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「私の名はシーザー・クラウン。世に誇る優秀な科学者だ。そっちは私の有能なる部下、モネ」

恭しく腰を曲げて自己紹介する彼に、私も今一度曖昧にお辞儀する。
自分で優秀な科学者とか言っちゃうんだ…うん、まあいいんじゃないかな。

「自己紹介も済んだところで、話の続きといこうじゃないか。トラファルガー・ロー」
「まだ話すことがあるのか」

部屋の真ん中、ソファの上にどっかりと腰を据えてうんざりした顔をする先生の隣に、いつもより距離近目に控える。
先程からモネさんにジロジロと見られてなんだか居心地が悪いのだ。

「お前はおれより強い!お前の立場を弱くしなくては」
「別に危害は与えねェ。どうすりゃ気が済む」
「こうしよう!俺の大切な秘書モネの“心臓”をお前に預かっていてほしい…いいな?モネ」
「えぇ、いいわよ」
「その代わりにお前の“心臓”をおれによこせ!それで契約成立だ!」

び、と先生を指差して言い放つシーザー・クラウンに、思わず手のひらを握り締める。
心臓の交換…つい先日まで船に大量に同乗していた小さな袋を思い出す。
モネさんの心臓を抜いて、それを先生が管理し、先生の心臓をあちら側に渡す。
文字通り命の掴み合いで互いを牽制しようというのか。
しかしおいそれと先生を危機に晒すわけにもいかない。

「私のでは駄目ですか」

ほぼ無意識に、そんな言葉が口を突いて出てきていた。

「…なんだと?」
「先生の心臓の代わりに、私の心臓では取引になりませんか。そちら側は秘書であるモネさんの心臓、こちらはボスである先生の心臓では割に合いません」
「ふーむ、なるほどな…確かに、一理ある」
「口を挟むな」

ぴしゃり、と先生に撥ねつけられた。

「シーザー、お前が牽制したいのはおれだろう。こいつの心臓をやったところでおれの牽制にはならねえことくらい想像がつくよな?」

じ、とシーザー・クラウンを読めない瞳で見つめる先生。
シーザー・クラウンもまた、ほくそ笑みながら先生を見返していた。

「…そうだな、それはその通りだ。お嬢さんの心臓を貰ったところでお前の行動の制約はできない。やはり交換するのはお前自身のものでなくては」

意味ありげに頷くシーザー・クラウン。
その口元には三日月が浮かび続けている。
そこで私は、先生に庇われたことに気付いた。
信用の置けない相手だからこそ、自身の命を賭けたのだ。
そもそも先生の為になるのならいつでも捨てられる私の命では、人質としての価値はないに等しい。
それを、先生どころかシーザー・クラウンすらも分かりきっているようだった。
何やってるんだ。
先生を守る為もあってこの場にいるというのに逆に助けられるとは。
迂闊な発言が如何に私や先生の命を危ぶめるかを痛感する。
ぐっと押し黙った私を横目に、2人は取引を着々と進めていた。

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滞在中の居室として充てがわれた部屋のソファの前で膝をつき、座面に顔を埋める。
私ってなんでこう基本考え無しなんだろうか。
こうと決めたら一直線、自力でブレーキがきかせられない。
あんな風に止めてもらわないと自分で立ち止まることもできないなんていい歳こいて恥ずかしい。
もう猪突猛進が通用する年齢でもないと言うのに。
ぐりぐりぐり、額を支点にして頭を動かす。

「赤くなるぞ」

ぐんと上から私の頭を押さえつけて止める先生。
…先生は私の突っ走りを何でもこうやって止めてくれるけど、何故さっきのシーザー・クラウンの言葉を止めてくれなかったのだろうか。

『部屋は与えてやるが…部下達の部屋もある。生憎そう部屋が余ってなくてな。お前ら2人、同室で構わんだろう?』
『は』
『あぁ』
『は、』
『シュロロロ…モネ、案内してやれ』
『えぇ。こちらに』
『は?』

そうしてあれよあれよという間に先生と同室で滞在という形で話が決まってしまった。
つまりこれからしばらくの間、先生と同室なのである。
大事なことなので言い方を変えて2回言いました。

「なんでですか」
「あ?んな擦り付けたら赤くなるのは当たり前だろ」
「そこじゃなくて!」
「じゃあどこだ」
「……同室、」
「は?」
「同室!普通いやそれは…ってなりませんか!?」

