一周回って母親みたいな気持ちになりながらお手洗いを済ませ、席に戻る。
いや、戻ろうとした。
そうだよ何故気付かなかったんだ。
皆のとこにも来てるんだから先生の隣を狙っていたお姉さんがいないわけがないではないか。
両隣から挟み撃ちされている彼を見て内心ため息を吐く。
何度でも言うが彼の外見で悪いところは目の下の隈だけだ。
それを除けば整った顔に、高い身長、只者ではなさそうな獣オーラにやられないお姉さんはきっといない。
恐らく私がいなくなるタイミングを見計らっていたのだろう、お姉さんの邪魔はしないでおこう。
どうぞ持っていって毒素抜いてやってくれ。
空いているカウンターに腰掛けて適当なカクテルを頼んだ。
バーテンダーさんが軽やかにシェイカーを振る音をBGMに、先生達の様子を眺めてみる。
うわぁお姉さんズすんごい綺麗でかわいくてエロい。女の私が見てもそう思う。
同時にエロい女の子っていいよねぇ、みたいなオヤジみたいな事を考えてしまうのは精神年齢の高さ故か。
あんなに綺麗でかわいくてエロいのになんで相手にしてあげないんだろう。
シャチさんたちはあんなにデレデレだというのに。
あ、寝てるベポさんにちょっかい出した女の子が視線で殺されてる。
静かに差し出されたピンク色のカクテルをすいと口に運ぶ。これまた美味しい。
「隣空いてます?」
カクテルグラスに口をつけながら声の主を目だけで見上げると、爽やかな笑顔を浮かべた見知らぬ青年。
眼鏡は船に置いてきたのではっきりとは見えないが、なかなかイケメンだ。
「空いてますよ」
「失礼」
滑るような動きで席に着いた彼は、自分も何かを注文してカクテルを呑む私の横顔を眺めている。
「何かついてます?」
「いえ、お美しいなと」
ちょっと、ダイレクトにそんな事言われたら吃驚しちゃうわ。
「お上手ですね」
「本当の事ですから。1杯ご馳走しても?」
「お言葉に甘えて」
彼が最初に頼んだカクテルはそのまま私のもとへ。
元からこのつもりだったのか。
当然私の1杯目のカクテルグラスはもう空である。
スマート…こんなにスマートな男、元の世界ですら出会ったことないわ。
程なくして出てきた彼のグラスが、かちんと小さな音を立てて私のものとぶつかった。
ん、これも美味しい。甘くて随分と呑みやすい。
けどこれは…さっきの空色のお酒に後味がよく似ている。
わざとやっているのかどうかにもよるけど、ちょっと警戒しておかないと。
「旅のお方ですか?」
「旅…まあはい、一応」
旅のお方、という何処となく素敵な形容詞に当てはまるような集団ではないが、日本語的にはそうなる。
そうか私は旅のお方なのか。ちょっとおもしろいな。
「実はね、昼に貴女を街で見かけまして」
「え」
「ここらじゃ見かけないくらい素敵な方だな、と思っていたのでまたここで会えて声をかけるしかないなと」
にこやかにそう言われるが、喜んでいいのか何なのか。
だって昼ってことは野菜運んでたよね、私。
しかも普通の量じゃない台車にもりもりの野菜。
恥ずかしいわ。
「すぐ出られるので?」
「んーいや、明日の夜更けかそれ以降ですかね」
「お宿は?」
おっと、急に豪速ストレートで来たな。
急に距離を詰めてきたのでちょっと反対側に傾いてしまったが、気づいていなさそうだ。
しかしこの距離でみても、イケメンはイケメンである。
「随分と直接的なお誘いですね?まだお互いの名前も知らないのに」
「すぐ何も分からなくなるのに必要ですか?」
もう分からなくなってきたでしょう?
