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「わぁ…!楽しそう!」
「…本当にね」
下の喧々たる騒ぎは先程のままだ。
船を降りていくと何処からか美味しそうな匂いが漂ってくる。
「…いい匂い」
「なんだろう?」
匂いの元を辿ればそこではサンジさんが大きな鍋をかき回していて。
滋養にいいスープ作って…って言ってたっけ、そういえば。
サンジさん、お料理作れるんだ。
「名前さん!」
近付いていくとサンジさんが私に気付き、顔を上げてぱっと笑顔を浮かべた。
「美味しいスープ作ったって伺いました。頂いてもいいですか?」
「勿論!本当は君にいちばんに飲んで貰いたかったんだ…海ブタ肉入りのホルモンスープだ」
また歯の浮くような台詞を口にしながら、1人分がよそわれた器を差し出され、それをおずおずと受け取った。
得もいわれぬ匂いにそそられて、行儀が悪いと知りながらもつい立ったまま口をつけてしまう。
朝ご飯以来何も入れていなかった胃に染み渡るそれは、自然と頬を緩ませた。
「おいっ…しい…!」
その呟きが耳に入ったらしいサンジさんは元々緩んでいた顔を更に蕩けさせる。
「名前さんのその言葉が聞きたかった…!」
「サンジさんお料理上手なんですね」
「まあ…そうか知らないよな。おれ、コックなんだ」
「え、」
苦笑い気味にそう溢すサンジさん。
プロに向かってとんでもなく失礼な物言いを…
「そうなんですね!?ごめんなさい失礼な発言を、」
「いいんだいいんだ気にすんな。寧ろそんなところもチャーミングで素敵だよ」
だから処理が出来ないんだって。
「私もくださいな!」
「お、お前…目が覚めたのか」
「うん!ぐるぐるのお兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
にぱっと笑ったモチャとチョッパー先生もそれぞれスープを受け取った。
「あ、サンジさん。先生ってここに来ました?」
「先生?」
「あー…うちのキャプテンのことです」
「あぁ…そういや来てねェな。しょうがねェからあいつにも食わせてやってくれ」
そう言ってもう1杯のスープを差し出され、空いた方の手で受け取るが少し気遣わしい気分になる。
「…ごめんなさい変なこと聞きます。……「先生」って呼び方、変ですか?」
声をかけたのは近場にいた、サンジさんのことをアニキと呼び慕っていた様子のチンピラ達だ。
声は出さずとも「先生」の単語に過剰反応していた彼らに恐る恐る問う。
何も考えずに呼んでいたけど、変なら今後改める必要があるのかも…
「え!?おれ達!?」
「はい、今なんか変な反応されたなって」
「いや、違うんだよ別に変じゃねェけど、」
「けど、なんですか?気になります?」
「…ちょっとアレだよな」
「なぁ…なんつーかこう…若い女の子が歳の近い男の事をそう呼んでるのみると…なぁ!」
「痛っ!なんだよ!」
「テメェらレディーに向かってクソ失礼な会話繰り広げてんじゃねェ!すまねェな名前さん、こいつらが」
言葉を選びあぐね、しどろもどろになりながら仲間内で当たり合うチンピラ達。
ニュアンスでなんとなくは伝わったけど…そうか、何も考えてなかった。
事情をちゃんと知らない人から見たらそう見えちゃうのか。
「…こう…不埒な間柄というか、如何わしく聞こえちゃいますかね?」
「いや!そこまでは!」
「そそそそんなことなくもなくもなくもないけど!!?」
「…そうなんですね。改めて言いますが私看護師なんです。だから先生って呼んでるんですけど…分かりました」
ちょっと呼び方考えようかな。人前ではキャプテンって呼ぶとか…
一応私がキャプテンって呼んでもおかしくはないし。
