楽園地獄
ゴン「はぁ……いったいどこまで続いてるんだろう」
独りで彷徨うそこは、未知の世界。
ピンク、黄、水色、緑の水彩絵の具で塗られたような上空と、海原、花畑が無限に続いている。それも、少しも乱れぬ同風景の状態で。
とうに見飽きた美しき花。しかし、箸休めに見る景色など何処にあるというのだろう。目のやり場など決まって見飽きた景色である。
そんな中、ふと仰ぎ見ると何かが急降下で落ちてくる。普遍的世界を破る変化だ。半日にして、変化が起こる。
目を凝らして、それを見つめると人の影を見た。それも見覚えのある服に髪色……
「キルア………?!」
ゴンはやにわに走り出した。両足を全力で動かしていると、思ったより近いところに落下していることが分かった。
全身の勢いを左足一つで停め、受け止める姿勢に入った。地面の土煙と共に草花が、西へと泳ぐ。
(これじゃどっちにも凄まじい衝撃がくる……!)
「キルア!!!」
「ゴン?!」
キルアはゴンの呼び声に意識を向けた。
落下するキルアはもう無理だ、と顔を見合わせた。
だが、ゴンは叫んだ。
ゴン(もう、これしかない!!)
「キルア!硬だー!!!」
キルアは落下寸前で、咄嗟に身を跼め、硬の態勢に入った。当然、一縷の望みといえよう。
真下に立つ友が、そこから動くまいと畏怖しながらも立ち向かっている。
キルア(くそっ、こんな距離。人の両腕で緩和出来るもんじゃない!)
2人の意思は対極的にあった。
降下する中、硬を徹したキルアの視線の先からは、ある事が感じられた。
下に待つ少年がいついかなる時も、運命を共にする覚悟だと……。
飛行機雲のような白煙を描きながらミサイルのごとく飛ぶキルアを見たゴンは緊張感と恐怖じりじりと膨らませ、足元は深く凹んでいた。
そして、僅か数メートルに差し掛かった時、風圧でよろめき状に地面が更に減り込み、
ついに、2人は衝突した。
衝撃で土煙が上がり2人は土煙に巻かれる。やがて風に払拭され2人の姿が煙の中から浮かび上がる。
「キルア……!!大丈夫!?」
ゴンの両腕はしっかりと少年を受け止めていた。
だが腕の中にいる少年は、目をつぶったまま動かなかった。人形のようにぶらりと座らぬ頭部。そしてかつて人を殺してきただろう凶器の道具とした両腕。
彼の意志なき幼さ残る童子の手が、偽りない重量感を与え、恍惚としていた神経を後押しした。思い知るのだ、現実だという確信を。
直視出来ぬ。動揺は童子の身体を揺さぶっていた。懸命に揺さぶれば揺さぶるほど、手汗がそれらに付着した。
ゴンはキルアをおぶさって、どこまでも虹の燃ゆる世界を歩いた。
夢とも現実ともつかぬ世界、どこまでも自由でありながら、そこらくに窮屈であるパラドックス。
街というものは見る限りない。ほぼ平面の地形、身体を360度回転させた先には彩色の草丘、川しかない。
あれから随分と立つが、キルアは一向に目を覚まさない。
ゴンは緩降する丘にキルアを横たわらせ、その側で倒れこんだ。
すると、少年の指がピクリと痙攣し、キルアは目を覚ました。
「……、…ん………」
ゴンは、歓喜のあまり飛び上がった。
ゴン「キルア!!!無事で良かった!!」
少年は白蛇のような腕を伸ばし、手を閉じたり開いたりしてみせる。
キルア「あれ。俺ら……無傷なのか?」
ああ、動いてる!
いつもと変わらぬ表情、人形には成せぬ動作を確認するとゴンはすっかり安堵した。
キルア「何見てんだよ、きもち悪い」
少年は乱れた髪を指で摘んで、捻ったり、伸ばしたりし始める。
この環境が齎した事はまず、陶酔と解放感、孤独、それからなんだったろう。
幾つもあった情動の中、何よりも感じたものがあるとすれば
それはきっと犇めく不安の中に、落っことされた“罵言という安心感“だった。
ゴン「よく考えたら、腑に落ちないんだよね。キルアと同じように落ちたんだとしたらオレ、死んじゃってるはずだし……って、そんなことより、キルアも時計を開けちゃったんだね……」
キルア「開けたっつうか……落として勝手に開いて吸い込まれて気付いたら落下してた」
ゴン「実はオレ、あれからオームさんの家に行ってフタを開けるようにお願いしたんだ。そしたら、キルアも知っての通り時計の中に吸い込まれて、それから1日中歩き回っているんだ」
キルア「そんなこったろうと思って時計屋のおっさん家忍び込んでこのザマなんだけどね」
ゴン「お互い合流出来たのは良いけど外に出る方法、本人しか分からなかったら……」
積んだも同然だ。とキルアは暗鬱な面持ちで俯いた。
2人の間に、大きな溜息が立ち込める。
キルアは、真っ青に染まっていく少年の顔を見て驚いた。
いつだってメゲる様子の無かった彼が恰も絶望の淵に立たされたかのように、重々しい表情をしている。
この空間は、一刻も早く抜け出さなければならない。
さもなくば、精神を悉く喰われるだろう……。
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