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のに何故、私は先生の肩に頭をもたれ掛けているのだろうか。
一度浅くなった眠りはやはり覚醒が早く、夜が明けてすぐの朝日でいとも簡単に目が覚めた。
チョッパー先生の隣で横にしたはずの私の体はいつの間にやら先生の肩にもたれ、先生の上着を体にかけられていた。
帽子をいつもより目深に被った先生は聞こえてくる呼吸音から察するにまだ眠っているようだし、起こすまいと身じろぎすらできず息を殺しているとニュース・クーが手摺に降り立ってひと鳴き。
少しの間を置いて男部屋からブルックさんが現れた。
その手にはギターが握られていて…

何かと思えば突如かき鳴らされ出したギター。
まさかの展開にビクッと体を震わせるとすぐ隣の彼にも振動と音が伝わったようだ。

「……ん」
「お、はようございます…」
「…お前、なんであんなとこで寝てやがった」

寝起きなせいか、お怒りなせいか、いつもより低い先生の声が耳元でして、つい体を強張らせる。
可能性として寝ぼけた自分がここまで移動したのではと思っていたが、この様子だと先生の仕業のようだ。

「夜ナミ屋に部屋まで連れていかれてただろう」
「いや最初はベッドお借りしてたんですけど途中で目が覚めてしまって…」
「起きててもいいがせめて船室内に居ろよ」

男が多いんだから危機感を持てと何時ぞやも聞いたようなお小言を頂戴する。
仮にも同盟相手なわけだし、さらにはナミさんやロビンさんみたいな人たちが身近にいる中でわざわざ平凡がすぎる私なんか選ばないと思うが、頷いておかないと父親からされているかのようなこのお説教は終わらないので素直に承知しておくことにする。
立ち上がってかけられていた上着を軽く畳んでいるとみんなが甲板に集まってきた。

「おはよう名前さ〜〜〜〜ん!今日も素敵だ!」
「おはようございます。今日も元気ですね」

寝癖もなく、朝からばっちり決まっているサンジさん。
流石のプレイボーイ。

「あら名前ちゃん、トラ男くん、おはよう」
「おはようございます」
「あぁ」
「…フフ」

昨日の夜初めて会話らしい会話をしたロビンさん。
とっても聞き上手で、お姉ちゃんってこういう感じなんだろうか、とふんわり嬉しい気持ちになったのだった。
イッカクさんも姉気質だが、どちらかというと「姐御」だからこういうタイプの女性と関わったのが久しぶりで、勝手にほんのりとお慕いさせていただいている。

「ナミが部屋で驚いてたわよ」
「え?」
「一緒に寝たのに名前がいないって。早起きだったの?」
「え!?えー、えーと、まぁ」

嘘は言っていない。
早起き…だったのは事実だ。
途端にしどろもどろになる私を見てロビンさんが意味深な微笑みを零す。
怪しまれてるなぁ…

「ち、違いますよロビンさん!そうじゃないんです!」
「ウフフ、私は何も言ってないわよ」
「何の話だ」
「ちょっと入ってこないでくださいややこしくなるんで!」

先生の背を押してみんなが集合している新聞の周りに向かう。
広げられた新聞の1面には、「ドンキホーテ・ドフラミンゴ 七武海脱退」「ドレスローザの王位を放棄」の文字がデカデカと躍っていた。
その下には口角を三日月のように持ち上げ、サングラスをかけた怪しげな男の写真。
先生が狙い通り、と隣でニヤリと悪い笑みを溢した。
同時にうちと麦わらの一味の同盟まで取り沙汰されているが、そちらに関しては毛ほども意に介していない先生が何処かに電伝虫をかけ始める。
何処か…といえばこの場合、かける先はひとつしか無いのだが。

『おれだ…「七武海」を辞めたぞ』

長い長いコール音の後、静かに聞こえ出した声に船上が騒つく。
今この向こうにいる男がドフラミンゴ…
本能的に嫌な予感を感じる声色に全身鳥肌が立った。
ルフィさんが先走り、受話器を奪って暴走する。
それを何とか食い止めた先生が受話器に向かって叫んだ。

「ジョーカー!余計な話をするな!」

…ジョーカー?
…いやまて、ジョーカーって…
ここ最近、色々なところで散々聞いたあの“ジョーカー”?

