「ど…どどどうしようどうします!?」
「うわーやめろー!穴が開いちまう!」
「ナミさんの雷は!?」
「こんな揺れてちゃ狙いが定められない!」
「このままじゃてんぷくするでござるー!」
「…あれ!?」
「今度は何!?」
「ドフラミンゴが飛んで来る!」
「「「えええええ!!?」」」
立つこともままならないほど揺れる船上、海に落ちぬよう手摺に掴まってなんとか天を仰ぐと、そこには新聞に載っていたあの不気味な男が…
何故か空中で留まって、いる。
「お前が苗字名前だな?」
「…な、に、」
「フッフッフッフ!」
今朝も感じた、背筋をつうっと撫でられるような感覚に陥る。
思わず掠れた声が喉から洩れた。
なんでこの距離でこんなによく声が聞こえるんだ。
なんで目が離せないんだ。
なんであんなにゆっくり、空を歩いて近づいて来るのに、逃げられないんだ。
「名前!?何してるの!?」
「なみさ、」
「早くこっちに!名前!」
「っ、ーっ、」
気が気じゃなさそうな皆さんの方を振り向くこともできず、遂には口すら動かせなくなった。
一歩、また一歩とドフラミンゴが近づくにつれ、両腕がまるで磔の刑の如く、ひとりでに肩の高さまで持ち上がっていく。
降ろせない。
動けない。
もう、奴は目の前にいた。
薄気味悪い笑みを浮かべたこの男の圧倒的なオーラに気圧され、動かせないはずの体が、皮肉なことに銃を突き付けられた時とは比較にならないほど震え出す。
無理だ。
これには、勝てない。
目の前にしただけで敗北を認めてしまいそうなほど、どっしりと重たい威圧感に潰されてしまいそう。
「フッフッフ…可哀想に…こんなに震えて。なァ、子猫ちゃん」
それこそ何か小さな生き物をあやすかのような、態とらしい甘い声色と共に、頬に向かって伸ばされる手。
臆しそうになる。
何故か唯一随意的に動かせる瞼を、閉じてしまいたくなる。
でも、私はドフラミンゴから目を逸らさない。
どんなに逃げ出したくても腹に息を溜め、意思を込めて睨み返す。
さっきそう決めた。
それが曲がりなりにも海賊である私のプライドってものだ。
「…子猫の癖に随分な目つきで睨むもんだ…誰から習った?フッフッ、嫌いじゃあねェがな…わざわざへし折ってやる時間も今は惜しい」
私の肩に、ドフラミンゴの人差し指が正面からとん、と置かれる。
なんということはなく至極自然に行われたその行為に、途端に胸がざわつきだす。
この人、何しようとーー…
「…“
ドォンッ!
大きな衝撃音。
目の前には、大きなハート。
「「間に合った!」」
「フッフッ…フッフッフッフ!クソガキ共め!」
サンジさんに攻撃を止められたドフラミンゴは何が楽しいのか、声高に笑いながら再度空へと飛び上がった。
その後をサンジさんが追う。
一方の先生は始めこそ私を庇うように背を向けていたが、サンジさんを目線で見送った後に此方を振り返った。
鬼哭を抜き、私の頭上でひと振りした途端、全身の力が一気に抜けて先生に全体重を預けてしまう。
いけない、と力を入れようとするが、何だこれは。
痺れ毒でも使われたのかと思うくらい全身の筋肉がいうことを聞いてくれない。
何とかして自分の足で立とうと踠く私の肩に、先生の手がそっと回った。
「ごめなさ、」
「いい。怪我はないな」
「はい…」
また助けられてしまった…本当に役立たずだ、私は。
「なんつー顔してる」
「…いつもお手間ばかりかけて、本当に不甲斐ないです」
「最初からあれ相手にお前が大立ち回りできるなんざ思ってねェ。怪我がねェだけで儲けもんだ。気にするな」
「あとごめんなさい…なんか、立てないです」
「あいつの覇王色に当てられたんだろう。しばらく大人しくしてりゃ元に戻る」
片足で踏ん付けて動きを制していたシーザーを雑に解放し、私をひょいと抱き上げて甲板の隅に座らせた。
扱いに関して一言言ってやる気力すら出ない。
「黒足屋は…」
「サンジくん早くこっちに!」
「サンジ〜〜!」
船の上空でドフラミンゴと戦うサンジさん。
一見優勢に見えるけど…
「“
「うわぁ!」
「サンジくん!」
「、っく、」
空中で大きく体勢を崩したサンジさんを、先生が能力で引き戻す。
ドフラミンゴもどこか遠くの鳥か何かと入れ替えたようで、上空から一旦いなくなった。
甲板に転がるサンジさんの体には、大きく長い傷が5本。
ピアノ線か何かで出来たような傷だ。
「サンジ!」
「いや、大丈夫だ…受ける直前に後ろに飛んだから見た目ほど深くねぇ」
「今のうちに状況の確認をするぞ。工場の破壊はどうなった」
「場所は分かったが想像以上に大仕事になるとフランキーが」
「まだ時間がいるか…」
サンジさんはモモくんの言葉を取りなしながら立ち上がるが、筋肉に力が入る度に血が滲んでいる。
先生は先生で何か考えながら自分の胸から心臓を取り出してシーザーに向かって投げ、男部屋から持ってきたもう一つの心臓を自身に押し沈めた。
「お前らとにかくこいつを連れて今すぐ「ゾウ」を目指せ!名前、ベポのビブルカードは」
「こ、こにありますけど…」
「「ゾウ」!?」
「ルフィさん達はどうするんですか!?」
「ゾウ」に向かうか留まるか、先生と皆さんが小競り合いを始めてしまった。
私としても先生をここに置いていくのは不本意だ。
ルフィさん達が一緒だとしても…
自船の船長を残して自分だけ安全な場所に行くなんてそんなこと諾えるわけがない。
「軍艦が飛んできたァ〜〜!!」
「あっちからはドフラミンゴ〜〜!!」
「残るのは自由だがシーザーは渡すなよ」
先生の言葉に頷けないまま、軍艦から砲弾が、空から隕石が飛んでくる。
ドフラミンゴもまだやる気のようだ。
耐えきれなくなったナミさんが叫んだ。
「トラ男くん“ぐるわらの一味”出航しますっ!」
「早く行け!」
「おいロー!シーザーを遠くへ運ばなきゃならねェのはわかる。先へ行くのは構わねェが!…ドレスローザは作戦への
言葉を呑む先生。
どうやら彼の様子がおかしいと感じていたのは私だけではなかったらしい。
先生は何も答えず隕石を軍艦方向に跳ね返し、飛んできたドフラミンゴの鞭を鬼哭で受けた。
「いいか雲のない場所を探して進め!ドフラミンゴは“イトイトの実”の能力者、雲に糸をかけて空中を移動してる!雲のない場所じゃ追ってこれねェ!」
「糸…!そうだったのか」
「“
船を飛ばす準備が整ったようだ。
先生は捕えたままだったジョーラの首に鬼哭をかける。
「船長命令だ。あいつらと先に行け」
私が何か言いたげだったことに気づいていたらしい。
背を向けたままそう声をかけてくる。
「…それはずるいですよ、そういえば私は言うこと聞くと思ってるでしょう」
「違うのか?」
「……船長命令なら従います。でも!…でもその代わり、…
……必ず、生きて」
帰ってくると約束してください。
私の最後の言葉が彼に届いたかどうか、その言葉の返事も聞けないままに船は雲のない海を目指して大きく飛び立った。