とあるドMは神を喰らう - deer

パパと呼ばれる人は大体金づる

「あー、入るぞ」

来客を知らせるランプに扉を開ければそう言って雨宮隊長が入って来た。何か飲み物を、と思い冷蔵庫を開けてお茶を出せば意外そうな顔で礼を言われた。

「このような格好で申し訳ございません」

包帯を庇いながら風呂を済ませた後だったため、肩にタオルをかけ、タンクトップに短パンを履いているだけのラフな格好で頭を下げる。右足を庇いながら着替えるのに必死でまだ乾かしていない髪から水滴が垂れた。

「いや、それは大丈夫だが、今日も怪我したって聞いてな」

「はい、右足を少々複雑骨折しました」

「少々じゃねえな。まあまだ三日目だからあんま強くは言えねえが、お前さんの戦い方じゃその内ポックリ逝きそうでな」

「死なないように精進いたします」

「なんつーか、お前はどうも腹が読めねえんだが、単刀直入に聞くぞ。お前、死にてえのか」

今日はよく同じことを言われる日だと思いながらその言葉を否定する。だたのドMなんです!と言えたら楽なのかもしれないが、あいにくそんなことを言える口を持っていないので、本音じゃない言葉を吐き出す。

「雨宮隊長との任務は、オウガテイルの針が飛ぶ前に倒せると思った結果です。そして橘副隊長との任務は、敵が多すぎて避けようがありませんでした。本日の任務はオウガテイルの奇襲に対応しきれなかった結果です」

未熟で申し訳ございません、と深々頭を下げる。こればかりは謝ってもどうしようもない気がするのだが、これで雨宮隊長の気が治るのなら幾らでも頭を下げようと思う。

「お前はあれだな、どうにも不器用なんだな」

頭を上げろと言われてそうすれば、べちゃっと濡れた私の頭に手が置かれた。恐らく撫でようとしてくれたのだろうが、悲しきかな、雨宮隊長の手がびしょ濡れになっただけだった。

「...申し訳ございません」

風呂に入る時間は自由だとは思うが、上官の手をびしょ濡れにさせたことに頭を下げる。すると髪くらい乾かせ!女だろ!とタオルを奪われて無理やり髪を拭かれた。一定以上に伸ばすと癖で言うことを聞かなくなるので、短く切っているとはいえ、タオルだけでその水分を吸収するのは難しい。今からドライヤーで乾かそうとしていたのだが、上官に口答えなど出来ないので大人しくされるがままになっていた。

「おいドライヤーどこだ!」

タオルだけでは無理だと悟ったのか、ドライヤーを探し出した雨宮隊長に、洗面所に...と言えば、お、お前こんなところに下着脱ぎっぱなしにするなよ!!と怒られる。いつもは直ぐに洗濯機に入れて洗っているのだが、この足では脱ぐのにやっとだったので放置したままだったことを思い出して、申し訳ございません、とまた頭を下げた。

「お前は第一部隊の隊員で、俺の部下だろ?つまりお前の怪我を心配するのも俺だし、なんかものすごく不機嫌なソーマに蹴られるのも俺なわけだ」

ちなみにサクヤにも怒られたし、姉上にもバインダーで殴られた、あ、姉上は雨宮ツバキ教官なんだがな、コウタはうん、いいやつだな、と続ける雨宮隊長に頭を下げる。あのフードが不機嫌なのは十中八九私のせいだろう。そう思うと少し申し訳ない気持ちになった。

「だからとりあえず話をするか、とこうしてコミュニケーションを図りに来たわけだが、まさかお前の下着があんなに味気ないとは思わなかった」

「極東支部の外部居住区ならまだ色々あるのかもしれませんが、サテライト拠点に回ってくる支給品などあの程度ですので」

「そうか、お前はサテライト拠点出身なのか」

「はい。恥ずかしながらベッドで眠ったこともないような暮らしでした」

おかげで自室のベッドも慣れることが出来ず、ソファーで就寝しているほどだ。

「家族はいるのか?」

「いえ、もうおりません」

「そうか、まあこの時代だからな」

お前さんが生きてるだけでも十分だな、と今度こそ乾いた髪を撫でられる。雨宮隊長の髪の方がサラサラしていそうだなと考えながら大人しく撫でられていた。

「今度の休暇に服を買いに行くのも楽しそうだな。下着だって買ってやるぞ?」

「いえ、雨宮隊長にそのようなことをしていただくわけには」

「なんつーかな、俺にとってお前さんは今娘みたいなもんなんだ。そんで俺はお前さんの父親ってわけだな。だから遠慮なんてしなくていいし、服だって下着だって買ってやる。つっても、そんなに高いのは無理だけどな」

「父親、ですか?」

「ああ。全く、お父さんは怪我ばっかする娘が心配で仕方ねえし、ベージュの下着なんて目も当てられねえ。ついでにその口調に距離を感じて結構傷つく」

反抗期なのか?と笑う雨宮隊長に首を傾げれば、パパって呼んでもいいんだぞ!と腕を広げられた。

「あの、雨宮隊長?」

「それだ!まずはそこから変えろ!上官命令だ!」

「で、ではなんとお呼びすれば...」

上官命令ならばそれに従わないわけにはいかない。だが、急に呼び方を変えろと言われてもどうしていいのか分からなかった。

「パパだな!」

「ぱ、パパ?」

自分の父でさえもそのように呼んだ経験がないため、これでいいのか分からない。そんな気持ちを込めて雨宮隊長、ではなく、パパを見れば、プルプルと震えながら顔を覆っていた。

