ」
「…あ、はい。分かりました。ベポさん案内ありがとうございました」
「いえいえー」

手を振るベポさんにお辞儀して、部屋を後にした。
とりあえず読むか、勉強も兼ねて。

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「キャプテン嬉しそう」
「ああ、ちょっとな。読みが外れた」

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