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海王類から逃げ惑いながら、なんとかして無事に“凪の帯カームベルト”を抜ける。
ルフィさんが心配だが…ジンベエさんも、あのお爺さんもついているしきっと大丈夫だろう。
気がつけば、またシャボンディ諸島の辺りまで戻ってきていた。
またあそこに停泊するのかと思えば、それはしないという。
先生達と並ぶ悪名高い海賊達は次々に“新世界”に船を進めているようだが、それもしないと。

「時期を待つ」…先生はそう言っていたけれど、その時期って果たしてなんなのか。
先生の考えていることはいまいち分からないが、それも含めて私たちは彼に従うのみ。
きっと今はその「時期」とやらに備え、力を蓄える時ということ。
時折先生が見せる表情の違和感には気がつかないふりをしたまま、私たちハートの海賊団一行は一時、ゆったりとした時間を過す。



「名前ちゃーん」

ある朝、ひょっこりと顔を出したのはシャチさんだ。

「なんでしょう?」
「髪、切りたくない?」

人差し指と中指を鋏のように動かしながらそう問うてくる彼に、これまた唐突なお話だ、と目を瞬かせる。
髪…は本音を言えばまあ、切りたいところ。
美容院に行きたいなー、と思っているタイミングでこの世界に来てしまったから。
だが今は絶賛航海中だ。
いくらなんでもこの艦の中に美容院があるわけではない。

「切りたい…ですが」
「お、じゃあ甲板来なよ。今美容院開催中」
「開催中…?」

はて、美容院って開催するものだったっけ?
よく分からないまま曖昧に頷き、身支度を軽く整えて部屋を出、甲板に向かう。


そこでは確かに美容院が「開催」されていた。
甲板に置かれた椅子の上イッカクさんが座り、シャチさんがその髪を整えている。
その隣には既に短く列ができていた。

「お、名前ちゃんも来たのか」
「はい、あそこにいる美容師さんに呼ばれて」

慣れた手つきで鋏や櫛を動かすシャチさん。
そんなこともできるのか…器用だな。

「いつもシャチさんが皆さんの髪を整えてるんですか?」
「大体はそうだな。どっかに停泊すりゃ街の床屋に行ったりもするが…おれたち皆あんまりひと所でのんびりしてられるご身分じゃねぇし、見知った奴が整えてくれんならそんな楽なことねぇし」
「確かに」

髪の毛切ってる最中に海軍に捕まるなんて、そんな格好のつかない話もない。
そうこうしているうちにイッカクさんのカットが終わったようだ。
ケープがわりに巻いていた白い布を外し、椅子から立ち上がる彼女。

「イッカクさん」
「あら、名前ちゃん!貴女も来てたの」
「はい、シャチさんに誘われて」

ヘアスタイルは大きく変わっていないが、全体的にとゅるんとしている。
髪の艶も良くなってるような…

「枝毛だけ切ってもらったの。潜水艦だから帆船よりはマシだけどそれなりに日々潮風と紫外線に晒されてるとどんどん痛むのよねぇ」
「そうか、そうですよね」
「名前ちゃんはどうするの?結構長いけど切っちゃう?」
「うーん…」

切ろうと思ってはいたが…そう言ったことをしてもらえるならそれでもいいかもしれない。
どうしようかな。

「次ー!」
「あ、はい」

いつの間にか順番が来ていたのでシャチさんの元まで慌てて向かう。

「お願いします」
「おー!どうする?イッカクみたいに痛んだとこだけ切る?」
「うーんそれがですね…元々切りたいなとは思っていて…」

今は胸下まで長さがある。
ここに来た時に髪質も多少若返ったとは言え、過去の痛みはまだまだ健在だ。
だとするならば。

「…よし、いいです。切ってください!」
「よっしゃ!どこまで?」
「ショートで!」
「えっショート!?」

途端に慌て出すシャチさん。
会話が聞こえたらしい列に並ぶみんなもどことなくざわつき始めた。
もしかして整えるくらいなら出来るけどそんなには切れないとかそういう話?

「あ、いいんですよ、別に普通のショートで。デザインショートにしてくれとか言わないです」
「いやそうじゃなくてよぉ。勿体なくね!?本当に切っちゃっていいの!?」

そこか。
こういうロングヘアをショートヘアにしようとすると勿体ない!って引き留めてくる美容師さん、一定数いるよね。

「カラーとパーマで痛み切ってると思うので」
「痛みは確かにあるけど…そんなに気にするほどでもねぇと思うぞ?それこそイッカクとかより断然マシだ」

美容師さん宛ら、私の髪を手のひらで掬って痛み具合を見ているシャチさんが窺うような声を出す。
ぐぬぬ、そんなこと言われると切るのがちょっと惜しくなっちゃうじゃないか。

「うーんでも…切ってください。どうせすぐ伸びますし」
「えー…じゃあ切るけど…どんな風がいいとか希望ある?」
「え…なんでも…」
「じゃあボブとか!」
「それは嫌です」

切るならばバッサリ行きたいのだ。
そもそもボブは毎朝手間がかかるからあまり好きな髪型ではない。

「バサッとお願いします」
「えー…」

シャチさんは終始残念がりながらも私の髪に櫛を通す。
が、ほんとにいいの?ほんとに切っちゃうよ?となかなか進まない。

「いいから!切って!ください!」
「うーい…」

そもそも他人の髪なのに何をそこまで残念がるのか。
本人がいいって言ってんだからいいんだって。
ショキショキという小気味良い音と共に徐々に軽くなっていく頭。
潮風が直に首や耳に当たって心地よい。
ややあって。