とあるドMは神を喰らう - deer

眠っていればいつかカメレオンにもなれるかもしれない

アーク計画が失敗という形で終結し、極東支部には以前と同じように殺伐とした日常が戻った。第一部隊も例外ではなく、日々進化を続ける新種の討伐を中心に忙しく任務に繰り出していたが、そこには不死鳥の名を持つ隊長の姿はなかった。

「ソーマ今日も行くの?」

「ああ」

第一部隊の隊長、日口エンはアーク計画で大きすぎる傷を負った。幾多の怪我に加え、体内のオラクル細胞を強制的に操作されていた影響で集中治療室での治療を余儀なくされた。
何度も投与された薬に蝕まれた身体を治癒するには長い時間が必要で、その命を削らない方法で治療をするために一ヶ月もの間眠りについている。ペイラー・榊曰く、もう目覚めてもおかしくないらしいが、翼を持つ不死鳥は長い眠りについたままだった。
多くの管に繋がれた状態のため、面会謝絶ということになっているが、第一部隊の面々だけは病室に行くことを許可されていた。

「入るぞ」

いつもと同じように声をかけて扉を開ける。それに返事が来ることはないが、いただきますやおはようなど、挨拶が好きなやつなので、眠っている間もそういうことは口に出すようにしていた。
あの事件の後倒れたこいつの腕は注射の跡で青黒くなっていた。今でこそ元の色に戻っているが、それを目にした瞬間、そこはかとない怒りを覚えたが、その怒りを向けるべき対象はもうこの世にいなかった。
むしろ責められるべきなのは、その息子である自分ではないかとすら思った。元々、死神だと化け物だと言われていたが、エンにそれを言われた日には絶望に押し潰されてしまうだろう。
起きろよ。そう言って一回り細くなってしまった手を握る。アリサやサクヤのように身体を拭いてやったり、筋肉が固まってしまわないように身体を動かしてやったりは出来ないため、自分に出来ることはこうして温もりを分けることくらいしかなかった。

「...腹減った」

長いことこいつの飯を食べてない。胃袋掴んでおいて途中で投げ出すなんざ許さねえぞ。返事がないのをいいことにに好きなように話しかける。いつもだったら、可愛いことを言うなと面白がられてしまうだろう。
そんなことをしている内に随分時間が過ぎてしまった。また来ると言って部屋に戻ろうと立ち上がる。そ、ま?機械音の中に混じった掠れた声が聞こえたのは俺が扉に手をかけた時だった。

「エン?」

傍に寄ってその手を握れば微かに指が動いた。おはよう。少し震えてしまったが、そっと伸ばした手の先には僅かに開かれた瞳があった。まだ上手く話せないのか、口を動かしてはいるが、その声が耳に届くことはなかった。

「遅えよ...」

ずっと待っていた瞬間に喉の奥が苦しくなる。もう二度と目を覚まさないかもしれない。そんなことを想像しては、その先にある絶望に怯えていたのだ。
すまないと動いた口に全くだ馬鹿と言って髪を撫でる。自分にとってこいつがどれほど大切なのかを思い知らされたような気がしたが、生まれて初めて愛しいと想っている存在が大切でないわけがないのだ。

「早く良くなれよ。今度はタコヤキをするつってコウタが材料集めてるからな」

じゃねえとお前抜きでタコヤキするからな。タコヤキが何なのかは知らないが、タコを焼くのだとコウタが言っていた。そもそもタコをどうやって手に入れるのかというところから始まるが、任せろと言っていたので、きっとどうにかなるのだろう。

「医者を呼んでくるから少し待ってろ」

目覚めたのならちゃんと医者に診てもらうべきだ。少しでも早く良くなってもらわないと、いつまでもこいつの飯を食うことができないのだから。
そう言い残して立ち上がる。医者にそれを知らせた後、アリサたちにも教えれば、涙を浮かべたアリサがエンに飛びかかり、あいつの呻き声が聞こえてきたことは言うまでもない。

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