「………、」
ゆっくりと意識が浮上する。
ここは何処だ?
首だけ動かしてあたりを見渡す。ここは…
「!名前ちゃん、起きたか」
「ぺんぎん、さん?」
「意識も問題なさそうか。今キャプテン呼んでくっから、そのまま待ってろな」
部屋の端の簡素な椅子の上、ペンギンさんを見つけた。
私が起きたことに気付いた彼は、心底安堵したというような声をあげて目元が隠れていても分かるくらいに優しい表情でそう告げ、部屋を出ていく。
改めてあたりを見回すと、いつぞやに見た景色。
ここ、船長室だ。
ガチャ
「気分はどうだ」
「せんせ、」
「過労だな。栄養剤を流してる、動かすな」
そこまで言われて漸く肘裏から伸びる管に気がつく。
同時に青ざめる思いがした。
私、倒れたんだ。
「一応追加で1本ぶち込んどく。腕出せ」
ゆっくりと体を起こして、留置針のついていない右腕を差し出した。
プツリと針が皮膚を貫き、血管にゆっくりと薬が注入されていく。
シリンジの内筒を押しながら、先生が口を開いた。
「ほぼ1日前に九蛇の海賊船が到着して、今はそれと一緒に女ヶ島に向かってる。1週間くらいかかるようだが…いっときそこで停泊して麦わら屋の治療に専念する」
「1日も寝てたんですね私…ルフィさんと、ジンベエさんは変わりないですか」
「あぁ。今は他のやつが見張りしてる」
「そうですか…」
「他にはなんかねェか」
じ、と読みきれない瞳で目を見つめられる。
…そうだよね、怒ってるよね…
「…ごめんなさい」
「は?」
「重篤患者がいるのに仕事中に倒れるなんて…看護師の癖に自己管理不足です。ご迷惑かけてすみません」
昔はこんなに柔じゃなかった、と思う。
もうちょっと無理が効いたと思うけど、それは今回倒れたことへの言い訳にはならない。
「………」
「……何ですか」
「………いや、いい」
「明らかに呆れた顔してましたよね今」
「だーもうそうじゃねーんだって名前ちゃん!」
静注が終わり、血管から針を抜いたタイミングで部屋の外にいたらしいペンギンさんが顔を出した。
「いいか?キャプテンは名前ちゃんが心配で心配でな、名前ちゃんが目覚ますつい1時間前までずっと付き添ってたんだぜ?んで俺らが麦わらのこともあるし流石にそろそろっつって付き添い代わってだな、っていったぁ!!」
「盛りに盛った話をするんじゃねェ」
「殆ど事実じゃないっすかぁ!」
「いいからお前、次は麦わら屋たちの見張り代わってこい」
「え、おれもう終わったから寝るとこー…」
「
先生が“ROOM”を発生させながら言うと、ペンギンさんは風のように走り去っていった。
後には気まずい空気が残る。
「……、…お前が倒れたのは偏におれの責任だ」
「は、え、違いますよ!私が「暴れんな」…はい」
「まだ他のクルーほどお前のことを分かっちゃいねェのに、あっちだこっちだと連れ回して大きな心的ストレスをかけた。極め付けに大掛かりなオペを立て続けに2件。完全にこっちの落ち度だろうが」
「でも、シャボンディ諸島で連れて行ってほしいと言ったのは私だし、オペだって私は看護師としてここにいるんだから当たり前です。私の体力不足が問題です」
「心的ストレスは体力云々の問題じゃねェ。人が人を撃つところも、ましてや人死にも、本物を見たのは初めてだろ、お前」
「…まぁそうです、けど」
「そういう、一般的にショックのでけェ出来事を連続して目の当たりにしたんだ、知らず知らずのうちに莫大なストレスが溜まり込む。その状態で体力まで削られちまえば限界が来るのは当たり前だ」
しかもオペ中もおれ相手に神経すり減らしていただろう、と小言が続く。
前より無理が効かなかったのはそのせいか、と納得もしたが、そんな説教しなくたっていいじゃんか。
「…だから、おれの責任だ。すまなかった」
「や、そんな、頭あげてくださいってば。何のこれしき、先生がそんなだと大事みたいじゃないですか」
「……いや、あいつらがだな」
「え?」
「…あいつらが、お前が倒れたのはおれのせいだと口を揃えて捲し立ててきて…」
あいつらっていうか…
「イッカクさん…ですかね」
「…尤も、あいつらの言い分が正しいのは確かだ。無理させたのは事実だから、こうして頭下げてんだ、受け入れろ」
なんで頭下げられる側が脅されているのかは全く理解できないが、そう言うことなら素直に受け入れておこう。
「…わかりました。いいですよ。そうしないと先生が私のこと心配で心配で何も手につかないみたいなんで」
「…んな軽口が叩けんならもう平気だな」
薄く笑った先生にピン、とデコピンを喰らう。
そこそこ…いや結構痛いな。
そのままベッドに倒れ込んだ。
「麦わら屋たちの見張りはこのまま他のクルーでおこなう。お前はこのままここで休め」
「私も点滴終わったら合流します」
「今日1日はどうせ誰も代わっちゃくれねェよ。いいから寝てろ阿呆」
すぐ阿呆って言う…
「じゃあ自分の部屋戻ります。隣だし」
「倒れたやつが見張りもなしに自分の部屋でのびのび寝れると思うな。ここにいろ」
「だって先生のベッドなのに、先生寝るとこないですよ」
「一緒に寝りゃあいいだろ」
…… は?