言い始めたのも私だし、私の心持ちの問題みたいなところはある。
「看護師ならまぁ…普通か」
「いや、それでもちょっとって思っちゃうとこはあるぞ」
「そろそろ口閉じろテメェら!名前さん、こいつらの頭がおかしいんであって君が何かを改める必要はないんだぜ!?」
「いえ、たしかに思い直してみると変は変ですよね…良かったです、早めに周囲からのご意見が聞けて。ありがとうございます。これ渡してきますね」
「待ってくれ名前さん…!」
曖昧に手を上げるサンジさんの頭上に何故かぱりん、と割れたハートが見えた気がして苦笑する。
ちょっと悪い気させちゃったかな。
申し訳ない。
さて、モチャとチョッパー先生は知らない間に居なくなってるし私も先生を探さないと…きょろ、と周囲を見渡せばすぐ視界に入る真っ黒いコート。
宴会の騒ぎには入らず、遠くに座ってそれを眺めている彼に駆け寄った。
「せんせ、」
ついさっき改めようと思った呼び名が口をついて出て来る。
いけない、早速ダメじゃないか。
彼は中途半端に言葉を止めた私に首を傾げながらも、その中断された呼び名で私が来たことに気づいてくれた。
「何処にいたんだ」
「モチャのところに。目覚めたんですけど、会いました?」
「ああ、さっきトニー屋と一緒に来た」
モチャは本当によく出来た子だ。
ちゃんとお礼を言いに来たんだろう。
「じゃあこれは?」
「配ってたやつか」
「頂きました?めちゃくちゃ美味しいですよ」
「いや…」
「是非是非!先…」
せいの分も頂いて来たので、と続くべきところをまた中断させる。
今度こそしっかりと先生に不審げな顔をされた。
「…おま「あーっと!この線なんですかー!?」おい」
別に誤魔化すようなことでもないんだけどつい言葉を遮ってしまう。
先生分のスープを押し付け、横に引かれた謎の黒い線を指差して話題を無理やり変えた。
「…“正義”と“悪”の境界線、だと」
「え?」
指し示された先には線を挟んだ反対側にいるスモーカー。
いつからいたんだ。
全然気が付かなかったが、彼の持つ器の中身を見るに暫くここにいたんだろう。
何か2人で話してたのかな、と今更ながら気を遣う。
それにしてもきちんと境界線を守っているあたりが律儀というかなんと言うか。
「今気づいたって顔だな」
「そりゃもう、今せ…キャプテンしか見てなかったので」
「は?」
軽く不機嫌になった気配を感じてそっと顔を背ける。
「何だそれは」
「い、いいじゃないですか呼び方なんて何でも!」
「お前から始めたんだろうがよ」
「そうですけど…」
モゴモゴ口籠り、はっきりしない私を見て更に眉間の皺を深くする先生。
呼び名がどうこうもあるけどこの態度が気に入らないんだろうな…
「はっきりしろ。急になんだ」
「だって……るんですって」
「あ?」
「だからぁ!如何わしく聞こえるんですって!」
こんなことを問い詰められればなんだかこちらまで気恥ずかしくなる。
顔を背けたままそう吐き捨てれば、激しく咳込む声が2つ聞こえてきた。
なんか1つ多いな。
「…っんなこと…誰が吹き込みやがった」
「誰でもいいでしょうそんな事は。とにかくこの医者と看護師って関係性を知らない人が聞くと卑猥…というかなんかそういうものを疑われるみたいです。キャプテンに迷惑が被るので人前では止めておこうかと」
「ひわ…」
なんだかそのまま殺められそうなくらいの圧を感じるが、ちょっとここは引けない。
貴方が気付いているかは知らないが、貴方の背後で貴方と一緒に咳き込んだもう1人がひどく決まりの悪そうな顔をしているから。
あの顔は実はちょっとそう思ってたって顔でしょう。
関係性を知っててもそう思うのならなかなかに危ない呼び方だったんだ、とこの期に及んで思い知った。
ていうか海軍…揃いも揃って失礼だな。