さあ、どうしたものか。
時をたったの1分前に巻き戻す。
トラファルガー・ローの部屋から借りてきた本をあれでもない、これでもない、と読み耽っている時だった。
「目当ての情報は見つかったか」
「っ!」
唐突に聞こえた声。
振り返って焦点を合わせた先にはトラファルガー・ロー。
何故この男はノックをしないのか。
「朝も言ったよな。俺の艦だ」
そういうことではないと言うのに。
「お暇なんですか。お仕事されては」
「キリがついたからちょっかいかけにきてやっただけだ。で、どうなんだ」
「…………」
この男は……
術式も同様だ。
それは、本同士のことであることは勿論、私の中の知識とも。
「…技術の水準は私の知るものとほぼ同じ。記されている術式も私の知るものと変わらない。カテーテル手術にしたって、体の何処かしらに傷が残るはずなのに何もない。何故こんな…開頭せずにクモ膜下のオペなんて出来るんですか」
「それに答える義理はねェな」
「私、純粋に知りたいんです。そんな画期的な方法があるのならもっと世に広まるべきだから」
「広まりようがねェ、とだけ言っておこうか」
「何故」
広まりようがないというのはどういうことか。
術式の問題じゃないのか?
外科の話なのにそんなことがあるか?
知りたいことは、会話を重ねるたびに増えていく。
「そんなに知りたいか」
「勿論。むしろ何故そんなにも出し惜しみするんですか」
「…世の中にはギブアンドテイクって言葉がある」
「私から得られるものがないから、ということですか」
「まあ待て、そうは言ってねェ」
トラファルガー・ローは、先程から途切れることなく浮かべていた悪そうな笑みをいっそう濃くする。
完全に悪巧みの顔に見えるが…
「…?」
「お前から得られるものならある」
「…なんですか」
「この船に看護師として籍を置け」
まさかの一手だった。
驚きから、まさしく開いた口が塞がらない。
「ちょうど助手が欲しいと思っていたところだ」
「…なん、え?」
「ただいつでもお前の出番があるとは限らねえから、患者がいなけりゃ他のクルーたちと同様に雑事なんかもこなしてもらう。掃除洗濯炊事、割振は好きに決めさせてるから、その辺はあいつらと話し合え。戦闘力は無かろうが構わねェ」
「そんな、」
「頷けば“仲間”。オペの秘密を教えてやる。ギブアンドテイクだ。さあどうする」
一気に畳み掛けたあと、あの笑みを湛えたまま、静かに私の返事を待つトラファルガー・ロー。
つらつらと並べられた言葉に追い詰められた私は冷静に今の状況を整理する。
ギブアンドテイクというが、この場合向こうにとって都合のいいことが多すぎる。
術式ひとつ(+αについてはこの際置いておく)を知る引き換えに共に犯罪者になれと言われているのだ。
正常な人間ならばこのままここで引き返すことだろう。
そう、正常な人間ならば。
海賊という犯罪者の片棒を担ぐことになっても、知りたい。
何故こんなにも執着するのか自分でも分からないくらい、知識を得たいのだ。
過剰な勤務によっておかしくなってしまったのだろうか。
「(ああ神様、)」
普段から祈りもしない神に思いを巡らせる。
これは貴方がわざと仕組んだことですか。
あの時が、私の「限界」だったということなのですか。
もうそう思うことしかできなかった。
身寄りのない状態で、私の世界ではフィクションだった世界へと飛ばされた。
正直なところ、知識欲はもとより、もうここに縋る他はない。
きっとこの狡猾な男は、そこまで全て分かった上で一般的に考えれば公正な取引とは程遠いこの話を持ってきている。
引き返す道は、無いも同然だった。
「…はい」
「!」
「分かりました。ここ、ハートの海賊団に看護師として在籍させていただきます。トラファルガー・ロー先生」
「物分かりがいいな、名前くん」
にやり、また笑みが濃くなった。
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「嫌にあっさり頷きやがる。何か狙いでも見つけたか」
「いえ、何も。ただ、」
「ただ?」
「こうなったからにはこれ以上無いくらい知識を吸い上げると心に決めました。不束者ですがよろしくお願いします」
「…本当に面白い女だな」
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お察しの方もいるかと思いますが、全ては「先生」「名前くん」のやりとりが書きたかっただけです…