先生が出て行った後、2人の様子を観察しながらオペで使用したものたちの片付けをする。
これは洗ってこれは拭いて、ドレープはしっかり血を落として…ジャバジャバと水を流して無心で洗い続ける。
ふと手を止め、今の今までずっと吐き出せずにいた息を、長い時間をかけて吐き出した。
「………ふぅーーー……」
どうにかこうにか先生の手順を覚えるのには成功したが、やはり普段殆ど1人でやり慣れてるだけあって手が早すぎて着いていくのに精一杯だった…のに、まさかお礼を言ってもらえるとは。
お礼を言ってもらえると素直に嬉しくなっちゃうな。
今後はこういうことが増えていくだろうしもっと精進しなくては。
洗濯に出すものをバケツに移していると、背後で何かが動く気配がした。
「…う、」
「目が覚めましたか」
ジンベエさんだ。
まだまだ動ける体ではないというのに、ベッドを降りて覚束ない足取りでどこかに行こうとする。
「え、ちょっとだめですよまだ動いちゃ!」
「…いや、大丈夫じゃ…世話になった」
「大丈夫じゃないです!」
モンキー・D・ルフィの容体が変わっていないことだけ確認して急いで後を追う。
「ジンベエさん!絶対安静です!」
「いい…」
「いい悪いじゃなくて!」
私の力で止められるはずもなく、甲板まで出てしまった。
そこにはうちのクルーとは別に先ほどマリンフォードで何となく見かけていたとんでもない美女ととんでもなく顔がデカい人(?)が。
甲板に出てきた人物を見て先生がピクリと片眉を上げた。
「…名前」
「私には無理でした…」
「“
「寝てろ、死ぬぞ」
「心が落ちつかん…ムリじゃ……わしにとっても今回失ったものはあまりにもデカすぎる…!」
悔しそうに目を伏せるジンベエさん。
彼が一体何の罪で処刑をされたのかは私には分からない。
もしかしたら余程凶悪な海賊で、略奪を繰り返し、数多の命を奪ってきたのかもしれない。
けれど、その彼を殺さない為に起こったのが今回の戦争。
どれほどの人数だったのかは知り得ないが、彼を想って処刑から救い出したいと尽力した人達は確かにいたのだ。
それと同じ数だけ、彼の最期を心から憂う人間も。
彼は、ポートガス・D・エースは、一体どれだけの人間たちと関わりを持って、どれだけの人間たちの支えになっていたんだろう。
その後私たちはとんでもない美女…ボア・ハンコックさんというらしいが、彼女の国へ匿って貰うことになった。
何でも“
その間もハンコックさんはソワソワと落ち着かず、甲板の上を行ったり来たり。
かと思えば突如立ち止まって顔を手で覆い隠す。
…マリンフォードにいたということは恐らく彼女も一国の皇帝でありながら海賊なのだろうが、厳格に男子禁制が守られているとのことなのにわざわざ緊急特例措置を施行してまで匿ってくれるあたり、モンキー・D・ルフィとも何か大きな繋がりがあるのだろうか。
でも先生も医者としての襟持ちはあれど大きな理由もなく2人を助けたわけだし、海賊同士なら庇い合うものなのだろうか…以前先生が言っていたギブアンドテイクってやつか?
「……あの、失礼な質問かもしれないですが。ハンコックさん?はルフィさんの関係者であらせられますか?」
「何じゃお主。…そうじゃな……関係者……関係者、ということにいずれはなるであろう」
「いずれ…」
ぽ、と頬を染めるハンコックさん。
…成程、恋人…?
