墓場 - deer

チャイムが鳴らせないなら叫べばいい(現パロ)

「フェルディナンドお兄ちゃーん!遊びに来たよ!」

チャイムが鳴らせないなら叫べばいい。得意げな顔を見たのは一昨日のことだった。あのとき見つけた天使が隣の部屋に住んでいたと知ったときは思わず笑ってしまった。
前世の行いが良かったのだろう。この奇跡にそう理由づけた。そうですねと笑う頬を摘んだのは記憶に新しい。

「わーい!ココア!フェルディナンド様が作ってくれたんですか?」

「待て、飲む前に手洗いとうがいをしなさい」

「家から来ただけですよ?」

ぶぅ。頬を膨らませる姿は愛らしい。それでも前世を知る分なおさら過保護になるのは仕方がない。この小さな身体で風邪を引かれた日には学校を休んででも看病をする自信があった。

「ばっちいからダメだ。君の虚弱さを忘れたとは言わせない」

「はぁい」

譲らないことを理解したのだろう。大人しく手を洗いに行く。幸いなことに私の家族もマインのことを気に入っている。出会う前には無かった踏み台が家のあちらこちらに設置されていた。

「それで、今日は何の用だ?」

「フェルディナンド様に会いたかっただけですよ?」

「……君の笑顔は本当に心臓に悪いな」

「これからも一緒なんですから慣れてください」

「そうだな、これからも一緒だったな」

一々喜んでいてはキリがない。全ての瞬間を脳裏に焼き付けたいと願う。カメラの購入を検討しなくてはいけない。

「うふふふん、今日は母さんがお友だちとお出かけするので、長くいられますよ」

共に過ごす時間はあの頃とさして変わらない。私の本をマインが読み漁り、私は高校の課題をしながら世話を焼く。
現在3歳のマインは長い時間起きていられない。どんなに本に夢中でもどこかで眠ってしまう。この部屋には昼寝専用のタオルケットが増えていた。

「君の母親も随分と私を信用しているな」

「自分で外堀埋めた人が何言ってるんですか。おかげでマインはフェルディナンド君が初恋なのねって揶揄われて大変なんですから」

「ほう。良いことを聞いた。叶えてやるからフェルディナンドお兄ちゃんと結婚すると言いふらしなさい。虫除けに丁度いい」

「言わせたいだけじゃないですか!大体わたし3歳ですよ?虫除けも何もそんな相手いませんよ」

「言われたいに決まっているだろう。君は自分の可愛さを自覚した方がいいのではないか?」

「少しはオブラートに包んでください!」

「そんなもの君に出会った瞬間に捨てた」

もう大切にすることを隠す必要はない。私の大事なものを取り上げる人間などどこにもいないのだ。

「うぅ……フェルディナンド様が壊れた」

「君に会えて浮かれきっているだけだ。気にしなくていい。それよりこちらに来なさい。折角の髪型が崩れている」

大人しく足の間に収まる頭を撫でる。子ども特有の丸みはいつまで見られるのだろうか。あの頃よりも成長は早いだろう。出来る限りの時間を共に過ごせることを願わずにはいられなかった。

「今日はハーフアップがいいです。お揃いにしましょう?」

「仰せのままに」

いつかまた会えると信じて見つけてもらいやすいように髪型を変えずにいた私は、同級生に比べて髪が長い。
自分のことは自分ですることは初めてで、髪を結うのも興味深かった。普段から結んできたおかげだろう。マインの髪を結べるようになるのは早かった。

「このままじゃフェルディナンド様がいないと生きていけませんね」

「そうか、君を甘やかし続けることで確実に君が手に入るのか」

「怖いこと言わないでください!そんなことしなくてもわたしはフェルディナンド様のものでしょう?」

「ああ。誰にも譲る気はない」

世界中の可愛いを詰め込んだような笑顔に心臓が軋む。自分は私のものだと笑顔で言ってのけるのだ。どれだけ私の心を奪っていけば気が済むのだろうか。
この感情は三割も伝わっていないのだろう。どれだけ君のことが恋しいか、どれだけ君を愛しているか。未来はまだ長い。これからの時間で分らせていけばいい。

「今日は何の本ですか?」

「君が好きそうな本を借りてきた」

「テレビで話題のやつですね!この恋愛小説の貸出記録にフェルディナンド様の名前があると思うと愛をかんじますね」

「そんなに取り上げられたいのか?」

「嘘です嘘です!きゃー!返して!」

どんなに手を伸ばしても私の手には届かない。必死に取り返そうとするマインは見ていて全く飽きそうにない。

「うぅ、フェルディナンド様の意地悪!けちんぼ!いけず!」

「そんなことを言うのはこの口か?」

「ひゅひはへんへひは」

柔らかな頬を片手で押し潰す。タコ口になったマインの顔は面白い。

「大変結構。面白かったら教えてくれ。私も読んでみよう」

本を手にした瞳が輝く。私が本に勝てる日は来るのだろうか。本に夢中な彼女も可愛い。今は負けておくのも悪くない。
そんなことを考えながら、同じ時間を過ごし、力尽きたマインと共に同じ夢へと旅立つのだった。

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