4



「…ねぇ、」
「ん?」
「…なんでキャンディを食べちゃダメなの…?」
「…え、と、それは…」

伝えていいのか、こんなに残酷な事実を、こんな子供に。
病気を治してあげると嘯かれて誘拐されて、挙句にドラッグで押さえつけられて実験されているだなんて。

「………それはな、あのキャンディが猛毒だからだ…!」

隣で黙って聞いていたチョッパー先生が切り出す。

「チョッパー先生、」
「いいんだ、この子達は馬鹿じゃない。いずれ話さないといけなくなる」
「…じゃあ、“M”は悪い人なの…!?」
「あぁ、すごく悪い奴さ」
「いつもあんなに優しいのに…毎日くれるキャンディも本当においしいんだよ!」
「それが罠なの…おいしくて楽しいキャンディで、ここから離れられなくしてるの」
「そんな…」

扉の向こうの声はどんどん大きくなる。
比例して、威力も増している気がする。
手だけでは押さえきれなくて、全体重をかけられるように肩で押さえる体勢に変更した。

チョッパー先生はひとつひとつ、言葉を選びながら順序立てて説明を始める。
子供の頭でも理解できるように、そして恐らく、健気で繊細なこの子が傷つきすぎないように。
説明が終わるとモチャは信じられないというように首を横に振った。
絶望の色に染まった顔、その目にはうっすらと涙の膜が張っている。

「ーーー…大人にもなれないの?あたし達……もう父さんやお母さんにも会えないの…?」
「そうだ!今逃げなきゃな」
「私たちそんなの考えたことなかったよ!?「助けて」って言ったのはどうしてもお家に帰りたかったから…何の病気かもわからないでまた1年の約束が破られるのが怖かったから…」

つ、と一度頬を伝った涙は、止まることはない。

「でも!死ぬなんて考えた事なかったよ…大人にだってなれると思ってたよ…約束と全然違うじゃんっ!」

肩を震わせ、懸命に叫ぶモチャ。
死なずに大人になれる、今や誰もが当たり前だと思っている“常識”であったはずのことを、突然否定されたのだ。
自分が信じ続けていたことは全て嘘で…現実は想像の何倍も残酷で…悲しみから、というよりもそんなの納得がいかないという強い憤りの気持ちがモチャの口を動かしていた。

「キャンディはくれたから食べたんじゃん!誰も死ぬなんて思ってない!」

誰よりも子供らしい幼気な言葉がこちらに深く突き刺さる。
思いがけず零れた一筋の涙が私の頬を濡らした。

「ーーわかってる!お前達は何も悪くないっ!!だからおれ達はシーザーが許せないんだ!!あいつを許さない!!」

自分の実験の為なら、こんなに幼い子供が未来を失おうと構わない。
どうでもいいんだろう、そんなこと。
あの気味の悪い嗤い声が頭の中に木霊する。

「ごめんな!!もっと早く見つけてあげられなくて…!!」

チョッパー先生がたまらずその場で土下座し、その目からは大粒の涙が溢れ出していた。
その姿を見たモチャも、また嗚咽を漏らす。

「チョッパーちゃん…名前お姉ちゃん!あたしたち死にたくないよ!」
「死なせないさ!必ず助け出す!…シーザーは本当は悪くて強くて恐ろしい奴だけど、おれ達の船長はもっと強い!いつかこの海の王になる男なんだ!!シーザーは必ずルフィがやっつけてくれる!」

うん、うんと何度も頷くモチャ。
ルフィさんに全面的に信頼を置いている様子に、ルフィさんと彼らの間の強い絆を感じる。
もちろんうちだって負けてないし、何より…海の王になるのはうちの先生だけどね。

「だからね…モチャ。他の子達にもう絶対キャンディを食べさせないように、私たちで何とか守りきらないといけない」
「うん!」
「おれと名前はここであいつらに鎮静剤を打てる様に頑張る!だからモチャはビスケットルームのキャンディを守ってくれるか!?」
「…!わかった!もうキャンディは誰にも食べさせないっ!みんなでおうちに帰るんだ!」

モチャは涙で目を潤ませながらも、明るい声で決意を固める。本当に健気な子だ。

「そうさ!」
「開けろォー!!モチャ〜〜!!」

ついに扉がバキバキと破壊の音を立て始める。
いくら実験されているといってもこんなのって…!!

「頼んだぞモチャー!」
「うん!」

後ろを振り返らずにビスケットルームに向かって走り出すモチャ。
同じタイミングで押さえていた扉が完全に決壊した。
ゆらゆらと、まるでゾンビのように迫り来る大きな子供達。
全員、正気ではなさそうだ。

「…とは言ったもののどうしますか?2人でって結構無謀かも」
「無謀でもやるんだ!名前は鎮静剤を!おれが止める!」
「はい!」

鎮静剤の入ったリュックを前に抱き、シリンジを手に取る。

「ランブル!」

チョッパー先生が何か飴玉のようなものを齧った。
途端、どんどんと背丈が伸び、角はまるで樹海のように横に広がっていく。
天井に頭が着いてしまいそうな程急成長した先生は、長い腕を伸ばして暴れる子供を掴み捕らえた。

「今だ!」
「は、はい!」

めちゃくちゃに気になるが今はそれどころではない。
彼の指に噛みついて逃れようと足掻く子供にシリンジを近づける。
が、

「やめろ化け物ォ!」
「うっ!」

私に気づいて闇雲に振り回された腕が頭にクリーンヒット。
根性で鎮静剤は守ったが、吹き飛ばされてしまった。

「名前!」
「このぉ!」
「うわっ!」

チョッパー先生が私に気を取られた隙を狙い、子供達が彼に襲い掛かる。
こっちは向こうを傷つけられないが、向こうは禁断症状を起こし錯乱している上武器持ちだ。
いくらなんでも分が悪い。

「みんな辛いだろうけど我慢するんだよ!もう二度とキャンディは食べちゃダメだ!!家に帰りたいんだろう!?ここは通さない!ビスケットルームへは行かせない!」

彼の必死の訴えも、今の子供達には届いていないだろう。

「痛ェ!痛ェよ!!」
「わっ!ごめん!傷つけるつもりは…!」

彼が捕縛の手を緩めれば、またそこを別の子供が狙う。

「ジャマするな!怪物〜!!」
「そこをどけよォ!」
「お前に関係ない!」
「キャンディを渡せ!」
「おれたちのだぞ!」

ついに蹲ってしまったチョッパー先生が袋叩きにされている。
まだ僅かに揺れる頭でなんとか立ち上がって止めようと中に割って入ってみるが、すぐに弾き出されてしまった。

「ぅぐ、」

どうしよう。
私たちじゃどうしようもできない。
傷つけられない。
鎮静剤も打たせてもらえない。
じゃあどうやって止めればいいの…?

その時。
ぽん、とその場に不釣り合いなかわいらしい音を立て、あんなに大きかったチョッパー先生が元のサイズに縮む。
周りにはビスケットルームへ向かおうとする子供達。
いけない、このままだと…

「チョッパー先生!」

子供達は無情にも彼の上を走り去っていく。
彼のことなんてもう視界の端にも入っていない。

「みんな!ダメ!」

叫んでも、歓声に紛れて届かない。
とにかくまずは彼を救おうと走り出す。
と、チョッパー先生が誰かに抱き上げられた。
それは、

「チョッパー!これどうなってんの!?」
「みんなーー!!」

玄関で遭遇したポニテビキニのお姉さんだ。
その周りには恐らく麦わらの一味であろう面々。