デブリードメント、略してデブリ。
傷口周辺の壊死組織や感染組織を取り除き、傷を物理的に綺麗にする処置のことだ。
完全に壊死した部分とかなら痛くないが、今回の目的はどちらかと言うと感染組織の除去だろう。
簡潔に言えばまだ辛うじて生きてる部分をちょっと削ろうとしているのだ、先生は。
鬼かよ。
「やんないと…ダメですか…」
「ダメだ。縫合後に感染するのとどっちがいい」
「えぇどっちもやだ…」
「駄々を捏ねるな」
先生は私のだる絡みをまともに取り合うこともなく、着々と準備を終わらせていく。
せめて何かこう…抱きつくものが欲しい。
ふわふわで大きくて力強いベポさんが最適解だがいない今は仕方がない。
とにかく私が全力で抱きついて力をそっちに逃しても問題がないものをくれ。
今この場にいる中なら…どう考えたってチョッパー先生がいちばん良いが、彼はみんなの治療に大忙しだ。
私に付き合わせるのも申し訳ない。
じゃあ第2候補…
「………スモーカー……さん」
「名前、何を言い出すつもりだ」
流石、先生は私がとんでもないことをお願いする時の迫真の声をよく分かっている。
ぎらりと刺すような視線を背中に感じつつも、静かに葉巻を燻らす彼に向かって正座をする。
「もう今後会うことも…海賊と海軍だからあるかもしれないけど会いたくないのでないものと思って一生に一度のお願いをします。抱かれてください」
「は、」
「「「「「ハァ!!?」」」」」
スモーカーは咥えていた葉巻をぽとりと落下させ、言葉が聞こえる範囲にいた人たちが一斉に同じ反応をする。
言い回しについてはほんの冗談のつもりだったのだが、思ったより多くの人間の耳に入ってしまった。
そして先生には結構全力で殴られた。
「いっっっった私怪我人なんですけど!?」
「怪我人なら怪我人らしく大人しく寝てろ馬鹿が!」
「馬鹿で結構ですデブリの痛みに素面で耐えられるわけないでしょ!?」
「局麻ならかけてやるから我慢しろ!」
「無理!局麻じゃ無理ですこれは!」
「揉める前にまずこっちに説明を「スモヤァァァァン!」「抱かれちゃうんすか!?やっちまうんすか!?」「ヤダこんな公衆の面前で!」「オラオラガキども前に行け!此処からは大人の時間だ!」「あ、貴方達、上司を揶揄うのはやめなさいといつも…!」うるせェお前らは引っ込んでろ!!」
「……!…!…………、」
ある者は怒り、ある者は揶揄し、ある者は怒鳴り声を上げ、ある者は赤面し、ある者は死に…
サンジさん、静かだと思ったら。
「…まずは落ち着いて言い分を聞いてやろうじゃねェか」
「今から先生に超痛いことをされます。耐えられないので痛みを逃すために抱きしめさせてください」
「却下だ」
ものすごく食い気味だ。
なんで聞いたんだよじゃあ。
「なんでこれだけいる中で白猟屋を選んだ…!」
「そりゃあ私だってベポさんがいるなら速攻で彼を選びますけどいないじゃないですか。第1候補は言わずもがなチョッパー先生です。でも今彼は忙しいので私に付き合わせるのは申し訳ない。第2候補として彼か彼かな、と」
スモーカーと緑髪剣士さんを順番に指差す。
目覚めたサンジさんは血涙を流しながら緑髪剣士さんに向かって何か叫んでいるが何ひとつ伝わらない。
「こんな痛い処置間近で見せるの申し訳ないので必然的に女性は却下です。あとは下心が透けて見えるのも嫌だし…もうとにかくでかい!筋肉!塊!で選びました。フカフカふわふわがいいですがこの際それは諦めます。スモーカー…さんの方が海軍だしまあ後腐れも無いかなと。何か質問は?」
「妙に論理的な選抜をしてるのが気に食わねェ」
「理詰めで先生を論破するのには慣れてきました」
「なんでテメェがこっちにお頼みする側なのにそんなに上から目線なんだ」
「お褒めに預かり光栄です」
今にもふざけるなと怒り出しそうな先生とスモーカー。
そんなに言うなら今すぐベポさんを連れてきてくれ。
「そもそも白猟屋がそんな事に付き合う理由がねェ」
「ところが彼は私に付き合うしか無くなります」
「何を言ってる?」
「ふっふっふ」
テンプレートに怪しい笑い方をしながら懐から取り出したのはスモーカーの心臓。
持ち主が目を見張る。
「なんでテメェがそれを…!」
「先生から預かってました。これを代わりに
「このクソアマ…」
あんまりおちょくるとタンカーから突き落とされそうだな。
程々にしておこう。
「前からは流石にちょっと私も気まずいんで背中側から縋らせてくれればそれでいいです」
「……海賊ってやつはどうして全員こうなんだ…!雁首揃えて…!」
先生は私を一発殴り、妙に論理的な説明を聞いた時点で限りなくしょっぱい顔をしつつも他の手段を探すのは諦めているようだし(既にそんなことより早く処置をさせろという圧を感じる)、あと折れるのは目の前で血管が切れそうな顔をしているこの男だけだ。
長考に長考を重ねた結果…
「っ…、つぅ…!」
「動くな。もっと力抜いて楽にしてろ」
「無理……です……!」
「………」
背後から肩にのみという条件付きでなんとか納得してくれた。
いや納得はしていない。
相当厭厭だ。
折れてくれた以上、黙ってどっかりと座り込み付き合ってくれてはいるが、人間を睨み殺せそうな目つきで周りにいるチンピラ達を圧倒している。
そろそろ海軍名乗るのやめた方がいいよ。
「終わった…?先生終わった…?」
「あと少しやって縫合する」
「早く…」
「海賊と一緒に行動してるだけでも海軍としては恥だっつーのに…」
「本当…その節は…貴方がゴリゴリなせいです」
それだけは譲れない。
私だって海軍の、その中でも嫌い寄りの男にこんなこと頼みたくなかった。
仕方ないじゃないかもう今後会いもしないと考えれば少しくらい。
全身全霊を込めた肩揉みしてるような絵面でちょっと面白いし。
正直私としては物足りないのだ。
いつもならこんな時はベポさんが全力で抱きしめてくれて、私も全力で抱きしめ返して。
ギリギリのところを我慢して、抱きついていないだけありがたいと思ってほしい。
縫合が終わりに近づいた頃、突如タンカーが…というよりこの通路自体が大きく揺れ、岩が落下してくる。
「何!?」
「何か爆発したァ!」
「D棟だ。SAD製造室」
「お前のせいかよ!」
「此処にはその為にいたようなもんだ」
返事をしながらも、縫合の手は止めない先生。
こんなにも揺れる所でこんなにも正確な縫合が出来る医者、他にいるだろうか。
いちばん痛いところを通り過ぎ、余裕の出てきた私は状況把握のためスモーカーの肩にくっつけていた額を離して辺りを見渡した。
先程の爆発の影響か、次々壁や天井が崩れてくる。
その都度先頭にいるルフィさんや緑髪剣士さんが払ってはいるが…
そもそもどこまで続くんだ、このトンネル。