途端、ばちん、と音を立てて私の中で記憶が繋がる。
そうか、何故こんな簡単なことに気付かなかったんだ。
先生が討とうとしているドフラミンゴは“ジョーカー”だったんだ。
パンクハザードで最後に出会ったあの2人も、モネさんも“ジョーカー”の部下、つまりはドフラミンゴの部下。

成程、昨日先生達から与えられた情報と今繋がった記憶を照合すれば、だんだんと私の足りない頭でも先生の狙いが見えてきた。
先生はドフラミンゴと直接潰し合うつもりはなく、さらにその上を怒らせてドフラミンゴを潰させようとしているのか。
聞こえ良く言えば合理的な考え方だ。

ただ、私には素直に飲み込めないことがひとつあった。
ここに来るまでに仲間達と別れ、他海賊団と同盟を組み、やっとのことで相手の掌中の珠であるシーザーを掠め取った。
ここから先の作戦も、きっと一筋縄ではいかないだろう。
そうまでして、ドフラミンゴを堕とそうとする理由だけが、まだ私には見つけることができない。
さっき私が漸く気付けたようにそれすらもただの一手で、さらにその先を見ているのは分かっているんだけど…

麦わらの一味の皆さんは、今回の同盟締結理由は「四皇の一角を堕とす為」だと、昨日の夜ナミさん達が教えてくれた。
でも先生はみんなと別れる前、私たちクルーに向かって「ドフラミンゴを討ち倒す」と言ったのだ。
そこに拘りがあるような気がしてならない。
その辺りは、きっと私にはまだ言えないと言っている理由を聞くことが出来ればまた繋がるのだろう。
少なくとも当たって砕けよ、というような無茶な考え方ではないようで少しばかり安心した。

私が思考を緩めたタイミングで難しい話を勝手に中断し、朝メシにしようとはしゃぎだすルフィさん。
そのペースにすっかり乗せられている先生を横目に、みんなで食堂に入った。
こういうタイプの人、うちの船にはいないので新鮮だが、先生が考えるようなリスクを最小限に押さえて全てを合理的に進めるためにたくさん考える必要のある作戦は向いてないだろうな…
今日の朝食のサンドイッチが立ち並ぶテーブル。
みんなが席についていくのを見ながら、キッチンに入っていくサンジさんに声をかけた。

「サンジさん、お米ありますか」
「ローのだろ?おれがやるから名前さんは先食べてなよ」
「え、でもこちらの我儘なのに…」
「いいっていいって。気にすんな」
「すみません…」

にっと笑って手早く先生用のおにぎりを作ってくれるサンジさん。
申し訳なさすぎるな。
美味しそうなサンドイッチを前にしても腕を組んで動かない先生を横目で見やり、小さく吐息を洩らした。

「先生、ちゃんとお礼言ってくださいね」
「…ガキかなんかだと思われてんのか?おれは」
「好き嫌いなんざガキのするもんだろうが」

ことり、と彼の前に置かれた3つの大きめおにぎり。

「ほらよ」
「……いただきます」

周りには分からないくらい僅かに目を輝かせておにぎりを手に取る先生。
ガキじゃないか。お礼を言いなさいってば。

「ありがとうございます、サンジさん。お手数おかけします」
「いーえ。美味いか?サンドイッチ」
「とっても!」

私の手の中にあるのはたまごサンド。
所詮たまごと思うなかれ、ツナを混ぜ込む工夫がされている。
一緒にサンドされた新鮮なレタスも相まってとても美味しい。
これ以外にもかなりバリエーションも量もあるが、いつもこれをサンジさん1人で作ってるんだろうか…大変だな。
飛び交う会話を耳に入れながらゆっくりと美味しい朝食をとっていると、隣で先生がこちらを向く気配。
何かあったかと振り向けば、

「!、んむ、」
「だあァっローテメェコラ!」

半開きだった口に、長い指で押し込まれる何か。
テーブルの向こう側でいきり立つサンジさんの声が聞こえる。
目線で突然何を、それを食え、のやり取りを交わす。
もぐと顎を動かすと酸味が口いっぱいに広がって思わずぎゅっと目を閉じた。
梅干しだ。おにぎりに入ってたんだろうな…
私は好きだからいいんだけど。
そのまま咀嚼して飲み込むと、目の前の先生が満足そうに喉を鳴らし、口角を持ち上げた。

「…梅干しくらい自分で食べてください」
「嫌いだ」
「もー我儘…残飯処理じゃないんですけど」

この一手のせいでご飯が食べたくなってしまったではないか。
そのまま何事も無かったかのように朝食を再開する私たちに、ナミさんとロビンさんが顔を見合わせていたとかいなかったとか…