墓場 - deer

うそえいとおーおー

「フェルディナンド様、そろそろ休憩してくださいませ」

愛らしい音に耳が惹かれる。集中している内に随分と時間が過ぎてしまったらしい。この声が駆り出されるのはそういうときばかりだった。

「今は手が離せない。もうしばらくかかるだろう」

山のようにある研究課題と向き合うには時間が足りない。望みのままに過ごす時間は少し先になりそうだ。

「もう!そう言っていつも休憩しないではありませんか。こうなったら勝手にさせてもらいます!」

私のために怒る姿は殊更愛らしい。そう言葉にすると逃げられてしまうので口には出さなかった。

「はい、口を空けてくださいな。フェルディナンド様がお好きなクッキーですよ」

言われるままに口を開く。柔らかな指先に運ばれたクッキーは普段より美味しく感じられた。偶にはこういう時間も悪くはないだろう。

「私はいいが、他の人間に同じことをしないように」

「雛鳥のように餌付けされながら言っても説得力がありませんよ?それより、次はこちらを飲んでください。わたくしが作ったのです」

「生憎両手が塞がっている。どうしてもと言うなら君が飲ませてくれ」

調合の途中で手が離せないことにする。私のために作った飲み物だ。手づから飲みたいと思う。
了承の返事が届いてすぐ、冷たいものを押し付けられる。何だこれは。抵抗を許されないまま視線を向けると、してやったと言うように満面の笑みを浮かべた小悪魔がそこにいた。

「……何を飲ませた」

「うふふん、何とびっくり、ウソエイトオーオーです!」

誇らしげに胸を張る姿は愛らしい。よく聞き取れなかったウソ、何とかはおそらくろくなものではないのであろう。
想像せずとも理解できてしまう自分に虚しさを覚えた。

「とてつもなく怪しいが……ふむ、即効性の毒ではないようだ」

そう口にした途端血を吐いた。一体どうなっている。先ほどまでは確かに毒ではなかったはずだ。

「馬鹿!早くやはり毒だったと言ってください!」

真っ青な顔で飛びついてくる。私の発言がこれを毒にしたとでも言うのだろうか。考えたいことは沢山あった。
この泣き顔には弱い。自分が毒に侵されるより涙を払うのが先だと言われた通りに口を動かす。

「いいですか?フェルディナンド様は今から嘘しか吐いてはいけません。万が一でも本当のことは言ってはいけません。分かりましたか?」

「分かった」

「分かってなくても分かったと言えたのなら大正解です」

嘘しか吐いてはいけないとはおかしなことを言う。毒ではないと言えば毒になり、毒だと言えば毒でなくなることから考えると、言った言葉が全て逆の結果をもたらすということだろうか。
どこでこれを入手したのかきっちり話をする必要がありそうだ。思わず口角が上がる。私が怒っていることを即座に察したのだろう。見る見る内に小さくなった。

「お、お説教は後にしてとりあえず嘘を吐いてみたらどうですか?」

「いや、今叱るべきだろう」

「そうですよ!」

「君は本当頭がいい。私を楽しませる天才だな」

「うぅ……もっと楽しんでくださいませ……折角用意したのですから」

さもありなん。どうせ夜には説教をするのだ。この状況を存分に試す方が効率がいい。

「君は私から離れる」

「へぶっ」

美しくない声をあげて私にへばりつく。なるほど、使い方によっては実に楽しめそうだ。

「君は私にクッキーを食べさせない」

「この近距離で!?気に入ったのですか?あーんが気に入ったのですか!?」

少々煩いのも可愛いものだろう。しっかりと懲らしめなければならない。

「君は私の好きなところを言わない」

「フェルディナンドは見目が麗しく、わたくしを守ってくれる強さもあり……ってろくでもない嘘ばかり吐かないでください!もっと使い方ありますから!!」

「余裕のない君は可愛くないな」

「さっきからわたしのことばかりじゃないですか!」

「君には全く興味がないからな」

「狙ってますね!絶対狙ってますね!そう簡単には照れませんからね!」

折角の機会だというのに、少しばかり耐性がついてしまったらしい。それは勿体無い。私の傍で頬を染める姿をできればずっと見ていたいのだ。

「私は君の全てが愛おしくない。君と永遠に同じ刻を歩まない。君と共にいない」

「わたしが悪かったです……もうやめてください……恥ずかしすぎて死んでしまいます」

「いいだろう。私から離れるといい」

「うぅ……絶対楽しんでる……」

腕の中の女神が唸る。この感情に底はない。愛おしいと思う度、深く沈んで二度と戻れはしないと悟る。
恐れることは何もない。感じるまま愛に溺れて行けばいい。酷く心地良い世界の中は、私の空気が満ちていた。

「ローゼマイン。私はこの世界の誰よりも君を愛していない」

少し不思議な道具がもたらした時間が終わる。心ゆくまで楽しんだ末、女神は指の先まで赤かった。

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