墓場 - deer

Nobody knows

いづみが好きだ。ずっと好きだった。俺を光の中へ連れ出してくれた小さな手が誰より好きだった。

「左京さーん!」

おかえりなさい。仕事帰りのいづみは来るものがある。喉の奥から飛び出しそうな可愛いを無理やり押し込む。

「ああ。ただいま。監督さんは買い物か?」

「そうなんです。なんと、今日の夕飯はカレーですよ!」

「いつもじゃねえか。ったく、荷物持つから寄越せ」

「カレーの材料持ってくれるヤクザなんて貴重ですよねえ。そう考えると、左京さんがいる毎日が特別な気がします!」

特別、と言う言葉に柄にもなくときめいた。特別。好きな女に言われることがこんなにも嬉しいとは知らなかった。
まだまだ知らない感情がある。当たり前のようにそれを教えてくれるいづみを、改めて好きだと感じた。

「ばーか。そんなのこれからも一緒にいるんだから、当たり前にしちまえばいいだろ」

「あー、左京さんがキザなこと言ってる」

「大人をからかってんじゃねえよ」

「私だって大人ですよー!左京の1人や2人チョチョイのチョイなんですから!」

よく分かってると思う。例え俺が何人いようと、出会った瞬間からいづみを好きになる。どんなに足掻いても、その未来だけは変えられない。

「バカなこと言ってないで帰るぞ」

「あー!置いていかないでくださいよ!」

いづみを置いて歩き出す。後ろから必死に駆けてくる姿は、昔と全く変わらない。

「......俺はずっと好きなままなんだろうな」

「え?何ですか?」

追いついてきた間抜けな顔も愛おしい。肝心なところが伝わらないのも俺たちらしくて悪くない。

「バーカ。お前は知らなくていいんだよ」

「バカって言いましたね!バカって言った方がバカなんですから!」

ほら、こんなにも愛くるしい。怒って、笑って、いつだって忙しいその表情に込み上げてくる想いを隠せない。

「あ!笑いましたね!もー!」

「はいはい。甘いものでも買ってやるから、機嫌なおしてくれ」

「仕方ないですね!お高いアイスでお願いします」

「はいはい」

こいつがいるだけで、いつもの帰り道すら幸せになる。きっと一生届かないだろう。それでも、いづみが知らないままで十分だ。
誰も知らないこの幸せを噛み締めるのは俺だけでよかった。

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