「パパ、なにか問題がございますか?」

「だ、大丈夫だ...」

攻撃力がちょっとな、と鼻を押さえるパパにティッシュを渡す。くしゃみを耐えているのかと思ったのだが、ティッシュが赤く染まっていくところを見ると急に鼻血が出てしまっただけのようだ。

「あとな、パパにその言葉使いはねえだろ。もっと楽に話せよ」

「ですが、パパは上官ですので」

「上官である前にお前のパパだからな!公私ともに普通にしていいんだぞ!コウタはタメ口なのにパパにあの口調は俺が許さん!」

「私の両親は私が三歳の頃に亡くなり、それからは歳の離れた兄と二人暮らしだったので、父親に対する言葉使いが分からないのです」

「じゃあ友だちでいい。友だちみたいな親子っていうのも悪くねえだろ?」

鼻にティッシュを詰めて話すパパは中々滑稽な姿だったが、友だちみたいな親子になれば私もコウタのようになれるかもしれないと思い頷く。私の唯一の友人は、ああ見えて尊敬出来る男なのだ。

「パパはもうご飯済ませたのか?」

「いや、さっき任務から帰って来てソーマに蹴られて来たからな」

「じゃあ私がなにか作ろう。あまり豪華なものは作れないが」

風呂に手間取って私もまだ夕食を食べていないのだ。食事はしっかり食べることだけは兄に厳しく言われていたので、余程のことがない限り、食事を抜くことは出来ない質なのだ。
松葉杖を使うのが面倒でひょこひょこと左足だけで移動すれば、危ないだろ?と叱られてしまった。すまない、と謝ってもなおそのままキッチンに立てば、心配なのか後ろからパパがついて来た。

「料理出来るのか」

「ああ。兄は大工で物を直すのは得意だったが、家事などは出来なかったからな。家のことは幼い頃から私の仕事だった」

元々大した荷物のない家ではあったが、服以外で持ってきた唯一のものと言っても過言ではない包丁とまな板を取り出す。支給品であるジャイアントコーンを刻み、鍋に入れていく。こっそり回収した素材で作った調味料を入れればもうスープは大丈夫だとして、もう少しお腹に溜まるものを作りたい。兄が死んでから誰かにご飯を食べてもらうのは初めてなので、そわそわした気持ちになった。

「こりゃすげえな」

小麦粉で作った麺を茹でて野菜と一緒に炒めたものに手作りのソースをかけて皿に盛れば、後ろからそんな声が聞こえてきた。いざテーブルに運ぼうとした時、皿を持って歩くのは無理だな、と悟りどうしようと腕を組む。すると、パパが当たり前のように皿を運んでくれたので、ありがとう、と言って軽く頭を下げた。

「うお、これは旨えな」

いただきます、と手を合わせた後一口麺を食べたパパがそう言って笑う。それは良かった、と自分もスープに口をつければとろりとした甘みが喉を伝っていった。

「これならいつでも嫁に行けるな」

エンと結婚するっつうなら、まずは俺を倒してからだけどな、と厳しい顔をしたパパに、予定はないから大丈夫だ、と返す。お互い行き遅れたらコウタとでも結婚するか、と適当なことを言えば、ちょっとコウタ狩ってくる、と言い出したので、冗談だ、と言って腕を掴んで引き止めた。

「パパは結婚しないのか?」

私よりもパパの方が結婚に近いのではないのだろうかとそう尋ねれば、ブッっとスープを零した。ゲホゲホと咳き込むパパにティッシュを渡して、大丈夫かと顔を覗き込めば、もう平気だと息を吐いた。

「そこはパパと結婚するって言うところだろ?」

「年齢としては可能だが、パパならより取り見取りだろう?それに、私のように傷だらけでは貰い手なんていないさ」

「お前が傷だらけだから結婚しないなんて言う男がいれば俺が全力でぶっとばすぞ」

「まあ、恋やら愛やらはよく分からないからな、私の幸せもパパにあげるさ」

「いーや、ダメだ。俺は娘の幸せを貰ってまで幸せになりたいとは思わない。むしろ娘が幸せになることが父親の幸せってもんだ」

そういうものなのか、と顎に手を置いて考える。ほとんど記憶にないあの父もパパと同じように思っていたのだろうか。今となっては知りようもないことであるが、父親という存在がイマイチ分からない私は、それを想像することしか出来なかった。

「それに恋やら愛やらはよく分からないって言ってもエンも年頃の女の子だろ?恋の一つや二つくらいしてきたんじゃねえのか?」

「私も兄も、進んで人と交流する性格ではないからな、友人と言えるのもコウタくらいで、恋とやらを感じたことはないな」

「...パパ毎日来るな」

そう言って、なぜか遠い目をするパパに、そうか。それは楽しみだな、と言えばまた顔を覆ってプルプルと震えたのだった。

ALICE+