とあるドMは神を喰らう - deer

財布より下の袋を握りなさい

第一部隊のリーダーは馬鹿だとしか言いようがない。仲間を守るためには平気で怪我をして、治っていなくても嘘を吐いて戦場に立つ。無茶ばかりしているくせに、仲間が無茶をすると無茶をするなと言ってくる。
俺は何度あいつに救われたのだろうか。始めは死に急いでるクズだと思った。平気で礼を言ってくることに腹が立った。俺を化け物と呼ばないあいつが嫌いだった。
ある時、第一部隊の新型と新人の任務に中型アラガミが複数体突然現れたと連絡が来た。ツバキにより救援に向かわされた俺たちが見たのは血まみれで神機を振るう新型と三体のアラガミに囲まれながら、何とか攻撃を続ける新人だった。
任務が終わった後意識を失った新型はもう目が覚めないかもしれないとまで言われていた。だが、新型は次の日には目を覚まし、食欲まであったらしい。無理やりリンドウに連れて行かれたそこでは食事の準備がされていた。
職員が運ぶそれにおかしな匂いが混じっているのに気づいたのはあいつの元に運ばれた時だった。まさかと思い近づけば、明らかに毒の匂いが混じっていた。リンドウにそれを言えば職員ごと引きずり出してキレていた。食事に毒を盛られる事情をリンドウは知っているらしかった。
サクヤに押し付けられた皿を持ってあいつの病室へ行けば、全治に半年はかかると言われていたその身体を起き上がらせていた。その驚異的な回復力に化け物かと呟けば、怪我が早く治るのは好都合だとぬかした。化け物である自分が他の誰かを化け物だと思う日が来るとは。
それから少しあいつに対する嫌悪感は減ったような気がする。だからコウタの誘いに乗ってあいつの部屋に行った。あいつが作ったのは見たこともない飯だったが、今までで一番上手い飯だった。

「...何であいつは」

人間に近いアラガミだという化け物とあいつが遊ぶのを見て腹が立った。頬の怪我にアラガミの手が当たった時、自分の中の何かが切れた。自分を認めてくれて、大切だと言ってくれるエンを傷つけられたような気がしてあの部屋を無理やり連れ出した。
それなのに、あのアラガミと遊んで楽しかったと言って部屋を出て行ってしまった。俺がどんな気持ちでいるかも知らないで。あいつを守りたいと思うのに、今はとても遠い場所に行ってしまったような、そんな空虚感に苛まれていた。

「ご飯までには戻る」

そう言って出て行ってから随分時間が経った。あいつがこの部屋で過ごすようになってからは規則正しくなった生活のせいで、腹の様子で大体の時間が分かるようになった。いつもならキッチンからいい匂いがする頃だが、まだあいつは帰って来ていなかった。
チッ、小さく舌打ちをして部屋を出る。帰って来なかったらどうすればいいのか。そんな不安から、真っ直ぐに榊の研究室へ向かった。

「おい、あいつはいるのか」

「やあ、ソーマじゃないか。君もあのアラガミと仲良くなる気になったのかい?」

「ふざけてんじゃねえぞ」

「おお怖い。エン君ならあの扉の中さ」

遅いと文句を言うために口を開いたが、その扉の先の光景でそれが口から出ることはなかった。後ろからついて来た榊が面白そうな声を上げたのが気に入らなかった。

「二人とも眠ってしまったようだね」

眠ったアラガミに毛布をかけてから眠ってしまったのだろう。エンには何もかかっていなかった。このままでは身体を冷やすかもしれないと連れて帰ろうとしたが、アラガミと手をつないでいて離れなかった。仕方ないので上着を脱いでかけてやれば、榊が気色悪い顔で笑った。

「噂には聞いていたが、あのソーマがそんなに惚れ込んでいるとはねえ」

「黙れ」

自分のエンに対する気持ちが何なのかはいまいち分からなかった。胃袋を掴まれていることだけは確かだと思う。決して嫌いではないが、愛という感情が分からない以上、この感情に名前をつけようがないのだ。

「君の想い人は随分無茶をするようだ」

聞いてもいない話を始める榊のそれを聞き流しながらエンの寝顔を見つめる。普段表情がない分、少しだけあどけなくなる寝顔を見るのは好きだった。

「その顔の怪我はアリサ君を庇って作ったようだよ」

「...この馬鹿が」

「人のためなら自分は傷ついてもいい。あまり長生きしないタイプのようだね」

「違う、仲間のためだ」

「ソーマにそこまで言わせるとは、益々興味深い」

「てめぇ、こいつのこと玩具にする気ならぶっ殺すぞ」

クソ親父に続いてこいつもエンを弄ぶつもりならばどんな手段を使ってでもここから連れ出してやる。そんな決意を込めて睨みつければ、熱いねえとおどけたように榊が笑った。

「そんなんじゃないさ。私はフェアじゃない研究は嫌いでね。エン君に対してヨハンのしていることには一切関与してないよ」

「こいつが何をされてるか知ってるのか」

「大体はね。その理由も、その先のことも知っているけれど、今の君にはあまりお勧め出来ない話だ」

それでも聞く覚悟が君にあるのかな?さっきまでとは違う、真剣な目をした榊に当然だと頷く。守ると決めた以上、どんな話であろうと受け入れる覚悟はあった。

ALICE+