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「殊勝なねーちゃんだなぁ」
「なんとかできんのかよこの状況!」
下卑た笑いをあげるチンピラ達。
完全に掌握し切ったつもりでいるようだ。
そんな中でも私なりに必死に隙を探す。
だがチンピラといえど海軍は海軍な訳で、3人全員が油断する瞬間はなかなか現れない。
現状“ROOM”の外まで連れ出され、その他チンピラ軍団と合流する為に殆ど脅されながらゆっくりと移動している。
奴らの声は耳に入れず、抵抗は諦めない。
先生とモクモクの戦いは周囲にあるものを巻き込みながらどんどん苛烈している。
そしてこちらも、飛んでくる瓦礫を避けつつ、着実に合流地点に近付いている。
考えろ。隙が現れないなら作ればいい。
考えろ、考えろ、考えろ…
大きなチャンスは突然訪れた。
「メス」
遠くにいるはずの先生の声がいやに鮮明に聞こえた気がした。
弾かれたようにそちらを向けば、音もなく倒れるモクモク。
何かを手にして立ち上がる先生。
その"何か"が何なのか、私はよく知っていた。
私を捕らえる3人の意識がそちらに向いて、息を呑むのが分かった。
今だ。
みんなからの知恵が活きる時。
私は一度抵抗を止めた。
「…お?」
腕を掴むチンピラが明らかに油断した声を出す。
抵抗を止めれば、相手の力が刹那的に弱まるのは必然。
それを感じ取った瞬間、瞬時にしゃがみ込む。
「な、ぁっ」
虚を衝かれたチンピラの手を上手いこと逃れ、伸び上がるようにして立ち上がって後を追うようにしてしゃがみかけていたその下顎に肘を打ち込んだ。
「ゴフッ」
よし、入った。
下顎は人体の急所。
私の力では軽い脳震盪しか起こせないが、一旦相手を抑制するのには有効だ。
そのまま倒れていくチンピラを見送る暇もなく、残り2人に向かい合う。
「なっテメェ!」
「大人しくしてりゃあ良かったのによォ!」
ジャキ、と銃を向けられる。
大人しくしてりゃ、というがそもそもずっと大人しくなんかしてなかったよ。
2人が持つあの得物は遠距離用だ。
銃身に手が届いてしまうほどのこの近さではうまく狙いきれないはず。
チンピラ達は予想通りの無駄撃ちをかましてくれたので2人の懐近くまで入り込み、上段回し蹴りをまた下顎目掛けて叩き込んだ。
声も出さずに倒れ込む2人。
そこで私に、私も気づかないくらいの小さな油断が生まれてしまった。
「!」
「油断したな」
体のすぐ横をすり抜けるように飛んでいく銃弾。
腕を、腿をほんの少し掠っただけのそれですら、思わず膝をつきそうになってしまう程の痛みを齎した。
元の世界で一般人として過ごしていた私なら、きっと経験することのなかった痛み。
知らぬ間にチンピラの本拠地のすぐ近くまで辿り着いてしまっていたようだった。
私に向かって銃弾が放たれる。
急に世界がスローモーションになった。
これ本格的にやばいやつじゃん。
流石に死んだ。
ぱ、と景色が入れ替わる。
目の前に迫っていたはずの銃弾は消え失せ、黒いもふもふが眼前に広がる。
このもふもふ、
「意識はあるな」
「…はい、なんとか」
先生だ。
絶対的に安全な場所にいると分かり、さっきまでは緊張感から凍りついていた全身の血が急激に巡り始めるのを感じる。
同時に張り詰めていた筋肉が一斉に緩んで先生にもたれかかってしまった。
アドレナリンの大量放出で耐えられていた各所の傷の痛みもみるみるうちに増してくる。
ああ、結局迷惑かけちゃったな。
「すみません、結局お手間かけさせてしまって…」
「全くだ。あれだけの啖呵切っといて」
「はは、ほんとですよね」
溜息混じりの先生の声がすごく優しい。
「だがまぁ…連中との鍛錬が役に立ったようだな」
「そうなんですよ、先生はいつもやめとけって言ってたけどなんだかんだやらせておいて良かったでしょう?」
「…まぁ、否定はしねぇでおく」
「素直じゃない…」
先生に引っ張り上げられるような形で立ち上がる。
「抱えた方がいいか」
「いらんです」
多少ふらつきはするけど歩ける。
意識がある時に先生に抱えられるなんてそんなの色々と耐えられない気がする。
「しがみつくだけしがみつかせてください」
「好きにしろ」
お言葉に甘え、腕に思い切りしがみつかせてもらう。
支えてはくれないが歩幅を合わせてくれる気はあるようで、ゆっくりゆっくりと玄関に向かって移動する。
「先生、」
「なんだ」
「私の勇姿見てました?」
「なんとなくな」
「しっかり見ててくれなきゃ…折角エルボーもハイキックもクリーンヒットしたんですよ」
「さぁな」
「えー…褒めて欲しかったのに」
「んだそりゃ」
「最終結果はあれでしたけど、ただの看護師の割には頑張りましたよ?私」
「…それは確かに否めねェか」
先生は腕にしがみつく私の耳元に顔を近づける。
「……よくやった。いい子だ、名前」
子どもをあやす時のような声に、思わず肩を竦めてしまう。
……待ってそれは違くない………?色々とさぁ……!!
「…っ揶揄ってますよね…!?」
「褒めろっつったのお前だろ」
誤魔化すために咄嗟に出てきた私の言葉にそう返してきながらも、随分と機嫌が良さそうな声だ。
この人全部わかっててやってるんだろうなぁ、私の心の底まではどうだか知らないが。
熱の集まった顔をあげられないままフラフラと数歩、私の意識は一旦そこで途切れた。
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