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バタンと粗雑に扉が閉まる音が聞こえ、ついで枕元にあった椅子に誰かが座る気配がした。
痛みのせいで断片的ではあるが、さっき先生が来た後にイッカクさんを呼んでくれたような記憶があるからイッカクさんが色々用意して部屋まで戻ってきてくれたんだろう。
本当助かる。
イッカクさんの生理事情は良く知らないが、きっとこの男所帯での紅一点、今まで苦労してきたことだろう。
これからは女同士、男性にはなかなか分かってもらえないこの地獄週間をお互いに支え合っていければいいよね、イッカクさん…
痛みの波が再び引いてきたところで布団から少し顔を出し、うっすら目を開けて暫定イッカクさんを視界に入れる。
ぼやけた視界に映るその人は…

「………せ、」

先生?え、なんで?嘘でしょ?
イッカクさんは?
あまりの衝撃に、身を引いてお腹を庇いながら上体を起こす。
あいててててて腰痛ててて。

「おい、寝てろ」

腰痛に悶えながら顔を上げると、そこにいるのはやっぱり先生だ。

「なんで…イッカクさんは…」
「…そこに関しては何も言うな。薬は普段どんなの飲んでる」
「薬…飲んでないんですよねいつも…」
「鎮痛剤もか?」
「はい…今回今まででいちばんキツいかもってくらいでして。いつもはもうちょっとマシなんですほんと」

飲むか?と差し出される鎮痛剤を丁重にお断りする。
素直に飲みゃあいいんだろうが正直今はそんじょそこらの薬など効く気がしないのだ。
あと何か食べてからじゃないと飲み薬ですぐ胃が荒れるタイプの人間なのである。

「今のお前の状態を聞かせろ」
「えー…と、下腹部痛と腰痛と…あとだるさからくる異様な眠気?ですかね?」
「一番きついのは?」
「今現在はお腹より腰かなあ…波が来たらお腹が一番しんどいですけど」
「周期は安定してるのか?」
「いやーそれがなかなか…ストレス性ってことで病院では一旦話がついたんですが、それならもう安定は見込めないと思っているというか…」

私の話を聞きながら何かメモを取っている先生。

「いやいやいやちょっと待って待って待っててててて」
「大人しくしてろ」

痛ててててて。
痛い、痛いがこればっかりは言わせてもらう。

「何のメモですかそれは…!?」

よく見りゃただの紙じゃなくてカルテじゃないか。
身内に生理痛について大真面目にまとめられる程居心地が悪いこともなかなかない。

「毎月これほど苦しむなら事前に把握しておく必要があるだろ」
「そのお心遣いは大変ありがたいですけど…」

でもそうじゃない。
そうだとしても今じゃない。
それだけは…なんというか…とりあえず今目の前でカルテを黙々と纏めないでいただきたい。

「もういいです……寝ます…」
「そうしろ」

痛てててててて。
再度苦しみながらベッドに体を横たえる。
何故ここにいるのは先生で、イッカクさんではないのか…
何故私の部屋なのにこんなに肩身の狭い気持ちで体調不良と戦いながら眠りにつかなくてはならないのか…
色々と納得いかないが、想定もつかないほどの衝撃で目覚めてしまったせいか全く眠くならない。
無理したせいで腰痛いし。
す、と頭上の先生を眺める。
先程私から得た情報をカルテに纏めている最中だ。
…一個お願いしちゃダメかなぁ。
怒られそうなお願いなんだけど、それをやって貰えさえすれば、腹痛の波がきていない今なら一瞬で眠りにつけそうだ。
頼み込んだらどうにかやってもらえないものだろうか。
纏め終わったらしく筆を置いた先生と目があった。
まだ寝ていなかったのか、と言わんばかりにその目が僅かに眇められたのをなんとなく確認する。

「………先生」
「なんだ」
「あの……非常にお願いしにくいことををお願いしてもいいですか」
「…内容によっては拒否するぞ」
「いやその…腰あっためてもらっていいですか。手で」
「は」

表情までしっかりは見えないが、恐らく相当唖然としているだろうと想像する。
そりゃそうだ、私だってできることならこんなこと男性の上司にお願いしたくない。
ていうかそもそもイッカクさんを連れてきてくれていれば絶対こんなことにはならなかった。
でもこれ、本当に効くのだ。
人間の体温で温められるのが一番いい。
今までの人生の経験則に倣ってはっきりと言わせていただく。
私の生理痛をいちばん和らげてくれるのは他人の体温だ。

「お前誰に何言ってんのか分かってるか」
「分かってます先生の仰りたいことも十分存じてます。でもダメですこの痛み耐えられない腰あっためてもらわないと眠れないです」
「湯たんぽじゃダメなのか」
「あんなフィットしないもの腰に当てたところで逆に寝辛いですよ…暑いし」
「お前…」

わかる、わかるよ。
今貴方は心底呆れた顔をしているね。
でもダメなんです。
なんか輪をかけてズキズキしてきたし、人の手で温めてもらわないとこれは本当の話眠れない。
耐え切れず先生の方に背中まで向ける始末だ。

「……先生お願い…」
「…………」

とても長く感じる無言の末、腰を覆い隠してしまうのではないかと思うほど大きい先生の手のひらが触れた。
服の隙間から、直で。腰に。

「!」

え、直?
服の上からでいいんですけど…
だがその甲斐あって即座にじんわり温まっていき、痛みが和らいでいく。

「こんなこと絶対他の野郎に頼むんじゃねェぞ」
「当たり前じゃないですか…」

あ、でもベポさんあたりなら頼んでもいいかもしれない。肉球気持ちいいし。

「これは摩った方がいいのか」
「いや、そのままで大丈夫です…赤外線を…届けていただいて…」
「なんだその気色悪い言い回しは」

これは不可抗力だ。
腰を温められて痛みがマシになるとどんどん眠くなってきた。
話している内容が支離滅裂でも仕方がない。

「眠くなったなら寝ろよ」
「すいませ…ありがとございます……」
「寝たら離す」
「あい…充分です…マジで助かってます今…」

というか先生の手ってこんなに温かいのか。
勝手に平熱低そう、末端冷え性ありそうとか思っていたので意外である。
でも先生実は筋肉すごかったっけな…その分の熱量があるか…
ふわふわと眠りの世界との狭間を彷徨いながら、そんな途轍もなくどうでもいいことを考える。

「…そんなにきついなら止めてやろうか」
「…え?オペオペの実ってそんなことできるんですか?あ、子宮外すとか…」
「いや、そうじゃねェが…十月十日」
「………由々しきセクハラですよ先生それは」
「冗談だ」
「冗談に聞こえないんです貴方の冗談は…!」

目ぇ覚めたわ。
おい、笑ってるだろ。
見えなくてもくつくつ声が聞こえるぞ。
訴えたら完全勝訴できそうなド級のセクハラぶっ込んでおいて何笑ってやがる。

「も、嫌…」
「手ェ離すか」
「それはもっと嫌…」

一瞬飛んでいった眠気も、この体調ではすぐに戻ってくる。
先生が片手で本を開く気配を背後に感じながら、また微睡に沈んでいった。