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ある時。
先生が妙なことを言い出した。

「七武海に入ろうと思う」

シチブカイとは何ぞや、と思考を巡らせる。
シャボンディ諸島で出会ったビームを出す大男(機械)の名前として記憶していたがどうもそうではないらしく、世界政府によって海賊行為を公認された海賊のことをそう呼ぶらしい。
海軍などと同様にその他大勢の海賊の抑止力となる存在であるため、「強さ」と「知名度」が必要となるそうだが、そこに関してはさして問題なさそうだ。
政府側から依頼されて加盟する場合が多いようだが、こちらから働きかけて加盟することもまた可能と…
そう簡単に加盟できるものだとは思わないが、先生は一体どうするつもりなんだろう。
わざわざ入りたいと言うからには、何か理由があってのことなんだろうけど…

「名前ちゃーん、今日はおれと組手しようぜ」
「はい、お願いします」

私はといえば、最近は専ら鍛錬に励んでいる。
先生の七武海加盟宣言からというもの、こまめに島に停泊するようになったのだ。
大きく、沢山人が住んでいそうな島へ行く事もあれば、あまり栄えていないような島へも。
先生は毎回数人のクルーを引き連れて島の内部へと出かけていくが、私個人としては何もやることがない。

というのも、何故か停泊しても船の近くから決して離れるなと先生から釘を刺されているのだ。
それも私だけ。
誰かと一緒でもダメなんだって。
先生についていくのもダメなんだって。
自分は出かけるくせになんでよ。
そんな私を見かねてみんながお土産を買ってきてくれるのだが、そうじゃない私は色んな島を見て回りたい。
お土産は貰うが。

そこで、ただ手持ち無沙汰になるだけなのはつまらないと以前からペンギンさんとベポさんにお願いしていた修行を色々な人にお願いして、色々な攻撃パターンに対応できるようになるべく日々精進中なわけだ。


何とも好都合なことに、色々な島を転々としている故に春夏秋冬様々な気候の中で修行が出来る。
秋の次に春が来たり、春の次に冬が来たりとこの海は本当に謎で満ちているししっちゃかめっちゃかだなぁと感じるが、そのお陰で雪が積もっている場合に注意すべきことや、灼熱の中で上手く体力を持たせる方法なんかも皆さんが教えてくれるのだ。
先生はそんな私を見る度に「無理するな」と溢すけれど…
高い場所に行こうと言うのならますますそんなことを言っている場合ではない。
私の身に及ぶ危険から自分で身を守ると言うのは勿論であるが、ある程度は自分で戦えないと。
そんな人の部下であるならば、だ。

幸い続けていくうちにメキメキと上達しており、クルーの皆さんと遜色ない…は言い過ぎかもしれないが、それなりにはなれてきている、と思う。
今日もたどり着いた人気の少ない島の裏手…船を停めたすぐ近くの空き地で、手が空いたというシャチさんと組手する。
流石にシャチさんには手加減してもらわないと追いつくこともできないが…最初よりだいぶマシだ。

「名前ちゃんも強くなったなー、今いろんな奴に鍛えてもらってんだろ?」
「はい、皆さんに手を貸してっ、いただいて、ます!」
「そりゃいいことだな!」
「はいっ、!」

こうして手合わせ中に会話ができるくらいにはなった。
やればやるほど身についていくので大変ではあるがそれ以上に面白い。
若いって素晴らしいね。

「名前ちゃんはよく足が出るよな」
「足、ですか」

組手を終わらせ、一息ついたタイミングでシャチさんにそう言われる。

「あんまり良くないですか?」
「いや、むしろ最近こういうこと始めたばっかなのによくあんないいタイミングで蹴りが出せるなと思って感心してんだよ。しかもちゃんと相手にダメージを与えられる蹴り」
「そうですかね、自分だとよく…」

足、か。
ふむ、と地面に座るため伸ばされている自身の足を見やる。
昔から手が塞がっていれば足でものぐさなことをすることが多く、女の子なのに足癖が悪いと親に怒られた経験が多々ある。
それは成長してからも同じで、むしろオペ前などでは基本手は清潔を保っておきたいためものぐさにものぐさを重ねたような足癖の悪い行動ばかりしていた。
決して足癖の悪さイコール蹴りの強さに繋がるとは思わないが、足を使いがちなのはそのせいかもしれないな、と何やら少し腑に落ちた。
初めてここで戦い方を教わった時も決まりはしなかったがトドメとして自然に出てきたのは上段回し蹴りだったし…
今ではそれも卒なく熟せてしまう。
足技極めるのアリかもな。
腕よりリーチもあるわけだし。

