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しばらくの間1人さめざめと涙を流し、サイドテーブルにあったティッシュを見つける。
上体だけ起こし、盛大に鼻をかんだ。
ずび、と鼻を鳴らしながら顔をあげると、我が事ながらいくらか気持ちが落ち着いていることに気がついた。
無理に現状を整理しなくても良い。
確かに不可解なことは色々あるが、まずは体調を万全にしなくては。
傍にあった屑籠に鼻をかんだティッシュを捨て、今度はゆっくりと横になる。

「…………」

それにしても私は、本当にクモ膜下出血を起こしたのだろうか。
もしかして全部夢?
内外共に、何の痛みも感じない頭におそるおそる手を伸ばす。

「やっぱり、」

開頭どころか、剃髪すらされた形跡がない。
どこを触っても柔らかな髪の感触が手に伝わる。
もう少しよく見ようと、部屋の隅にあった簡易洗面台の鏡を覗き込んだ。

「……は?」

そこには10年前…とまではいかないが、就職するかどうかくらいの時の自分の顔があった。

「え、…え?は?なん、」

震える手でぺたぺたと顔を触る。
元々童顔は童顔だし、そんなに大きく変わってはいない(と思いたい)が、肌のキメ、髪の艶、何処をとっても明らかに若返っているのだ。
衝撃の出来事に絶句していると、

トントントン
「ご飯と着替えだよ〜開けても良い?」

さっきの白熊の声がした。

「、はい」
「お邪魔しまー…あ!ダメじゃんベッドから出たら!いくらキャプテンのオペでもオペはオペなんだから!」

もー、と怒り眉で咎めながらずかずかと部屋に入ってくる白熊。
サイドテーブルに何やらお盆と着替えらしいものを並べて載せている。

「ほら、ベッド戻って」
「あ、の、私、」
「ん?どうしたの?」
「私………幾つに、みえますか」
「…………」

沈黙。やばい、今の聞き方は色々と間違えすぎている。

「やっぱりあの、なんでもないで「人間のメスの年齢は良くわかんないけど、成人前くらい?」…………」

それは……喜べば良いのか悲しめば良いのか。
一応成人はしてる頃の顔なんだけど。

「そういうのは後にしてよね」

白熊に背中を押され、ベッドに戻される。
端に座ると、肩に一緒に持ってきたのであろう茶色のカーディガンをかけてくれた。

「ありがとう、ございます」
「いーよいーよ!ご飯はこれね、卵粥作ってもらったから。着替えはこっち使って、脱いだ方はお皿と一緒に後で回収しに来るね」

にぱ、と笑った白熊はてきぱきと私に指示を出した。

「色々、ありがとうございます。白熊さん」
「おれ、ベポっていうんだ!好きに呼んで!あ、でも君の方が年下っぽいよねぇ〜…」

実年齢で言えば恐らく此方の方が上だが、それはひとまず黙っていた方が良いだろう。

「…じゃあ、ベポさん、」
「うん!ゆっくり休んでね」

白熊…基ベポさんは、またもにぱ、と笑って私の頭をぽんぽんしてから部屋を出て行った。
先ほど背中にも感じた、固いけど弾力のある感触。
それこそ動物の肉球そのものだ。着ぐるみかと思っていたが、違うのだろうか。
どういう仕組みなんだろう?4D?VR?
…やめよう、現状の整理は後だと決めたじゃないか。

一先ず冷めないうちに晩御飯を頂くこととする。
お盆を引き寄せてほかほかと湯気を立てるお粥をふうふう、一口。
若干粒を残しとろけたお米と、卵の優しい風味が口に広がる。
久しぶりに温かい、ご飯らしいご飯を食べた気がする。
火傷をしないように気をつけつつも、一気に食べきった。
一緒に持ってきてくれたぬるめのお白湯で口の中を洗い流し、着替えを広げる。

薄いブルーの、職場でもよく見ていたような形の入院着だ。
首から下げていた名札兼ICカードを外して制服である臙脂色のスクラブを脱ぎ、ベポさんが持ってきてくれたパジャマに着替える。
下着はー…気にはなるが致し方ない。
替えもないようだし、とりあえずはこのままだ。
脱いだスクラブは畳んでサイドテーブルに上げておいた。
名札は…どうしようか。
財布もない今、私の身分を証明する唯一のものであり、無くしたら困るけれど、寝ている時に紐を首にかけておくのは流石に危ないし…
部屋を見渡せば、洗面台の横にハンガー掛けのようなものを見つけたのでそこにかけておく。

お腹を満たし、清潔な服に着替えて横になると急速に眠気が襲ってきた。
今日は色々あって精神が疲れたな…眠りに引き摺り込まれる直前に、

「(ーー…ぁ、)」

治療してもらったって話なのに、お金払えないや。どうしよう。
もう既に遠くにある意識の中でぼんやりそんなことを思いつき、ただ睡魔の力には抗えず、とぷん、と眠りの世界に沈んだ。