「ギィヤァァ〜〜〜!!」
背後でいきなり、ブルックさんが絶叫する。
反射的に振り返ると、
「待ってこれ…」
「“ビッグ・マム”の海賊船だァ!!」
『え〜〜〜〜っ!!?』
船上はいよいよパニックだ。
歌う船首がついた巨大な海賊船は、こちらに向かって砲撃をしてきた。
間一髪で避けているうちにドレスローザから少しずつ遠ざかっていく。
次第に、ナミさんがこのまま“ビッグ・マム”の船から逃げて先にゾウへ向かおうと切り出した。
冷静で適正な判断、普段の私であれば素直に頷いていただろう。
「…あの、」
「名前…?」
「この船は、先に進むんですよね」
「ええ、そうだけど…」
「なら私だけ引き返します」
足に力を込めて立ち上がる。
皆さんが目を見開く。
既に覚悟を決めた私は笑みすら湛えていた。
「何言ってんの…無理よ、どうやって…」
「泳いででも行きます」
ぐいとスクラブの上着を脱ぎ捨てれば、慌てふためく船上。
「ちょっとちょっと名前さーん!」
「名前さ……」
「サンジ〜〜〜!!鼻血吹いてる場合じゃねえぞ〜〜!!」
「名前やめなさい!落ち着いて!ほら、服」
駆け寄ってきたナミさんに脱ぎ捨てたスクラブを押し付けられるが、もう私はそれどころではない。
一刻も早く先生の元へ。
その一点だけが、
「私言ったわよね、二度と無謀なことしないでって!あの船が見えないの!?闘魚もいるし、そもそも貴女は私よりも弱い!そんな貴女が行ったところで何が出来るの!?」
「盾になれます」
私の迷いのない即答に、ナミさんは面食らったように言葉を失う。
「確かに私は弱い。私はただの看護師ですから、足手纏いになるかもしれない。でも、盾にはなれます。この命がある限り、彼をドフラミンゴの攻撃から身を呈して守ります」
「あんた…自分で何言ってるか分かってるの?」
「ええ。私は麦わらの一味じゃない、ハートの海賊団です。彼を、先生を生かすためなら私達の命など捨て置ける程度のもの」
また、船の近くに砲弾が落ちた。
大きな水柱が上がり、甲板に雨のように海水が降り注ぐ。
ナミさんが私の肩を掴んだ。
「落ち着きなさい!正気になって!それをトラ男が喜ぶとでも思ってる!?」
「そういう問題じゃない!」
腕を振り払う。
ゾウで待つみんなの顔が浮かんでは消えていく。
ベポさんの“2人とも絶対無事で帰ってきてね!”と言うあの言葉に先生が返事をしなかったのは、こうなることを予測に入れていたから。
つまり彼は、最初から死ぬつもりだったんだ。
嫌な予感が、一番最悪な形で的中してしまった。
まさしく乾坤一擲。
勝手に心を緩めていた今朝の自分を殴り飛ばしたい気持ちだ。
「…じゃあどうしたらいいんですか?」
「え?」
「私、どうしたらいいんです?私は彼に命を拾われました。この命は彼の為に使い、彼の傍らで生きていくと決めたんです。今ここで彼を失ったら…もう私この世界で生きていく理由がない!!」
止め処なく溢れる涙を拭いもせずにそう言い放つ私は、殆ど錯乱状態に近かった。
何もできないというもどかしさは、激しい焦燥にみるみるうちに変わっていく。
心が奔馬のように逸り、混乱していく。
なりふり構ってなんかいられなかった。
今の私がやりたいことは、否やるべきことはひとつだけ。
彼の傍に行かせてほしい。
それさえできればなんでもよかった。
どうせ死ぬのなら、彼の傍で、彼のために。
ナミさんはそんな私を見ても動かない。
否、動けないと言った方が正しいだろうか。
下唇を噛み締めて、何かを必死に堪えているように見えた。
「お願い…先生の傍に行かせて……」
感情が極限に達し、とうとう泣き崩れる私の背中を、サンジさんが先の戦闘で大きな裂け目が入ってしまった己のジャケットで包み込む。
「名前さん、そんな悲しい事言わないでくれ」
「だって…全て、事実なの…」
「君が妬けるくらいにローのことを想っているのは充分伝わった。だからこそ、戻ってはならない」
子どもを窘めるかのような物言いに、弾かれたようにかぶりを上げた。
「…何故」
「ローが君をここに置いていったということは、名前さん、君に望んでいることがあるからだ」
「…望んで、いること」
サンジさんは正面から私の肩を強く掴み、片方しか見えないその眼を私のものと合わせる。
言い聞かせるように、強く、強く。
「君に、生きていて欲しいんだ」
「………、」
私に、生きていて欲しい?
出ない言葉で繰り返す。
「ここを逃げ切って、先に仲間と合流して無事でいて欲しい。ローは、そう思ってる。そう思って、君を置いて生きるか死ぬかの戦いに挑みに行った」
その覚悟を君は無駄にするのか?
私の瞳をまっすぐ見据えて、彼はそう問うた。
サンジさんは、先生がドフラミンゴと刺し違える覚悟であることに気付いている。
「大丈夫、君を置いて奴は死んだりなんかしない。もしそんなことがあったらおれが地獄の果てまで追って蹴り飛ばしてやるから」
何でもないことのように笑顔を作るサンジさん。
私の涙はもう止まっていた。
「おいルフィ!」
『なんだ!』
「俺たちは出港する。ローの奴にはくたばりやがったら名前ちゃんは俺たちが貰うと伝えておけ」
『分かった!必ず伝える』
「それと一つ許可をくれ!“ビッグ・マム”の船に反撃する許可を!!」
---