がば、と頭を上げて先生を睨み付けるようにして訴えるも、彼には何のダメージにもならなかった。

「部屋がねえっつうんなら仕方ねえだろうが。それともあの天気の中野宿でもするつもりか?」
「そんなの絶対嫌ですけど、ていうか野宿するのは私なんですね」
「当たり前だ」
「くそぅ…」

いかんせんこの男は鈍いというかなんというか。
男女が四六時中一緒というのはどんな関係性であれお互いに気が休まらないということを知らないのか。
女性と一緒に暮らしたこと無いんだろうか。
イッカクさん…は別室だし置いておくとして。

「先生神経質なのにそういうとこは気にしないんですね」
「初対面でもねぇのにそこまで気にする理由がわからねぇ」
「寝ても覚めても四六時中誰かと一緒にいるのって、お互い気を遣って気が休まらないものですよ。知らないですか?」
「普段から四六時中一緒にいるだろ」
「そうでなく…もういいです」

ぼふりとまたソファに埋もれる。
そうか、彼がそもそも傍若無人であることは承知はしつつも考えに入れていなかった。

先生が気にしていないのならしようのないことだしまぁいいか…と思うハートの海賊団看護師としての私と、お付き合いもしていない男女が同室でしばらく暮らすなんて!と金切り声を上げる純日本人大和撫子としての私がせめぎ合いをする。
相手がこの男だ、百に一つも間違いなどは起きないだろうが産まれてこの方何も起こしてこなかった身としてはこういった状況には自然と警戒心が生まれてしまう。
それによく考えたらこの人、手は出さないけど言葉のセクハラは度々してきていた。
うわぁ。急に不安。

「操の心配か」
「セクハラです」
「てめぇ…」
「そんな無駄な心配しなくても先生が私相手にお手付きなんぞしないことは分かりきってます。普通に女の部下との同室を受け入れたモラル的なものの方が心配です私は」
「……まぁ…開口一番から同室でと話を進めようとしてきたってことは、互いにしっかり見張っておけって意味だろう」

その言葉に顔を横に向け、先生をソファに顔半分埋もれたまま見上げた。
成程、そういう事か。

「おれは許可も得たし建物内をあちこち見て回る予定だが、お前は囚人達の治療の時や呼んだ時だけ着いてこい。それ以外は極力ここにいろ。…ここには知る必要のないものがありすぎる」

最後の方は声が小さくてよく聞き取れなかったが、先生と一緒ならある程度は出歩けるということか。

「ところで質問いいですか」
「…なんだ」

さ、と手を上げてお伺いを立てる。
気になることを質問したくなった時は、この宛ら小学校の先生と生徒のような問答が私たちの中で当たり前となっていた。
急に質問し始めるより心象もいいし、先生側も駄目なら駄目と断りやすい。
正しく子供のような理由なのがちょっと面白い。

「さっきのシーザー・クラウンという男は何者なんです?なんか煙を纏う…というかほぼ煙そのものだったんですけど」
「あれか…あれはガスガスの実の能力者だ」
「ガスガス…」

以前読んだ悪魔の実図鑑を脳内で捲る。
身近にいる悪魔の実の能力者は先生ただ1人。
その力をよく見たことがあるのもオペオペの実の能力のみだ。
そもそもが貴重で多くの謎に満ちた果実とされている為、図鑑を読んだところでそんなに様々な情報が得られたわけでもなかったが…
ガスガスの実…ガスガスの実…
確か自然系ロギアけいに分類される実で、主な能力は“気体を自由自在に操れる”だったような…
自然系だから自身も気体ガスになれるということか。

自然ロギアは厄介だから不用意に近づくなよ」
「分かってますよ」

むしろ頼まれても近づかないわ。

「そこ、薬学なりなんなり、お前も興味のあるような本がたくさんあるだろ。暇潰しに好きに読んだらいい」

指された先には大きな本棚。
あえてここを充ててくれたのか、たまたまなのかは分からないが確かにこれなら退屈はしなさそうである。

「おれは早速出てくる」
「はい、いってらっしゃい」

閉まるドアに向かって小さく手を振る。
さてと。
先程までは悲観しまくっていたこの部屋も、改めて見渡してみればコーヒーメーカーがあったり、つまめるお菓子があったりと割と快適そうだ。
本棚から面白そうなものを物色して勉強しよう。

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