とあるドMは神を喰らう - deer

人魚だって声を失う

「まずはソーマがどこまで知っているのか教えてもらおうかな」

眠っているエンを起こしてしまわないように部屋を出た先のいつもの研究室で榊が切り出した。偏食因子により異常な回復力を持つことをクソ親父の実験に利用されている。俺が知っているあいつのことはそれくらいだった。

「エスポワール・エール実験。これがエン君に関する実験の名前だよ。ヨハンは私をロマンチストだと言うけど、ヨハンこそロマンチストだと思わないかい?」

「希望とは笑わせるな」

「おや、知っているのなら話は早い。エールというのは翼、という意味もあるが、この場合彼女の名前から取っているようだね」

「名前だと?」

「ああ、見た目からして極東出身とは言いにくいだろう?彼女の父親はフラム・エールというフランス支部のゴッドイーターだった人物だ」

日口・エール・エン、それが彼女の本当の名前さ。幼い頃に両親を亡くしたと聞いたが、まさかゴッドイーターだったとは思わなかった。つまりあいつは、噂程度にしか聞いたことがないゴッドイーターチルドレンという存在になるのだろう。

「まあ色々と凄い人でね、規律違反で神機を剥奪されてからはパッタリと姿を消していたんだけど、まさか極東のサテライト拠点にいたとはね」

「あいつの父親と知り合いなのか?」

「一度だけ会ったことがあるけど、まだ小型の神機だったのに凄まじく強い人だったよ。あの人を失ったフランス支部は大打撃を受けたようだね。ちなみに、彼女の母親は極東のゴッドイーターでね。大きな怪我をして退役は早かったけど、気の強い綺麗な人だった」

「だから偏食因子が普通じゃねえのか」

「そうさ。産まれながらに偏食因子を持った、いわゆるゴッドイーターチルドレンと呼ばれる存在だからね。研究テーマとしては非常に興味深いよ」

「てめぇの興味なんざどうでもいい、それであいつは何をしようとしている」

「簡単に言うと、対アラガミ装甲壁に自動修復機能をつけようとしているんだ」

あいつの回復力を応用出来れば、たとえ装甲壁を壊されても自動で修復出来るようになるらしい。そうなれば、防衛班の負担がかなり減るはずだ。確かに合理的な話ではあるが、そのためにエンを傷つけることを容認するわけにはいかなかった。

「だが、これには大きな欠点があってね」

もったいぶるように大きく息を吐く榊に続きを促す。出来れば言いたくなかったんだけど。ようやく口を開いた榊から出た言葉は鈍器のように俺の頭を殴りつけてくるものだった。

「異常なまでの回復力には副作用があるんだ。彼女はそれを使う度に、その命を削っている。だから彼女の偏食因子を応用したところで修復回数には限度があるんだ」

あいつは今まで何度大怪我をしたのだろうか。その度に異常な速さで怪我を治してきたのか。それで今もなお命を削り続けているというのか。

「ヨハンもそれに気づいているよ。だからこの計画にはまだ続きがあるんだ」

「続きだと?」

「ああ。エン君から採取した偏食因子を他人に投与するテストは何度か行われたけど、適合は不可能と言っていいほど難しくてね。それならばその偏食因子を初めから体内に持つ人間を作ればいいという話になったようだ」

「おい、まさか」

「遠くない内に彼女は退役して子どもを作る道具にされるかもしれないね」

「ふざけるな!!!」

ただでさえあいつの命を削り続けているというのに、あいつから全てを奪う気なのか。そんなことで人類を守るなんざとんだ戯言だ。何があってもその計画をぶっ壊す。そう言って壁を殴りつける。

「私も賛成だね。君たちのリーダーはアラガミとの共生を実現させる鍵になるかもしれない」

「てめぇもあいつを傷つけるようなことをすれば容赦しねぞ」

「その点は約束しよう。私は彼女に危害を加えたりしないさ。だが、彼女にはあまり時間がない。君はそれでも彼女を守るのかい?」

「当然だ」

「そうか。それなら私はソーマの恋を応援しようじゃないか」

そう言ってまた気色悪い笑みを浮かべる榊に顔を顰める。ヨハンと喧嘩なんていつぶりだろうね。どこか楽しんでいるような態度が気に入らないが、このおっさんは腐っても優秀な科学者だ。敵に回したくはない。

「君の愛する女性が大切にしている存在ともちろん仲良くしてくれるよね?」

半ば脅しのようなその言葉に弱みを作ったことを後悔しかけたが、あいつのためだと、溜息を無理やり飲み込んだのだった。

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