墓場 - deer

アドバンテージの消滅

「俺は左京に負けない」

碓氷によく言われる言葉だ。俺だって負けてやるつもりはねえ。どれだけの時間、この想いを拗らせていると思ってる。
十数年分の想いで負けているとは一つも思っていなかった。

「碓氷!監督さんに迷惑だろうが!」

「別に、好きだから一緒にいたかっただけ」

監督さんの声がして部屋を訪ねると、無理矢理部屋理入ろうとする碓氷がいたので引き剥がす。

「ありがとうございます左京さん」

「構わねえ。またなんかあったら大声出せよ」

直ぐに駆けつける。そう言葉を残して碓氷を引き摺る。こいつは何度締め上げればストーカーを辞めるのだろうか。

「お前いい加減にしろよ」

リビングに場所を移して話す。珍しく誰もいないせいか耳が痛くなる程静かだった。

「俺は監督が好きなだけ。悪いことはしてない」

「ただの押し付けじゃねえか。それで監督さんが喜んだことがあったのか?」

「それでも好きだから好きだって伝えないといけない。あんたこそ、監督が好きなのに言わないならこのまま俺がもらう」

「青臭いガキが何言ってんだ」

図星を突かれた。俺とこいつの違いはそこなのだろう。気持ちを伝える勇気を俺は欠片も持っていない。

「俺だって大人になる。監督よりは歳下かもしれないけど、あんたが持ってるものなんて、その内俺も持てる。そうなったらあんたは勝手に負ける」

「何年後の話だ」

「あんただってそんなに先の話じゃないって分かってるはず。今の俺はあんたに敵わないかもしれない。直ぐに監督が選んでくれるのは難しい。でも、そんなの時間が解決する」

「......仮にそうだったとして、監督さんがお前を選ぶ可能性がどこにある」

こいつが言う時間はほんの数年だけだ。その頃の俺は今よりおっさんで、同じ土俵に立てば勝てる見込みは低くなる。
積み上げてきた時間や今持っている力に託けて、何もしてこなかったのは俺なのだろうと思い知らされた。

「分からない。でも俺はずっと監督のことが好きな気持ちを大きくし続ける。目に見えるように、監督に好きを伝え続ける」

「お前みたいなやつに好かれて監督さんも大変だな」

「あんたには言われたくない。ろくに気持ちも伝えずに、見えないことしかしてないあんたに俺は負けない」

「ガキが一丁前に吠えやがって」

「伝えない気持ちに意味なんてない」

「意味のない気持ちなんか一つもねえだろ」

伝えなければ意味がないとは言ってくれる。俺は今までの気持ちも、これからの気持ちも意味がないとは思わない。ただ、伝えないと何も始まらないだけだ。

「あんたがそれでいいならいいけど、少なくとも監督は言われないと何も分からないと思う。そういうところも可愛いけど、俺はそういうあんたが気に食わない」

「お前も歳を取れば分かる話だ。ほら、もう行け。明日も朝は早い」

「俺は変わらない。あんたみたいにはなりたくない」

真っ直ぐ向けられた言葉が消える頃リビングには静寂だけが残った。時の流れの速さから、残酷さから逃げるなと痛みを助長する。
今という幸福が終わる瞬間が決して遠くないことを突きつけられる。

「俺の幸せは…」

その先の言葉は誰にも届くことなく、空気の中へと消えるばかりだった。

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