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「…できた。ほら、鏡」
手鏡を渡され、合わせ鏡の要領で頭の後ろにも鏡が翳された。
丸いシルエットに少し長めの襟足。
「なんでもいいってことだからショートウルフにしてみた。どう?」
「お上手ですね。ありがとうございます」
「いやぁそれほどでも」
照れたように鼻を擦るシャチさん。
久しぶりに短くなってなんだか心も軽くなる。
「セットの仕方とかまた教えてください」
「おう!いくらでも」
シャチさんにもう一度お礼を言ってから席を立つ。
次をだいぶ待たせてしまった。
私のせい…ばかりにされてもそれはそれで不本意ではあるが。
大半はシャチさんが渋っていたせいだから。
周囲に落ちた大量すぎる私の毛を箒で集めて塵取りに収め、捨てようと艦内へ戻るが、廊下を歩いているとすれ違うみんなが驚愕した顔で振り返ってくる。
そんなに驚くことかな。髪切っただけなのに…
偶然、前からベポさんと先生が何か話し合いながらやってきた。
何も言わないでいたら気づくかな。
「お疲れ様でーす」
「ああ……あ?おい」
流石に気づくか。
すれ違おうとしたが呼び止められたので立ち止まって振り返る。
「なんですか?」
「お前それ…」
「え!名前髪の毛切っちゃったの!?」
「え、はい」
なんだかよく分からないが何かを言いかけたまま固まっている先生と、顔面蒼白なベポさん。
私はとんでもないことをしでかしたのか、と思ってしまうくらいだ。
「どうです、似合いますか?」
短い襟足をわざとらしくさらりと靡かせて見せるが、2人の反応は変わらない。
「な、なんで切っちゃったの!?何か嫌なことあった!?」
「おぶ、べ、ベポさ、」
ベポさんが私の肩を掴んで激しく揺さぶる。
ものすごい勢いだ。もう少し手加減していただきたい。
「べ、ベポさ、ん!」
なんとかして私の肩を掴む手を外させると、よく見れば涙さえ浮かべているではないか。
まさかの展開に言葉も出ない。
「髪の毛切っちゃうくらい辛いことがあったんならおれに相談してよ!仲間でしょ!?」
「え、えーと…」
髪を切ったくらいでこんなことになると誰が想像できただろうか。
だってそんな…自殺未遂でもしたかのような狼狽ぶりだ。
先生も見てるくらいならこの暴走モードのベポさんを止めてよ…!
今にも泣き出してしまいそうなベポさんと先生を見比べて心底困惑しているとようやく正気を取り戻したらしい先生が口を開いた。
「…ベポ、落ち着け」
「だってキャプテン!名前の髪が!」
「髪型くらい自由にさせてやれ」
「そ、そうです髪短くしただけですよ?大袈裟ですって」
「大袈裟じゃないよ!人間のメスの髪って命なんでしょ!?」
あまりにも深刻な事態である、というふうに緊迫した表情で迫ってくるベポさん。
成程、みんなの反応も腑に落ちた。
みんなそういう考えなわけね。
帆船が主流のこの世界で、潜水艦なんてハイカラなもので航海している割には変なとこで考えが古いんだなぁ。
確かに命とはいうけど…
「あのですね、それはそういう意味じゃなくてそれくらい大切に丁寧に手入れをした方がいいよというただの言葉の綾であって、別に本当に女性の第二の命とかじゃないんですよ」
「…え、そうなの?」
目の前のかわいい白熊はパチクリと瞬きをする。
その拍子に瞳に溜まっていた涙が弾けて飛んだ。
「私の髪は痛んでいたし、なんと言いますか…大事にする為に今回は切ったので、そんなに嘆かないでください。またすぐ伸びますよ」
あやすようにぽんぽんと腕を優しく叩く。
次第に納得したようで大きく頷くベポさんにホッと胸を撫で下ろした。
髪型を変えたくらいで毎度こんな騒ぎになってしまってはたまらない。
しっかりケアして次は伸ばそうかな…
測量室に戻っていくベポさんを見送っていると、不意に首の後ろに何かが触れた。
「!」
びくりと首を縮こまらせて振り返ると中途半端に手を伸ばしたままの先生が。
「ちょ…っと、急に触んないでくださいびっくりした」
「…あぁ、悪ィ」
「どうですか?」
「…おれにどうこういう資格はねェからな」
似合うかどうかを聞いたのに…それは一体どういう反応。
困惑する私を置いて、先生も何処かへ消えていった。
あまりの騒ぎにこれからはきっと安易に髪切れなくなっちゃいそう。似合わないとは思わないけど知らない間に短くなっててちょっと寂しいなーと思っているキャプテンでした。