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「爆発する…解放と美のイメージ!!」
ジョーラと言うらしいおばさんは、こちらに向かって先ほどの極彩色の雲を出し抜けに投げつけてきた。
しまったと思う頃にはもう遅く、私たち5人も見る見るうちに気色の悪い姿にされていく。
やられた、完全に先手を取られた。
「こ、これは…!?」
「なんて顔に…!?」
「ちょっとあんたー!!何してくれてんのよ!!」
反抗してもジョーラは高笑いし、「芸術」だと繰り返す。
芸術…なのかこれは…?
キュビズム風と言われればそうかも知れないけど…いたずら書きと紙一重が過ぎるだろう。
「何が芸術よ!戻しなさい!」
「そうだぞ!戻せー!」
「ノンノン、戻せないざます」
ジョーラは人差し指を立てて横に振り、拒否をすると、この野郎、といつでも飛び掛かれるように臨戦体制をとる私と、その後ろに隠れて向こうを垣間見るモモくんに視線を合わせていいことを思いついたとでも言うように笑みを深くした。
「…そうざますねぇ、戻してやってもいいざますよ?その代わり、大人しくそこにいるモモの助、それから苗字名前を渡すざます!」
…!?
想定外の申し出に、出ない声の代わりにごくりと喉が鳴る。
「え!?」
「なんで…!?」
「くっ…!」
「安心してモモちゃん、絶対渡さないから!…名前、あいつらに心当たりある?」
「ないです!なんで私を…」
私が何者なのかは、恐らくモネさんから情報が入っているのだろう。
今だってハートの海賊団のジョリーロジャーが入ったスクラブを着ているわけだし、先生の部下であることは一目瞭然。
でも、分からないのは捕えようとする理由。
モモくんを捕らえようとする理由もいまいち分からないが、私なんかもっと分からない。
下手をしたら海軍にすら顔が割れていないかもしれないくらい表立ったところに出ていない私など、彼らにとっては何の脅威にもならない筈だ。
「渡さないのなら…もっともっと美しくしてやるざます!」
「また来るぞ!」
為す術なく、また食らってしまうかと思いきやナミさんが機転を効かせ、すぐ前にあったハッチの蓋を持ち上げた。
当然蓋は“芸術的”になってしまったわけだが…これ以上私たち自身が食らうよりはマシかもしれない。
あれを一度食らっておいてもう一度、なんて次はどうなるか分からない。
「行くわよ!名前、モモちゃん、ついてきて!」
「え!?あ、はい!」
「飛び込むでござるか!?」
「今はそれしかないです!」
「おれ、ソルジャードックシステム動かしてくる!」
「頼むわチョッパー!」
煙幕が消えないうちに開けたハッチの中に飛び込み、ブルックさんと一緒にサメの形の潜水艦に乗り込んだ。
彼の運転で無事外に脱出し、チョッパーさんも上に飛び乗ったのを音で確認する。
ナミさんとモモくんも海の上を走るバイクのような乗り物で隣に並んだ。
まずは一旦離れて、船を奪い返すタイミングを狙う作戦だ。
ひたすら海の上から相手を煽って、船をこれ以上変形させられないよう注意を此方に向けさせる。
案の定、苛立ったように足を踏み鳴らすジョーラ。
一先ずの所うまくいっていると思ったが、
「コラー!お前達!」
船の反対方向に向かったジョーラが海に向かって叫ぶと、野太い返事と共にピンク色の潜水艦が近づいてきた。
艦体にはドフラミンゴのマーク。
「そうだわ、奴らあれに乗ってきたのよ!」
「霧にまぎれていたというわけでござるか…」
ここから見えるだけでも敵は10人程。
下手すればまだ艦内にもいるだろう。そんなに大きな艦ではないが、全部で20人弱くらい運ぶだけであれば訳なさそうだ。
ジョーラと三下2人くらいなら数的にも何とかなると思っていたけど、あれだけ人がいるとなると正直不利かもしれない。
「まずいぞ!またあれをやる気だ!」
ジョーラが今までより格段に大きな雲を発生させて、船全体が飲み込まれてしまった。
煙幕が晴れた頃には「元」船がその場に揺蕩っていた。
