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名前ははて?と窮した。
何故そこでローが至らないという結果になるのか。
以前名前は彼のことを“言葉が足りなさすぎる”と内心評していたが、まさしくその通りで。
肝心な部分をなかなか口にしないローに、名前は殆困ってしまった。

「先生の何処が」
「おれはお前にまだ全てを話してやれねぇ。だがそれはお前が未熟だからじゃなくておれが…思慮不足なせいだっつってんだ」
「思慮不足?」

更に目を丸くする名前。
言葉が追加されたところで分からないものは分からなかった。

「先生はいつも私たちのことを考えてくださってますよ」
「……」

ローもローで、いまいち伝わっているのかどうか微妙な様子の名前に少々困惑していた。
はっきりさせねばと意気込んだのはいいものの、何処まで言葉にすればはっきりさせたことになるのか。
変なところで柔軟さに欠ける2人は、ただ黙って其々思い悩む。

「……とりあえず手、離してもらえますか」
「…あぁ、」
「ありがとうございます」
「後で目は冷やせよ」
「はい」

今思い出したというように解放される名前の両手。

「…とりあえずは、だが…これからドレスローザに向かう」
「はい」

ローは静かに作戦を話し出す。
それは勿論、名前に聞かせられる部分だけ、一部を省きつつではあるもののそれらを話し終えた。

「何か質問はあるか」
「…えーと、とりあえず私はドレスローザ国内には入らずに船番チームと一緒にこの船を守る」
「ああ」
「ドレスローザ潜入組も、早々に工場を壊して撤退する」
「そうだ」
「…なんでそんな簡単なことなのに教えてくれなかったんですか、って聞いてもいいですか」
「……」

まさかここまで聞き分けよく頷くと思っていなかったから、とローは腹の中で答えた。
同時に少し見誤っていたのかもしれない、と居た堪れない気持ちにもなった。
頑固は頑固でも、彼女は従順な方に向かって頑固であったのだ。
しかしながら、“待て”が聞けるとなるといよいよ“犬”ではないか。
シーザーにそう称されていた事を思い起こす。

言い訳をさせてもらうとするならば、名前に言えなかった理由の一つに己の邪な考えがあったからではあるのだが、そんなこと本人に言えるはずもない。
自分の質問を受けて黙り込んだローを見て、今度は名前があぐねる番だった。

「あの、答えにくいなら大丈夫です。先生の言う通り、ちゃんと動きますので」
「理由は……今は言えねェ」
「じゃあ、いつかその時が来たら、教えてくれますか?」
「あぁ」
「ならいいです。私は私のやることを熟します。作戦、教えてくれてありがとうございます」

名前の中の黒い感情はもう消えていた。
言えなかったという理由は気になるところではあるが、とにかく今は自分でもやれる、ローからの命が仰せ付けられたのだ。
それを全うしてからでも遅くはないだろうと己を鼓舞していた。

「あ、でも一つ」
「なんだ」
「絶対に無茶だけはしないでくださいね」
「あぁ」

名前の言葉にどきりと嫌に大きくローの心臓が波打つが、平然とした顔で嘘を紡ぐ。
無茶は元より承知の上。
死ぬか生きるかの覚悟さえある自分の胸中をまたも暴かれたような感覚に、女という生き物の勘の良さを熟痛感させられた。

「まだ寝るか?」
「いえ、もう起きます。ナミさんに謝らないと」

ソファを降りて部屋を出ようとする名前を、ローは苦い顔で追う。
そうだ、ナミ屋とのいざこざがあった。

部屋を出ると、ちょうどナミもロビンと共に女部屋を出てきたところだった。

「!名前…と、トラ男くん」

ロビンと話すことによって普段の落ち着きを取り戻したナミは、こちらも静穏化した様子の名前を見てホッと胸を撫で下ろす。
と同時にその隣に並ぶローを見て少々気まずそうな顔をした。

「ナミさん、さっきはすみませんでした」
「私のことは良いのよ。名前は大丈夫?」
「はい。先生もちゃんと説明してくれました」

こんなことでご迷惑かけてお恥ずかしい、と照れ笑いを見せる名前とローを見比べるナミ。
説明って何をどこまで…この男が素直に全てを話したとは到底思えないが、名前が納得しているようなのでこれ以上深掘りするのは辞めておこう。
これからまだ同盟関係は続いていくのに軋轢を生んでしまうのも本意ではない。

「…なら良かった。トラ男くんも改めてごめんなさい」
「いや…気にするな。…正直図星だった」

彼女にしか聞こえないくらいに小さく返された末尾の言葉に、ナミは一呼吸置いてからふき出すようにして笑う。
笑われたロー本人は不機嫌そうな顔になったが不思議と嫌な空気ではなかった。
名前の様子を見てローに詰め寄るサンジに、名前の為にと氷嚢を持ってくるロビン。
周りには首を傾げる者、我関せずと眠りにつく者、何があったか分かっているのかいないのか、嬉しそうに笑う者。
また元の空気感に自然と戻っていく。
暗雲が垂れ込めていた空に光が差したようだった。