耳元に囁かれるその言葉を引き金にしたかのように、急激に頭がぼうっとする。
…やっぱりコイツは確信犯であのカクテルを飲ませてきたようだ。
やばい、気をしっかり持たないと…
口を閉じた私に、イケる判定が下されたらしく腰を撫でるように抱きかかえられる。
その顔は先程までの爽やか笑顔とはかけ離れていた。
刹那に走った寒気は、私の中の男性に対する恐怖心に拠るものか、それとも。
「うちの者が何か御無礼を?」
あれ、先生だ。
いつの間にこちらに来たのか、直ぐ背後から声がする。
ふわふわゆらゆら、安定しない視界の隅で姿も確認できた。
私と男との間に腕が伸びているが、それは先生のものではない。
彼の能力によって瞬時に切り落とされていた、私に触れた方の男の腕だった。
状況が飲み込めていないのか、え、だのは、だの口から洩らしながら突き出された自身の腕を見つめる男。
「驚かせてしまったようで、失礼」
いつもからは想像ができないほど紳士的な言葉遣いで腕を元に戻す。
「…はぇぅッ、」
漸く理解の追いついた男が大きな声を出そうとするが、それすら許されない。
何故なら彼の声を発するために必要な器官は、先生の手の中にあった。
はく、はく、と震える唇は宛ら池の鯉。
「公共の場ではお静かに」
静かに、彼の喉にそれらが戻される。
戻った途端、男は椅子から転げ落ちるようにして席を立ち、震えきった足で脱兎の如く逃げ出した。
さらに数人の男性がその後を追うように店を出ていく。あれらも仲間だろうか。
「…流石にあんなに相手できない」
「阿呆」
「いった」
脳天に拳骨が入った。
衝撃で少し視界がクリアになる。
さっきの出来事を冗談にしたくて言ってみたものの、先生はしっかり怒ってくれていた。
全てのことがあまりのスピードでやり取りされ、酒に浸かった店内では誰も気付いておらず先程までと変わらない賑やかさ。流石である。
先生は私が残したカクテルをひとくち口に含むと、その眉間の皺をさらに濃くした。
「帰るぞ」
「え、お姉さんは?」
「あんなん使ってやる気も起きねェ」
「そんな物みたいな言い方」
「似たようなもんだ。ベポ、船戻るぞ」
私の腕を引っ掴んで立ち上がらせ、元の席へ戻って変わらず眠りこけるベポさんに声をかける。
一部始終を見ていたお姉さん達は隅で身を寄せ合って震えていた。さすがにその反応は正しい。
「…ん、きゃぷてん」
「寝るなら船で寝ろ。ペンギン、おれ達は先に戻る」
「おーっす。ぼちぼちでおれら残り組も戻ります」
「後は任せたぞ」
いつの間にか反対端のカウンターに座り手を振るペンギンさんに、成程さっきの瞬間をバーテンさんが見ていなかったのはこっちでペンギンさん相手に接客していたからか、と思い至る。
目を擦りながらトボトボ歩くベポさんの手を取り、3人で1列に連なりながら店を出た。
「…っとに阿呆だな、お前」
「うわ、失礼。なんでですか」
「コロッといけそうな阿呆にしか声をかけねェだろ、あの手は。呑み過ぎなんだよ。顔に出てる」
「え、ほんとですか。体感まだまだいけるんですけど。ていうか私顔に出ないタイプなんですけど」
「しっかり書いてあるぞ」
「えー」
さっき先生に迫った(語弊あり)時はたまたま出た!ラッキー!と思っていたけれど、どうやら知らない間に呑むのは呑めるがその分顔にばっちり反映されるタイプになってしまっていたらしい。誠に遺憾だ。
「やだなあ酔いが顔に出たって良いことひとつもないのに」
「さっきみたいにな」
しつこいなもう。
「どうせ阿呆です「さっきの酒だが恐らく何か混ぜられてる」…え」
「お前どんだけ呑んだ」
「一口…二口?あのお酒の味がしたんでそんなにたくさんは呑んでないですが」
「あと一口いってたら完全に向こうの思う壺だったな」
フン、と口の端だけで笑う先生。
あのお酒ベースだったとしてもいやに回りが早いと思ってはいたが、まさかそんな犯罪的なものに巻き込まれかけていたとは露知らず。
しかも直接バーテンさんから受け取ったのにそんなんだったってことは店絡みの犯行なのでは?
アルコールで鈍った頭で漸く核心に辿り着き、慌てて先生を見上げればなにやら訳知り顔で此方を見下ろしていた。
「昼間は比較的治安は悪くねェと感じていたが…まぁ夜の呑み屋にあそこまで露骨な奴らが居る時点で見せかけだったっつーことか」
「そんなこと言ってる場合じゃ無くないですか!?みんな置いてきちゃった、戻らないと」
「そう慌てるな。
ニヤリとほくそ笑んだ先生に全てを察した。
…あの店は今後営業休止じゃ済まないのだろう。
嗚呼、略奪対象。
色々と今までの感覚でいちゃダメだなあ、と改めて骨身に染みる思いだ。
「…こんな大阿呆なわたくしめをお助けいただいてどうもありがとうございました」
「とうとう認めたな」
「ここまできたらもう認めざるを得ないです」
「人のもんに手出されちゃ、黙ってる訳にはいかねェだろ」
…は?
驚いて見上げれば、視線に気づいた彼がこちらを振り向く。
が、なんていうかこの人本当…まじで言葉通り「自分のもん」の認識なんだなぁ。
あーあ、少女漫画なら今確実にトキメキシーンだったというのにこの男ときたら。
冷めた目になってしまうのは致し方ないというか。事実酔いも覚めた。
「そのうち刺されますよ」
「は?」
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