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ぺちゃくちゃ話しながら出ていくペンギンとベポを見送りながらローは少し思案する。
名前の部屋は自身の部屋の隣だ。
生活音こそ聞こえないが、扉の開閉音くらいなら響いて聞こえてくる。
今日目を覚ましてから、その音を聞いたか?
いや、聞いていない気がする。
それこそ昨夜から女部屋にでも入り浸っていれば話は別だが、昨夜はローの部屋にある本棚に調べ物をしに来ており、夜中に男の部屋に安易に出入りするなと小言をくれてやったところだった。
自分の部屋に戻っていった音がした後も、いつも夜ならとりわけ響く扉の音は聞こえなかった。
その後自分が眠りについたのも結構に深い時間であったし、あそこからイッカクと何か約束があったとは考えにくい。
なら、部屋にいるんじゃねぇのか?
席を立って隣の部屋まで向かい、いつものようにノックもせず無遠慮に扉を開く。
と、もう昼過ぎだというのに未だ布団の中で丸まる名前が。
「…ハァ」
いるじゃねぇか。
何を大袈裟にあいつら、と内心肩を竦めながら眠りこけている名前に声をかける。
「おい」
「……」
「おい」
「……」
起きない。
こんなに起きないことがあるか。
若干の苛立ちを感じつつ、ベッドの脇まで行って肩を揺すろうとした時。
短くなった髪のおかげで良く見えた、名前の顔は真っ青。
肩を掴む寸前で、ぴたりと手を止める。
反射的に呼吸を確認するが、布団に包まれた名前の小さな体は微かに上下していた。
口元に手をやり、実際に呼気があることも確認する。
生きてはいるようだ。
そこまで分かれば、やはり肩に手を置いて比較的優しくその体を揺さぶってみる。
「おい、どうした」
「……」
「名前」
「……う、…せん、せ………?」
寝起きで掠れた声をあげながら、漸く名前が目を覚ます。
「すみませ、気づかなくて…ノック…しました……?」
「してねェ」
「しろや……」
擡げかけた頭ががくりと垂れる。
「体調悪いのか」
「いえ、あの、…まぁ」
煮え切らない返事に首を傾げるロー。
「自覚ねェんだろうが顔真っ青だぞ」
「え、ほんとですか…」
「腹でも下したか」
「レディーに向かってなんて…」
名前はそうまで言うと、不意に顔を歪めて体をもぞもぞと丸め始める。
「やっぱり腹いてェんだろ」
「お腹は…痛いけど…多分違う…」
脂汗さえ滲ませて苦しんでいる様子の名前に、流石のローも普通の体調不良ではなさそうだと勘づき始めた。
「…おい、どこがいてェ」
「…お腹……」
「正確に言え」
「………下腹、部」
「…ハァ」
相分かった。ローは深く頷く。
自分に向かって言い淀むのにも理解が及んだ。
「とりあえず腹を温めてろ。イッカクを呼んでくる」
こういう時は適材適所、同性であるイッカク相手の方が相談もしやすかろう。
部屋を出ようとすると扉がノックされた。
まるで自分の部屋かのような気安さで開けると、そこには先ほど部屋を訪ねてきたペンギン、ベポに加えて新たに名前探しを一緒に始めたらしいイッカクが。
唖然としている3人を、ローは勝手に中に通す。
「え!名前いるじゃん!」
「だから言ったじゃないの、どこにもいないならあの本の虫は部屋にいるって。まぁ本を読んでた感じでは無さそうだけど…」
「じゃあ尚更キャプテンはここで何を…?」
「やたらと邪推するな」
顎をしゃくってイッカクに名前の近くに行くよう指示をするロー。
イッカクは不思議がりながらも傍に寄った。
「…名前ちゃん?体調が良くないの?」
「…ッカクさぁん…」
名前は脂汗を垂らしながらイッカクに向かって助けを求める。
イッカクはすぐにピンと来たようだった。
だが。イッカクの口元がいかにも悪いことを考えた、というように滑らかな弧を描く。
「…キャプテン、私じゃないです」
「は?」
「私痛みないから分かんないんですよね、辛さが」
「いや、どういうことだ」
「そのまんまそういうことです。名前ちゃんが苦しんでる理由はわかるんですけど」
だから、ね?とにっこり。
ローの肩を叩き、状況が掴めていないペンギンとベポを連れて出て行こうとするイッカク。
「おいお前、」
「つまり、私が下手に介抱するより医療知識のあるキャプテンが介抱してあげた方がいいんじゃないかと。お願いしますね、キャプテン!」
パチンと音が出そうなほど綺麗なウインクをかまし、片腕を不自然に宙に浮かせたままのローと布団の上で蹲る名前のみを残してイッカク、ペンギン、ベポの3人は名前の部屋を後にしていった。
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