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そこからベポさんの護身術、カウンター術講座が始まった。
身を固めずに常に真っ直ぐ相手を見据える。
大抵は刃物や銃で脅してくることが多いから、凶器から絶対に目を逸らさない。
カウンターは人体の急所を狙う。
成程、元の世界で聞き齧ったものより余程実践的だ。

「まあおれもそんなに試したことないんだけどね!護身するより攻めた方が早いから」
「でもありがとうございます。なんか出来そうな気がして来ました」
「試しにやってみよっか!え〜と…ペンギーン!」

ベポさんはきょろきょろと辺りを見渡して、掃除をしていた帽子の方に声を掛ける。
あ、この間食堂でお話した人だ。ペンギンさんというのね。

「何?」
「名前の特訓に付き合って!」
「特訓?」
「護身術とカウンターを教えてたんだけど、おれあんまり実戦でやったことないからさ。実際組手した方が分かりやすいかなって思って!」
「別にいいけど…自分でやりゃいいじゃん」
「人間相手の方が想像つきやすいでしょ!」

やれやれと手にしたモップを隅に立て掛け、こちらに来てくれた。

「よ、宜しくお願いします」
「宜しく。で、何すればいいの」
「名前のこと緩めに襲って!」

緩めに襲うってパワーワードすぎる。

「おそ…なんかちょっとやな響きだけど分かった。じゃいくよ名前ちゃん」
「はい!」

…わ、本当に緩めだ。
かなり手を抜いてくれているのが分かる。

「名前!真っ直ぐペンギンを見てー…はい手がきたら掌底で払う!払う!隙が来たら横から顎を狙う!」
「はい!」

ベポさんから聞いた通りに何度か繰り返しやってみる。
この速さならなんとなく形になって出来ている…と思う。

「いいよ!名前上手!」
「ありがとうございます」
「スピードあげていい?」
「お願いします」

さっきよりも速い動きで伸びてくる腕を、合わせて払う。
顎には当てず、添えるだけ。
なんだかボクシングのスパーリングをやっている気分だ。
似ているようで全然違うんだろうけれど。
ペンギンさんはこういう相手が上手なのか、こちらが対応できる範囲で時折テンポをずらしたり、位置を変えたりしてくれる。
こちらも段々専心してきた。

「もっといける?」
「いけますっ」

段違いに速くなる腕も、よく見れば払いきれる。
想定外の動きにもどんどん対応できている。
手だけではなく、足も使って。もっと全身全霊で。
これを止め切らなければ私は殺される。
そう考えれば自然と全力になった。

「すごいすごい名前!かっこいい!上手!」

ベポさんが褒めてくれる声が没頭している私の頭の片隅を通り過ぎていった。
ペンギンさんの今の息遣い、動き、全てを総合して考えて次の相手の挙動を予測しながら動く。
今だ。
呼吸、最後の動き、次の瞬間生まれた隙を狙って上段回し蹴りー…

「“シャンブルズ”」

…ーが決まったと思ったのに。
そこにいたのはペンギンさんではなく、デッキチェアで本を読んでいたはずの先生だった。
振り上げた足はしっかり掴まれ、止められている。

「もう充分だろう、終いだ」

ぱ、と足から手を離され、行き場を失った勢いが私の体を甲板へと倒れ込ませる。

「…っは、はぁ、」
「早々に全力で動きすぎだ、馬鹿」
「ごめ、さ、」

気がつけば汗だくで、肩で息をするのがやっとだった。
対して元々先生がいたあたりから近づいて来るペンギンさんは多少汗をかいているくらいで息ひとつ乱してしない。
もっと体力つけなきゃいけないな。
ていうかなぜ入れ替わってるの。

「すごいよ名前!初めてとは思えない!」
「あ、がと、ご、ます、」
「何かやってたのか?動きが良すぎる」
「な、も、やってない、です」

学生時代体育の成績は確かに悪くは無かったけど、なんかあんまり関係ないような気もする。
寝転がったまま会話をしていたら、段々落ち着いて来た。肉体が若返ったお陰だろうか。

「これで素人かー…色々やらせ甲斐があるっすね」
「コイツは別に強くある必要はねぇ。名目上は看護師、自分の身さえ最低限守れりゃ上出来だ」
「…それでも精進します」

戦う看護師、かっこいいじゃないか。
どこまで出来るかはやってみないと分からないけど。

「名前さえ良ければこれからもっと色々教えてあげるからね!先輩のおれが!」
「おれも、何でも聞けよ」
「ありがとうございます」

ふにゃりと笑って立ち上がる。
ペンギンさんが口元を抑えてトゥンクしているのには気付かなかった。

「ベポ、もう浮上から1時間だ。そろそろー…」
「待ってキャプテン!あれ!」

ベポさんが指差す先には、うっすらと島影が。

「次の島…」
「存外早かったな」
「皆ー!島が見えたぞー!」
「「「アイアーイ!!」」」

途端にバタバタと忙しなく皆さんが動き回り出す甲板周辺。ついに初めての上陸だ。

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