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遠くで聞こえる爆発音でハッとする。
続いて微かに建物が振動するのも伝わってきた。
顔を上げ、僅かに軋む家具達を見渡す。
先生を見送り、部屋に戻った後はきちんと扉を施錠し、静かな空間で勉強に没頭していた。
数ヶ月の滞在で書庫は殆ど読み尽くしてしまっていたが、まだ読んでいなかったものを奥で見つけて引っ張り出す。
先生のあの感じ、恐らくそろそろこの島を発つことになるだろう。
今のうちに詰め込めるだけのものを詰め込んで、済んだら荷物を軽くまとめて…そう思いながら始めた勉強に思いの外のめり込んでしまっていた。
集中が一度切れたのを皮切りに荷物のまとめに手をつける。
まとめると言ってもそう大したことはない。
いつ離れることになってもいいよう、私も先生も大々的にお店を広げるようなことはしていなかった。
辛うじて出ていた化粧品と勉強道具を鞄に詰め込む。
先生の荷物があるあたりも確認したが、綺麗に纏められていた。
やはりもう出るつもりでいたようだ。
荷物をふたつ、部屋の出入り口付近に移動しておく。
急に出航することになってここに戻ってくる暇があるかはわからないが…
裏口から近い場所に位置しているし、こっそり荷物を取りに来るくらいできるだろうきっと。
後は……トイレ行っとこうかな。
部屋を出てトイレに入る。
用を済ませて外に出ると。
「………」
「…………」
私と目が合ったことで不自然に片足を浮かせ、床に水溜まりが出来るんじゃないかと思うくらいに冷や汗を流しまくっている二足歩行の動物が。
特徴的な角、大きなバツ印の付いた丸っこいシルエットの帽子、くりくりのお目目に青い鼻…これ、このキャラクターも、私は知っている。
学生時代の同級生、今まで一度たりとも少年漫画なんか読んだことがなさそうな女の子ですら、「かわいいから」という理由で文房具や小物を使っていた記憶がある。
「………ァアア「待ってチョッパーさん!!」アア………ア?」
とんでもない声量で叫び、号泣しながら逃走しようとする彼のリュックを引っ掴む。
少しの間空中で必死に足を動かしていたが、私に名前を呼ばれた事によって正気を取り戻したようだ。
「なんでおれの名前…」
「とりあえずあの、ここだと声が響くので部屋に行きましょう。話はそこで」
彼を床に下ろして小走りで部屋に戻る。
入念に鍵をかけ、ようやく彼…チョッパーさんと向き合った。
「まずは…えー…私はハートの海賊団所属看護師の苗字名前と申します。貴方は麦わらの一味のチョッパーさんでお間違い無いですか?」
「ハートの海賊団…お前ローの仲間か!そうだ、おれは麦わらの一味の船医、トニートニー・チョッパーだ!」
身元が割れて安心したのか、途端に目を輝かせてドヤ顔で胸を張るチョッパーさん。
…当時は何とも思ってなかったけど確かに可愛い…
ていうかベポさん不足の今、毛むくじゃらの生き物というだけで可愛い。
「船医さんなんですね…じゃあチョッパー先生、貴方はここで何を、」
「そ、そんないきなり先生とかって持ち上げられたって嬉しくねーぞこのやろー!」
状況が聞きたいというのにニヘニヘと笑いながらくねくね踊り出すチョッパー先生。
照れてるのだろうか?
「ちょ、ちょっと一旦落ち着いてください。今外はどうなってるんですか?うちの先生は?ルフィさんに会いに行くと出て行ってから会ってないんですが」
「え、お前聞いてないのか?うちとお前のとこで同盟組むことになったんだよ」
「ど、」
同盟…!?
あの先生の悪い顔に合点がいく。
そうか、その話をしにルフィさんのところまで…
「…すみませんなんか、急な話で驚かれたでしょう」
「お、おぉ…お前あいつの仲間なのに常識あっていい奴だなー」
すっかり常識のない傲慢無礼な男だと思われているようだ。
まぁ強く否定はできないのだけど。
「で、先生は今何を」
「今は鳥女の気を引いてくれてる。おれはその隙に子供達に投与された薬について調べにきたんだ」
ぐ、と蹄の付いた小さな手を握りしめるチョッパー先生。
「"M"…あんな小さな子供達を誘拐してきて薬物で押さえつけて実験しているだなんて許せない…!そんな非道な話、聞いたこともない!」
彼は悔しそうに吐き捨てる。
成程、つまり子供達を助けるために…
やはり事実に気づいた子供達が麦わらの一味に助けを求めていたんだろう。
もっと前からこの地にいた者として、同じ医療者として、何故気付いてあげられなかったのかと私の心も重たくなった。
「私たち、数ヶ月前からこの島にいたんです。あの子達がいつからいたのかは分からないですけど、もっと早く気づいてあげられれば…」
「いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がないよ。でもおれは絶対にあの子達を助けると決めたんだ。…名前、手伝ってくれないか?おれ、この建物どこに行ったらいいかわからなくて…」
「勿論です」
うちとこの一味で同盟が組まれたのなら、私と彼は一時的ではあれど仲間だという認識であっているはず。
そうでなくても子供達を助けられるのなら、助力は惜しまない。
「建物内部の構造なら、私がある程度把握してます。研究室とか資料室なら何度も出入りしてるので」
「よし!連れてってくれ!」
チョッパー先生を先導し、部屋を飛び出した。
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