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「私…ですか?」
「そうだ。荷物を纏めてこい」
自分は纏め終わった荷物を持ち上げ、そう言い放つ先生。
この男がクルーに大した相談もなく重要な局面を1人で決めてしまうことは珍しいことではないが、こればっかりは説明が欲しかった。
え、なんで私?
なんで残る?
片言にもなるというものだ。
「ちょちょちょキャプテン!」
「流石になんか説明ないんすか!?」
ワンテンポ遅れてあたふたし出すクルーたちに、先生は深い溜息を吐いた。
めんどくせえ、とか思ってるのかもしれないがそもそもこのあたふたは自分の説明の足りなさが招いているということに気づいたほうがいい。
「患者がいるらしい」
「患者…?」
今では見る影もないが、元々この島は緑が茂り自然に溢れた島だったという。
同時に政府の科学者の実験施設でもあり、兵器と薬物の開発と実験が繰り返されていた。
ところが4年前に起こった暴発事故によって有害物質が撒き散らされ、自然は死に絶えた。
本題はここからで、その際に置き去りにされて毒ガスに体を侵された、人体実験用に連れてこられていた囚人達が今でも苦しんでいると。
「それで私を…」
「そうだ。本当なら1人で行きたいところだったが…この際仕方ねぇ。この島までならなんとかなる」
なんとかなる、というのがどういうことかはよく分からないが着いてこいというのであれば致し方ない。
急いで部屋に引き篭もり、先生に責付かれながら慌ただしく下船の用意をする。
これとこれとこれと…
「遊びじゃねえんだ、必要最低限にしろ」
「分かってますよそんなこと」
そんなこと言ったって男と女じゃ必要最低限の度合いが違う。
長期不在なわけだし、色々と用意が…
あ、服はスクラブでいいか。
生地がしっかりしているものの嵩張らない、素敵な衣服。
で、この上に着れるもの…
「私厚手のコートとかないですそういえば」
「それくらい持っておけ」
なんで持ってない私がおかしいみたいな流れなの。
仕方ないじゃないか、ここ最近は冬島に辿り着いたとて艦から離れるなとのお達しがあったから街中になんか行けなかったし、最後に街の散策をしたのは夏島、それも春だった。
コートなんて売ってる訳がない上に買う訳もない。
だが今日から暫くの滞在を余儀なくされる島では、コート無しでは多分比喩無しに凍死する。
どうしたものか。
厚着するにしてもスクラブの上にも下にも色々着込みすぎるのもカッコ悪いしなぁ。
そもそも服を変えるか?イッカクさんに借りる?
などと色々思案していると、頭から何か被せられた。
「ぶあ!」
「おれのでも着てろ」
私の頭上に覆い被さったそれを手繰って頭から下ろし、よくよく見ると確かにこれは先生のアウター。
彼が今着ているものほどふかふかでも丈が長くもないが、特に丈感などは私にしたら十分だ。
首周りのモフモフもありがたい。
背中にでかでかと入ったハートの海賊団のジョリーロジャーは少し恥ずかしいが、一目で彼の仲間と分かって寧ろいいかもしれない。
「ありがとうございます」
「それで全部か」
「はい、準備オッケーです」
「なら行くぞ」
甲板に出てみんなとお別れをする。
「まさか名前ちゃんまで行っちゃうとはなぁ」
「キャプテンのこと頼んだぞ!」
「キャプテンは名前ちゃんのこと頼みますよ!」
「2人とも絶対無事で帰ってきてね!」
飛びついてきたベポさんを抱き締め返す。
この感触も暫くの間はお預けかぁ…最近よくベポさんとスキンシップしていたので寂しさがすごい。
「先生のことは私がしっかりお守りします。行ってきます!」
「留守は任せたぞ」
「「「アイアイキャプテン!」」」
び、と敬礼するみんなに釣られて私も敬礼を返す。
広がった“ROOM”に取り込まれ、フェンスの向こう側に降り立ち、手を振り合いながらみんなと暫くの訣別を済ませた。
先生に続いて建物内に入り、薄暗い廊下を歩く。
「今からは何処へ」
「ひとまずお前をここの主に会わせる。ここにいる間は余計な事はおれの指示無しに言うな、と、するな。基本的におれの近くに着いてりゃいい」
「承知しました」
承知したはいいものの、ここの主って一体誰だ。
先程からちょこちょこ出てくる「交渉相手」なのだろうが、そもそもそれはちゃんとした人間なのか。
こんな異様で辺鄙な所に居住しているくらいなわけだから、もしかしたら人語を操れる人以外の存在な可能性も無きにしも非ずである。
この世界ならそれくらいのことが当たり前なのは、みんなとの航海の中で嫌というほど思い知らされてきた。
途端に空恐ろしくなってきたが、もう艦は出てしまっただろうし何より先生が治療する患者がいるのなら、今は私の仕事も艦内ではなくここにある。
こっそりと深呼吸して気を落ち着かせ、少し先を歩く先生の隣に並んだ。
到着した部屋の扉を先生が開く。
ぎ、と古めかしい金属が擦れるような音を立てながら開く扉。
「コイツだ。うちの看護師の名前」
ちゃんと挨拶…するべきだろうか。
した方がいいよね、挨拶くらいは。
これから暫くご厄介になるわけだし。
部屋の入り口で、最敬礼しながら口を開く。
「先生からご紹介に預かりました、ハートの海賊団所属、看護師の苗字名前と申します。先生共々お世話になります。よろしくお願いいたします」
「シュロロロロ、これはこれはお嬢さん。ご丁寧な挨拶をどうも」
聞こえてきたのは不気味な笑い声。
今の笑い声だよね。
恐る恐る顔を上げると、煙を纏ったというより半分煙になっている大柄な男がニヤついた顔でこちらを眺めていた。
え、何、あれ誰。ていうか何。
人?煙になるってどういうこと?
奥にはちゃんと人らしい見た目をした緑髪の女性が羽根ペンを手に持ったまま静かな笑みを浮かべている。
いかんせん事前情報がなさすぎる。
何者なのか全く分からない。
「基本こいつはおれと行動を共にする。1人で彷徨かせる事はねぇ」
「ほぅ、そうか。して、わざわざ連れてくるということは…そういうことか?」
「つまらねぇ詮索はするなと言ったはずだ」
「シュロロロロ、そうだったな、失礼失礼。まあこんなお嬢さん1人増えたところで何ら変わりはない。いいだろう」
明け透けにナメた態度を取られ、若干癪に触るがここでイラつきを表してもいいことはない。
弱いのは事実だ。言わせておこう。