浮いてはいるが、きっとあのままでは通常の走行はできないだろう。
「これで麦わらの一味はドレスローザから脱出する術を失ったのざます!オッホッホッホ!そんな誘導に誰が乗るざますか!観念して大人しく捕まるざます!」
勝ち誇ったように高笑いを止めないジョーラ。
最初から狙いは私たちを止めることじゃなくあの技で船を走行不可にすることか…
「…もーあったま来た!倒すしかないわね!」
「でもどうやって…」
「こうなった以上、船から離れ過ぎるのは危険だわ。一旦オモチャのままでも船に戻りましょう。このまま二手に分かれて…」
まずナミさんとモモくんが囮になり、船から潜水艦を引き離す。
十分に離れたところでナミさんの武器で雷を落とし、潜水艦を沈めさせた。
その間私たちは潜水したままドックに戻り、一足先に中からジョーラを捕らえにかかる。
三下達は全員潜水艦に投げ飛ばされていたから、もう船上にはジョーラ以外誰も居ない筈。
「名前こっちだ!船首の方から出られる!」
「はい!」
「じゃあ私は船尾から!」
「おう!」
チョッパー先生について船底を移動し、梯子を登って外に出る。
「(おれは右から行くから名前は左から。腕さえ押さえれば捕らえられるはずだ!)」
「(分かりました。ご武運を)」
足音を立てぬようゆっくりと近づき、ジョーラが後ろを向いた時。
今だ!
勢いで飛び出した私には、ジョーラの笑みが見えなかった。
「!」
元男部屋から飛び出してきた人影が、私を押し倒すようにして捕らえる。
「名前!」
まだ三下がいたのか。
あっという間に鉄製の錠を後ろ手に嵌められ、それに繋がる鎖で引っ張り起こされる。
やけに重いこれ…もしかして。
「私は能力者じゃない、わざわざ海楼石なんか使う必要がない!」
「お黙り!若様から念には念をとの命令ざます」
悔しさからガチャガチャと鎖を揺らす。
訴えたところでわざわざ縄やなんかに変えてくれる道理はないだろうが、こんなので捕まってしまったら鍵も奪わないと外しようがない。
「くそ、名前ー!」
「ナミさん、名前さんが捕まってしまいました!」
迂闊に手を出せず、距離を取ったまま海上のナミさん達に声をかけるお2人。
面目ないなんてものではない。
「オッホッホッホ!まずは1匹ざますね!」
「何故私を狙う!私を捕らえても価値はない」
「あーた本当に何にも分かってないんざますねぇ」
「何…!?」
ジョーラは私の鎖を三下から受け取り、潜水艦組の救助に向かわせると私の耳元で囁いた。
「モネからたっぷり話は聞いていてねぇ。若様が必ずローの弱点になるからと、あたくし達にあーたの捕縛の指示をお与えになったんざます」
「先生の…弱点」
「ここであたくしがすぐ見つけたのも若様の予想通り…きっと島内を連れ回ることはないだろうってさ!そこまで読まれてるんざますよあーた達の単純な考えは!」
またも、モネさんの言葉がリフレインする。
“不思議で可愛いローの所有物…ジョーカーに引き渡したらどうなるかしらね、ウフフ…”
頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。
奴らは私を先生の弱点と判断して、先生捕縛の為の人質にしようとしているのか。
何故奴らがそうまでして先生を捕らえることに固執しているかは分からないが。
「…悪いけど、あんたたちの思う通りに事は運ばない」
「なんだって?」
「私は彼の…先生の弱点なんかにはなり得ない。彼の邪魔になるくらいなら、人質になる前に舌を噛み切って死んでやる」
「フン、小娘が…いつまでその余裕が続くか、見ものざますね。どうせ若様の前に出れば畏れで歯の根が合わなくなるのは明々白々!今のうちに好きなだけ強がっておけばいいざます」
荒々しく鎖を引かれて手首が軋み、思わず顔を歪めた。
先生がドフラミンゴを狙う理由は依然としてはっきりしていないが、もしかして彼がドフラミンゴから狙われている所以なのだろうか?
やられる前にやる…なんて、そんな単純な理由ではないかもしれないけれど…