「い、いやいやいやいやいや寝りゃあいいだろじゃないですよ何言ってんですか!?」
「馬鹿本気にすんな。今日は寝るつもりなんざハナから無かった」
あいつらがいるから元々徹夜予定、と宣う先生。
…いや分かってる。
彼が医者で私より社会的地位が上だということも、2億の懸賞金がかけられた世に名の知れ渡った海賊だということも。
分かってるんだけど、心から言わせてほしい。
こいつ本当。
「……承知しましたじゃあベッドこのままお借りします」
「あぁ。…何膨れてんだ」
「ご自分でお考えくださーい」
そう言い放って掛け布団を引っ被る。
少しの間を置いて、扉が閉まる音が聞こえた。
出て行ったようだ。
布団から顔だけ出して目を瞑る。
布団の中は先生の匂いしかしなくて、どうにも心が落ち着けられなさそうだったから。
---
翌日昼前、目を覚ます。
部屋には誰もいなかったが、点滴台が無くなっている。
終わったタイミングで撤収されていったのだろう。
立ち上がってベッドサイドにあった眼鏡をかける。
大きな伸びをすれば、その余韻で少しばかりふらつくが体調は万全。
点滴は本当よく効く。
部屋を出てその足でICUに向かうと、そこにはイッカクさんがいた。
「!名前ちゃん!」
「ごしっ」
んぱいお掛けしました、まで言わせてくれ。
私を認めるなり、タックルする勢いで抱きしめられる。
こうされてみるとイッカクさんもやっぱり鍛えているんだなぁとしみじみ感じた。
「…あの」
「……っとにおバカ!」
次いで、肩を掴んで引き剥がされた。
その目には涙すら浮かんでいて。
「無茶して!もう!倒れたら心配するでしょ!?」
「…はい、ごめんなさい。ご心配をお掛けしました」
「キャプテンにもいっぱい言ってやったから!野郎共と一緒にすんなって!」
「先生からも謝ってもらいました。やっぱりイッカクさんだったんですね」
「もうっ、もう、う、うぇ〜〜〜ん」
泣きながら抱きついてくるイッカクさん。
不謹慎ではあるが、ここまで心配してもらえると逆に嬉しい。
「もう体調万全ですから」
「…ほんとでしょうね。悪いけどしばらく信用ないわよ」
「えぇ〜…」
ICUに入ってルフィさんの様子を確認する。
モニターでバイタルを見るが…オペ後から変わりなし、か。
目を開けるまでどれくらいかかるだろうか。
1ヶ月、2ヶ月…下手したら年単位?
それくらいのダメージは蓄積しているだろう。
それまでずっと先生は様子を見続けるんだろうか。
そもそも彼がシャボンディ諸島で出会った仲間たちと一緒でなかったのも謎だ。
彼らならきっと訳を話せばついてきただろうに、なぜわざわざ1人で…
固く目を閉ざして開く気配のないルフィさんの顔を見ていると、先生がやってきた。
「様子はどうだ」
「変わらないですね」
「そうか。お前は」
「私は点滴して人の布団ぶん取って寝たお陰で元気モリモリですよ?」
「どうだかな」
マジで信用ないな?
「ジンベエの包帯交換、頼めるか」
「あー…自信ないんで教えてもらってもいいですか?」
連れてくるんで、と再び部屋を出る。
イッカクさんはもうそこにはいなかった。
ちょうど交代の時間だったかな。
ジンベエさん…は、と。
食堂、いない。
お手洗い…も、無人。
甲板…いた。
「潮風は傷に障りますよ」
「!名前さん…もういいんか」
「はい。点滴して休んだら元気モリモリです。ご迷惑お掛けしました」
「迷惑などとは思っちゃおらんが…まぁなんにせよそれなら良かった」
「包帯変えますよ。中までお願いします」
「あぁ、分かった」
ジンベエさんの点滴台を引いて先導しながら先生の元へ向かう。
船長室の扉が開いている。
中を覗くと先生が包帯交換の準備を済ませて待ち構えていた。
「お待たせしました」
「ああ」
「じゃあジンベエさん、ここに」
部屋の真ん中に設置された椅子に彼を座らせて、着物の上だけはだけさせてもらった。
血の滲みかけている包帯を外していくと、思わず目を背けたくなるような痛々しい傷跡が。
先生がその傷の様子を観察して必要な部分の消毒をし、新しいガーゼを当てた上から包帯を巻いていく。
その手順を横から覗き込んでやり方を覚える。
包帯交換がやれないわけじゃないけど、こんな胴体にぐるぐる巻きにするのは流石にやったことがない。
「明日から1日1回、毎日のお前の仕事だ」
「分かりました」
「包帯外した時だけ一旦呼べ。傷の確認をしたい」
「はい」
「…いいんか」
「何がだ」
「その…」
妙に言いにくそうに言い淀むジンベエさん。
「…成程、妙な勘ぐりをするな」
「ぐ、」
「先生締めすぎです」
「どうせ動き回るから緩むだろ」
結局ジンベエさんが何を言い淀んでいたのかはわからなかった。