「何かヒントをもらえた気がします。ありがとうございますシャチさん」
「いいってことよ。じゃあま、怪我しないようにとおれは超えないように」
「善処します」

くすりと笑って立ち上がる。
ちょうど、島の中に出かけていた先生たちも戻ってくる頃合いだ。
昨日読んでいた本の中で先生に質問したい部分があった。
忘れないうちに聞いておかなければ。
汗を拭きつつ、本を取りに部屋に戻った。

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その日の夜。ご飯を済ませて洗面所に行くとお風呂場から脱衣所にかけての床が水浸しになっていた。
最後にお風呂入った人誰よ。
遊んでそのままにしたでしょう。
小さく嘆息してモップを取りに倉庫に向かう。
誰かが滑って転んだら大変だしね。
いや正直みんな成人してしばらく経ってるだろうに脱衣所がびしょびしょになるほどお風呂で遊ぶってどういうことだとは思ってるけどそこに関しては何も突っ込まないでおく。

艦内全体の掃除用具が一挙にまとめられている倉庫は、普通の部屋と同じくらいの大きさがある。
掃除用具以外にも、日用品の在庫から予備の武器まで、他にも色々と詰め込まれている為だ。
むしろ詰め込まれすぎて掃除用具の肩身が狭そうである。
モップを持ち上げるとそれに引っかかっていたであろう箒が勢い良く倒れてしまった。

「あー、」

結構雪崩れてしまってそのままにするわけにもいかない。
しゃがんで拾おうとすると、その先にある木箱が目についた。
一見何の特徴もないただの木箱。
でも何だか目を惹かれて離せない。
悪いことをしているわけでもないのに、抜き足差し足、そろそろとその箱に近づく。
上に乗せられた蓋をゆっくり取り外し、中に大量に詰められていた小さな包みをひとつ、そうっと手に取った。
微かに手のひらに感じる鼓動。
…小動物?
なわけないよね。
何が、何の為にわざわざ小分けされてるんだろう。
…開けてもいいかな。
包みを開けたその中には…

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「先生!先生!!」

船長室の扉が名前の手によって激しく叩かれる。
鬱陶しそうな顔をしてローが顔を出した。

「騒々しい」
「これ!誰のですか!?」

これ、と差し出されたのは小袋から取り出された小動物。
…ではなく、ローの手によって某かの胸からくり抜かれた生きた心臓であった。
ローはそれを見て、ピクリと片眉を上げる。

「勝手に持ち出すな。しまってこい」
「これが倉庫に大量にあったことに関しては気になるけどとりあえず置いておきます。でもこれ!見ました!?」

興奮気味に捲し立てる名前。

「だから何をだ」
「この人の心臓!ここ!動脈硬化があります!」
「は」

あそこに溜めてあった心臓は、王下七武海に加盟するために使う言うなれば駒だ。
そんなもの相手に何を下らない、と思いながらもこれ!ここ!と己が助手に繰り返されれば確認したくなってしまうのが医者の性というもので。
見せてみろ、と名前の手から当該のものを受け取る。

「確かに冠動脈硬化症…だがかなり初期。よく気づいたな」
「他のと見比べたりちょっと突いたりして確かめました」
「…突いたのか」
「はい。え、よくなかったですか?」

うちのクルーのじゃないですよね?と微塵も悪びれないあたり、名前もだいぶ周囲の環境に染まってきているのだろう。
突けばその痛みは持ち主にいくということは分かっているだろうに…
ローはこの心臓の持ち主に少々の同情を向けるが、そもそも誰のものであったかすら覚えていない故にその思遣は全く意味を為さないのであった。

「刺したり潰したり、こいつの動きが止まるようなことさえしなけりゃいい。でも戻してこい」
「えー…治療しないんですか」
「わざわざそんなことするか」
「えー…」
「だがそうだな…折角だから他の心臓も見てみろ。他にも一つや二つくらい病気持ちがあるだろう」

途端に楽しそうに倉庫に戻っていく名前を、やれやれと言った様子で溜息混じりに見送るロー。
名前より先に所用でローの部屋を訪れており、一連の様子を傍で見ていたクリオネは後に語る。

「いろいろ言いたいことはあるが他人の生きた心臓を勝手に教材にするな」
と…。