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「…困るわ…子供達は“M”の大切な実験体…私の任務は「シーザーとその実験を守る事」。モチャに反逆の意志を植えつけたのは誰?」
「何だと!?子供達はすでに自分の意思で「助けて」と!」

チョッパー先生が食ってかかる。
一方私はモネさんの発言に引っ掛かりを覚えていた。
私の任務…?

“私はまた別なの。命を捨てられる程忠誠を誓っている点では同じだけど”

何時ぞやのガールズトークで聞いた言葉を思い出す。
モネさんはシーザーの直属の部下だと思っていたけど、もしかして別に…例えば彼の上にさらに他の人物がいて、モネさんはその人の部下…?

「さァ追え!」

気付けば緑髪剣士さんが強固な雪の壁を切り崩し、逃げ道を作ってくれている。
走って抜けていく2人に続こうとすると、

「貴女だけは逃がさないわよ」
「、」

足が動かない。
さっきポニテビキニさんを捕らえた雪だ。
見る間に胸まで飲み込まれ、
人面鳥ハーピー」状態のモネさんが目前に現れた。

「ウフフ、殺す訳にはいかないから…このまま寒さで眠らせてあげる」
「なに、を、」

腕も足も、全て雪の中。
踠こうにも動かしようがない。
急激に下がっていく体温と反比例するように、強烈な眠気が襲いかかってきた。
雪山で遭難した時に眠くなるというあれかこれは、と何処か他人事のように考える。
それ程までに脳が動かない。

ズバン!

「弱ェのばっかり狙ってんなって言ってんだろうが!」

緑髪剣士さんがモネさんを斬り崩すが、雪の拘束は解けない。

「不思議でかわいいローの所有物…ジョーカーに引き渡したらどうなるかしらね、ウフフ…」

朦朧とする意識の隅で、そんな声が囁かれたのをぼんやり感知する。
ジョーカー…?って、誰…

「ウオォ名前さーーん!!」

意識を手放す寸前、突如として体を拘束していた雪が砕け散る。
覚醒し切らないまま支えを失った体は誰かに抱き止められた。

「……ぅ、」
「名前さん!貴女の騎士が参上いたしました」

サンジさんだ。彼も子供達を追って…

「ヒューヒューアニキ!」
「よっ色男!」
「って待てそれトラファルガーんとこの…!」
「そうだ!あのかわい子さんだ!」

このガヤガヤむさくてうるさい感じ、もしかしてさっきのチンピラ海軍も一緒なのだろうか。

「大丈夫ですか!?意識はありますか!?」

頬を軽く叩いて声をかけてくるのは海軍の眼鏡さん。
やはりサンジさんと海軍が一緒に行動していたようだ。
そうだ、海軍…徐々に動かせるようになってきた手で服の上からぺたぺたと懐を弄る。
…よかった、モクモクの心臓…何ともなさそう…
嫌いな人間の心臓ではあるが、先生から預けられている以上万が一があっては良くない。
ホッと胸を撫で下ろす。

「オイクソマリモ!!何でテメェがいながら名前さんがこんな満身創痍になってんだ!!」
「うるせェ俺に聞くな!!鳥女がいやにそいつに執着してやがる、ナミとロビンもこの先だそいつ連れて早く行けジャマだから!!」
「よし行くぞ野郎共!!」

ちょっと失礼、と断りを入れた上でサンジさんは私を横抱きにし、チンピラを引き連れて出口に向かう。
ただこんな状況でもモネさんを見てとんでもない美女…と目をハートにすることは忘れない。
流石生粋のプレイボーイは違う。

ややあって漸くビスケットルームを抜け、再度子供達の追跡を再開した。

「おれ達は今この島にいるレディー達に誉められる為にクソガキ共を救うのだ!!」
「うおおお!!」

チンピラ海軍、単純で動かしやすくて助かるな。
言ってる内容はサンジさんの本音なんだろうけど。

「んで名前さん、これ何処に行きゃいいんだ!?」
「とりあえず真っ直ぐで大丈夫かと…あともう私走れるんで降ろしてもらっていいですか」
「ダメだ!腹にそんな大怪我負って…おれが君の足になる!」

