4
Law side
女の衝撃の訴えを聞き、部屋に戻ってきた。
何も分からないと憂いていたが、正直なところこちらだって何も分からないし理解が追いつかない。
仕事の休憩中にクモ膜下出血を起こし、さらには激しい地震に遭って命からがら扉を開け、次に気づいたらここにいた?
出まかせにしちゃトリッキー過ぎる。
だが本当に困っているのなら、そんな訳の分からなさすぎる嘘でこの場を取り繕う理由がない。
あれが本当の話かと言われればそれもそれで信じ難いが…ぐるぐると考えを回らせていれば、扉の前からベポが声をかけてくる。
返事をすると、扉の開く音がした。
「なんかあったか」
「何も!名前が勉強できる本が欲しいって!」
「ほう」
そうくるか。
扉の方を向けば、ベポの後ろに隠れるように半身だけ出した女。
こんなつもりじゃなかったって顔だな。
「本棚はそこだ。どれでも好きなものを持っていけばいい。もう廃盤になっているものもあるから丁重に扱え」
「…お借りします」
おずおずとベポの後ろから出てきた苗字は、本棚の前に立って物色を始めた。
手に取る本は脳外科、外科手術術式、周術期管理について…成る程な。
昨日の件に納得がいかないなりに、自分で調べてみようと思ったらしい。
背中を何気なく眺める。
「目悪いのか」
「…まあお世辞にもいいとはいえないです」
「そうか」
まあ大した意味はない。
本棚とのあまりの距離の高さに気になっただけだ。
しばらく選んで満足したのか、
「ありがとうございます。これらお借りします」
「ドーゾ。ちなみにお前の部屋はここの隣だ」
「…あ、はい。分かりました。ベポさん案内ありがとうございました」
「いえいえー」
最後まで訝しげな顔を崩さないまま部屋を出ていく。
山になってたが、あれ前見えてんのか?
程なくしてベポも持ち場に戻っていった。
さて。本の山を抱えて部屋を出ていく苗字の背中を見て、ある1つのいい考えが思い浮かんだ。
うまくいくかどうか…五分五分といったところか。
いや、あいつの考えがおれと同じところまで及んでいれば成功率は9割。
作業のキリで席を立ち、隣の部屋に向かった。
---
キィ、と隣の部屋の扉を開く。
これまた張り付くような近さで本を読んでいる苗字。
こちらには気がついていなさそうだ。
「目当ての情報は見つかったか」
「っ!」
驚いたように背筋を伸ばし、こちらを睨むように振り返る。
あれは睨んだんのかただ見てんのかどっちだ。
「吃驚したんですけど」
「朝も言ったよな。俺の艦だ」
そういうことじゃない、と小声で管を巻いているが気にせず近寄る。
「お暇なんですか。お仕事されては」
「キリがついたからちょっかいかけにきてやっただけだ。で、どうなんだ」
「…………」
見つからない、と悔しそうな目が物語っていた。
「…技術の水準は私の知るものとほぼ同じ。記されている術式も私の知るものと変わらない。カテーテル手術にしたって、体の何処かしらに傷が残るはずなのに何もない。何故こんな…開頭せずにクモ膜下のオペなんて出来るんですか」
「それに答える義理はねェな」
今度は不満、の目。よく喋る目だ。
「私、純粋に知りたいんです。そんな画期的な方法があるのならもっと世に広まるべきだから」
「広まりようがねェ、とだけ言っておこうか」
「何故」
真っ直ぐおれの目を睨みつけてくる。
初めて疑問をぶつけてきた時の不安そうな揺らぎは何処へやら。
知識欲の為にここまで対抗してくる、この必死さはなんだ。
「そんなに知りたいか」
「勿論。むしろ何故そんなにも出し惜しみするんですか」
「…世の中にはギブアンドテイクって言葉がある」
「私から得られるものがないから、ということですか」
「まあ待て、そうは言ってねェ」
「…?」
こいつが持って行った本は全て、医者向けの医学書だ。
難しい医療用語も多く、それなりの知識がないと到底読み進めることは不可能。
だがそれらを読み、きちんと理解ができている多方面への知識の豊富さ。
己の学びのためなら何でもすると言わんばかりの欲深さ。
勿論看護師としての働きも申し分ないのだろう。
「お前から得られるものならある」
「…なんですか」
「この船に看護師として籍を置け」
いい考えとはこれの事だ。目の前で大きい瞳がさらに開かれる。
「ちょうど助手が欲しいと思っていたところだ」
クルーはそれなりにいても、医療を積極的に手伝える者は今のところいない。
順番にやらせてみてはいるが元が粗雑な奴らだ、おれも向こうもいまいちしっくりきていなかった。
戦闘員としては役にたたないだろうが医者の方の手助けが増えるのは有難い。
能力を使ってのオペは通常オペよりも体力を消耗する。
手が増え、体力の消耗を抑えながらオペが出来るならいざという時にこちらが助かる。
「…なん、え?」
「ただいつでもお前の出番があるとは限らねェから、患者がいなけりゃ他のクルーたちと同様に雑事なんかもこなしてもらう。掃除洗濯炊事、割振は好きに決めさせてるから、その辺はあいつらと話し合え。戦闘力は無かろうが構わねェ」
「そんな、」
「頷けば“仲間”。オペの秘密を教えてやる。ギブアンドテイクだ。さあどうする」
本来冷静に考えれば、あまりにも分の悪い取引。
こいつが今後どうしたいか分からないという点を差し置いても、たかだか自分に施されたオペの詳細を知りたいが為に海賊船のクルーとなり引き返せない道を歩むなど、酔狂もいいところだ。
ただ、断言してもいいが、こいつは学びたいと思う気持ちを止められない。
新しい知識の為なら恐らく文字通り何でもするだろう。
こちらとしてはここまでの知識と欲深さを持ったやつを逃すのは惜しい。
雑事の手が増えるならあいつらにとっても万々歳だ。
それに…敢えて言うのなら、今のこいつには身寄りがないことも確定している。
これらのことを総括しても、こいつの中でうちに頼る以外の選択肢は自ずと無くなっているはずだ。
如何にも海賊らしいやり口だ、と自分でも思う。
ギブアンドテイクどころではない、圧倒的に向こうにとって分の悪い取引。
さあ、どうする?
---