いずれは結婚して夫婦という関係者になりますよ的なことか。
モンキー・D・ルフィの様子を見る限りはあんまり恋人がいるようには見えなかったが、まあ彼女本人がそういうならきっとそうなんだろう。
「…でしたら、ご心配の気持ちも大きいですね」
将来を誓った配偶者の命の危機など、考えたくもない。
いや私自身経験はないけどさ。実際にこの場に立たされた家族なら何度も見てきている。
「そうなのじゃ…ああいたわしやルフィ……わらわが代わってあげられれば良いのに……」
ハンコックさんはまた手で顔を覆って肩を震わせる。
うちのクルーも揃って鼻の下を伸ばしているようなこんな絶世の美女にここまで想われて、彼も幸せ者だな…
手を伸ばしてそっと背中に触れた。
「…!」
「ご無礼でしたらすみません。今だけこうさせてください。きっと彼に貴女の気持ちは届いていますよ」
「…すまぬな、気を遣わせてしまった」
「いいえとんでもない。私たち医療者の技術よりも、ご本人たちの強い想いが奇跡を起こすことはありますから」
一瞬手を振り払われるかとも思ったが、そのまま触れていることを許してくれたのでゆっくりと背を摩る。
皇帝ということは私なんかよりもずっと偉い人なわけだからあまり馴れ馴れしくするのもよくないだろうが、許してくれるのであればできる限り寄り添ってあげたい。
愛する人をなくしたくない気持ちは、一般人だろうが皇帝だろうが変わらないはずだから。
「…もうよい、」
「勝手にお体に触れてしまって申し訳ございませんでした」
「それももうよいと言っている。ありがとう。少し気が楽になった」
「役に立ったのであれば幸いです」
「そなた、名は何と申す」
「…苗字名前と申します」
「珍しい名じゃな。我が国アマゾンリリーに到着した暁には名前、そなたのみであれば国内に招いてやっても良いぞ」
「……有難い御言葉ですがご遠慮させて頂きます。私はこの船には看護師として籍を置いております。貴女の未来の伴侶殿の看護に精一杯尽くさせてください」
「…そうか、残念じゃが…仕事熱心じゃな。良いことじゃ。それよりも今ルフィのことをわらわの将来の伴侶と…?」
「?そういうご関係ですよね?」
勝手な推測をしすぎただろうか。
やだそんな、伴侶だなんて…と何か照れまくっている様子なので間違ってはいないと思うのだけど…
「申し訳ございませんが私、そろそろ仕事に戻らせていただきますね。どうぞごゆっくりしていってください」
「あぁ。ルフィは任せたぞ」
「かしこまりました」
にこりと微笑んでくれたハンコックさんに一礼してまたモンキー・D・ルフィの様子を見に戻る。
彼が寝かされているのはオペ室直結のICU。
私が使っている部屋よりももっと重症患者用で、モニター類や人工呼吸器なんかも設置されている。
辿り着くと扉の前にジンベエさんが立っていた。
正直彼にも横になっていてほしいところではあるが、落ち着かないというのであればしょうがない。
輸液だけしっかりさせてくれれば。
「椅子をお持ちしましょうか」
「!……いや、大丈夫じゃ。すまん、我を通してしもうて」
「いえ。落ち着かない気持ちは致し方ないですから」
「お前さんは…」
「失礼しました。先ほどはきちんと名乗っていなかったですね。この船で看護師を務めております、苗字名前と申します」
「…名前さんとお呼びすればよいか」
「お好きにどうぞ」
ジンベエさんの隣に並び、私も扉の方を向く。
扉に嵌め込まれた丸い覗き窓から、容態の変わらないモンキー・D・ルフィが見えた。
「彼は…果たして生きられるじゃろうか」
「それは…私の口からはなんとも言えません。が、彼のことをよく知らない私でも、彼は多くの人に思われているのだなと存じます。目を覚ましてくれるとよいのですが」
ジンベエさんが再度目を伏せる。
目を覚ましたところで、防衛反応で意識を飛ばした程だ、意識の錯乱は免れないだろう。
フラッシュバックを繰り返して、何度も何度も苦しんで。
PTSDなんかを発症しないかどうかも非常に心配だ。
「…今回亡くなった方は、ルフィさんの義理のお兄さんだと伺いました。ジンベエさんは、彼とはどういったご関係で?失礼であれば無視していただいて構いません」
「彼の…エースさんの船長、白ひげの親父さんには返しきれないほどの恩がある。その大恩ある親父さんの家族が処刑され、それをエサに親父さんまで命を狙われるとあっちゃあ動かずにはおれんかった…」
「、」
海軍はあの人を処刑するだけでなく、「白ひげ」そのものの命も狙っていたんだ…
エサに、ということは確信犯で、彼を処刑しようとすることによって「白ひげ」が必ず現れると踏んでいたんだろう。
「ルフィ君はあの戦の場に着く前に、エースさんが幽閉されていた監獄にやってきていた。脱獄不可能とされる深海の大監獄へ…そこでも重大すぎるほどのダメージを蓄積し、それから戦に向かったんじゃ。身体的にも、肉体的にも、ダメージは計り知れん」
「…そうなのですね」
あの凄まじい体はそういうことか…
機能を停止しようとする体に無理やり鞭打って、ただ兄を救う為だけに突っ走ってきたのか。
窓越しにまた、彼を見やる。
ルートを何気なく目で辿れば、ふと輸液が無くなりそうなことに気がついた。
「ちょっと点滴変えてきますね」
「あぁ、」
循環を滞らせぬようにボーラス投与をしていたからすぐに無くなってしまう。
そろそろ滴下…流速を先生に確認しな、
い、
と。
「名前さん!」
「、…しっかりしろ」
最後に聞こえたのは遠くからのジンベエさんの緊迫した声と、すぐ頭上からの先生の声だった。
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シャンブルズで滑り込みセーフ。ハンコックは圧倒的自己肯定感の塊なのでどんな女がルフィに近づこうが嫉妬の欠片もしなさそう…