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赤い水平線の上を横切る一隻が見える。波は透き通っており、音も無く静かに揺らいでいた。
随分と擦り切れたレンガ調の波止場、いくつも並ぶ無骨な杭と杭の間に座る二人。東へ伸びる影は大きな杭のようにも見える。

やがて夕陽は消えた。沈む瞬間に緑の閃光を放って、それから僅かに水平線の奥を照らしているが、冷たい寒色の光だった。
それが消えると、入れ替わるように側に設置されていた一本のガス灯が、パチリと周囲を照らした。

「____っ」

奇異な呼吸音に思わずニルを見た。
様子が異変している。息を零すように吐いては、それを拾い集めるように二、三回に分けて吸い、またゆっくりと吐いた。
胸に手を当て、摩っているも悪化してゆきやがて過呼吸になった。

ヒソカ(過換気性症候群か……)

さっき __ 彼女の側に訪れる前。まだこの海が赤く染まっていた頃に、聴こえてきた音があった。耳を澄ませば叫びとも見分けつかぬ呻き声。
その正体はおそらく、これだった。
それも、聴こえたような気がした程度で、幻聴と疑うものだった。

こうして再び発作症状が覚醒した原因は素人には分からぬ領域だったが、話しを聞くあたりニルが“極度の不安症“だったのには間違えない。
吹き出しっぱなしの蛇口、いや
まるで、夜泣きした赤子のようだ __。
だが、赤子とは話が違う。精神は別として肉体的には。

「……、ヒソカ、悪いけど、いなくなって……」

ヒソカ「本気なのかい?」

__ 見苦しいでしょう
__ 不快でしょう
__ 私もそう思うのよ
__ だからいなくなって

彼女は情け無い姿で、途切れ途切れにであるが確かにそう言った。
“いなくなって“と__
自身の姿を惨めで、哀れだと思っていて、羞恥からそう言ってるのだとすぐにとれた。それを分かっていながら、どこかで淋しさを覚えた自分がいた。こんなことが、いつかの日にもあった気がする。

気持ち悪い、どっか行け

軽蔑、差別、偏見、白眼視
その中のどれが当てはまるかと言えば、どれもが当てはまった。
しかし彼女がボクの存在を拒否して用いる時、どれも当てはまらない。
同じ言葉でもどうしてこうも柔らかいんだろう。
いずれにしても、ボクはそういった扱いを受けて、心痛めたことはなかった。
この星の大半の人間が、その傾向にあるのにいちいち傷つくだなんて、丁寧な応対はしてられない。
しかしキミは__ キミだけはボクを純粋に人として接してくれる。
なのに、キミはキミに対して純粋に接していない。
相手を傷付けない為に、自分を蔑ろにしているのだ。自分を苛めるくせに、相手を傷つけられないのは、おそらく自分と違って抵抗するからではないか。
そんなキミではいずれにしろ、蜘蛛は不向きだったに違いない ___
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