完全にプレイボーイモードに入っているサンジさん。
煙草の先から出る煙までハート形なのには一周回って感心する。
どうやってやってるのそれ。
暫しの間廊下を走り続けると、向こうの方が騒がしい。
何とか追いついたようだ。

「あれです!あそこ!」
「お、追いついたな」

少々溜飲を下げた、その刹那。


「モチャア〜〜〜〜!!!」


ドクン、と胸が波打った。
チョッパー先生の力限りの絶叫。
瞬間、嫌な予感が脳内を駆け巡る。

「やめろォ〜〜〜〜〜!!!」

まさか、まさか、まさか。
早鐘のように鳴り出した心臓、サンジさんのスーツを知らず知らずの内に握り締めていた。

「お願い早く!」
「え、お、おい名前さん、」

急かしたって何も変わらないのに。
起こってしまった最悪の事態は、巻き戻せなどしないのに。

辿り着いたその先では、長い階段の1番下、モチャが血を吐いて踠き、苦しげに床に臥せていた。
傍にはあのキャンディの包み紙が落ちているのに、中身は一粒たりとも見当たらない。

「も、ちゃ、」

掠れた、通りもしない声が口から洩れ出る。
あの子は、何よりも友達が大切なあの子は、彼らの為に犠牲になって、

「取り抑えろォー!!」
「多勢には多勢だァ〜〜っ!!」

モチャを見て怯んだ様子の子供たちに、チンピラ海軍が一斉に飛びかかって一斉捕縛を狙う。

「チョッパー!医療班こいつら使え、注射くらい打てる!」
「え!?うん!名前!鎮静剤を!」
「ここに!」

預かっていた大量の鎮静剤入りリュックをチンピラに投げ渡す。

「おれはモチャの治療をする!」
「私も行きます!サンジさん、降ろして」
「…分かった、くれぐれも無茶はしないでくれよ」

ようやっと降ろしてくれたサンジさんにお礼を伝え、モチャを連れて移動しようとしている一団に駆け寄る。

「名前!お前も上に!」
「はい!」
「どこ行きゃいいんだタヌキ!」
「この辺に子供達の検査室があるはずです」
「よし、じゃあそこへ運んでくれ!」

実験対象子供達の検査をする場所は、ビスケットルームからそう遠くない場所に配備されているはずだ。
あちこち歩き回られては困るから。
モチャを担ぎ、そこに向かって走り出したチンピラ達。

「チョッパー先生、モチャは…」
「……、」

私の顔を見るなりへにゃりと口を歪ませて目を潤ませるチョッパー先生。
彼はきっとモチャが口にしてしまう瞬間を…
不意に、よろよろと頼りなさげにモチャの大きな手が伸びてきた。
それに気づいたチョッパー先生は急いで涙を拭き、その手に触れる。

「…モチャ」
「チョッパーちゃん…名前お姉ちゃん…あたしキャンディ…渡さなかった…!」

苦しそうに咳き込みながら、息も絶え絶えに発せられた声。
涙も鼻水も垂れ流し、体内ではもっととんでもないことが起こっているにも関わらず心配しているのは友達のことで。

「うん…!友達を守ったんだな、ありがとう…お陰でみんなウチへ帰れるよ!お前だって必ず助けるからな!」
「モチャ、“みんなで”帰るんでしょ?モチャがいないと“みんな”じゃないよ、必ず元気になろう」

脂汗まみれの顔でにこりと笑顔を見せるモチャ。
この感情をどう言葉に表したらいいのか分からない。
胸で大きく渦巻いて、熱い塊となって喉の奥に引っかかり、やがてそれは涙として頬を伝い落ちていった。

「…必ず大人になるんだ!」

チョッパー先生もまた泣きながら、努めて明るい声でモチャを元気づけた。