第1話・・・〈素敵な衣装〉




大きな肖像画には王が描かれていた。その横には、犬と赤の・・・おそらく愛玩物がおまけとして描かれている。その愛玩物は権威を持っていることの象徴で、金や馬に等しい価値があった。
あるいは『赤』はそれ以上の存在だったかもしれない。

この世界における『赤』は人を慕ったり、敬ったりすることは一切ないくせに、地位にはこだわりもせずバカにされても御構い無し。それに突然曲芸をしだす。
『赤』のような一風変わった生き物を包めて天やどこかの『贈り者』と呼んで、一家一台が所用するといったブームが“富裕層の間”では流行っている。

贈り物の中でも『赤』というのは特別だ。
どういったところがといえば五体満足で、特に欠陥が無い。それに何より雄弁だった。
王が困った時、占い師も顔負けな助言をする。実際その助言によって、隣接4カ国の四天王のトップに君臨した。
けれど、欠陥の無い『それ』など、本来ならあり得ない。
だから外見的には問題はないが・・・言動や動きには現れていたから、やはり『赤』は紛れもなく贈り者だった。

人々を災いから護る為の____




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『王〜』

レッド・カーペットが伸びた大階段で赤はひょいと、手すりを滑ってやってくる。

『こら、お前!王に気安く話しかけるな!』

『良いではないか。好きにさせなさい』

『王さまは誰かと違って優しいもんね〜』

貧民は王を刺す、という珍事があるとするなら正しくこの光景を意味したろう。
王は『赤』を特別視している。と言うのも、王が一番恐怖したのは、他国との戦争でも貧民のデモ行進でもなく『得体のしれない悪魔』だった。
勿論、知る限りの世界では皆がそれを怖れている。
つまり『赤』の存在理由とは自身を脅かす『死』から遠ざける厄除けであったのだ。


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『赤』は珍しげな頭髪の色から名付けられた。正しくは名前ではなく、色の違いを指す〈記号〉と同じ扱いを受けているにすぎない。
しかし呼んでも反応がないので本人にはあまり意味のない記号だ。

『赤』はその年頃の子供のような仕草をする。
毎日、紙とクレヨンを机に置いて、絵を描く。
どれも画力がぶっ飛んだもので、常人には理解しがたい。

「ハート」「ダイヤ」
「スペード」「クローバー」

一度書き始めると、憑依(ひょうい)されたなのように紙と向かい合う。
差し出された昼食はとうに冷め、オヤツの“お”の字にも全く関心がない。
ただひたすらペンを擦らせ、ガリガリとしきりに響く。小窓一つの、薄暗い個室に・・・

見る者に悪寒を与えるが、箱にごった返すリンゴから適当に掴みとられてここにやって来るまでは、一人の人間だったらしい。

もっとも、贈り者という概念が存在しなければ実際『赤』は1人の少年だった。

だが『赤』は自分が『それ』であろうが『少年』であろうがどうでも良かった。
“相手が自分を区別している”それだけのことなのだ。
それに孤独には耐性があって、一人ぼっちでも現場にはとても満足している。
なんせ『赤』は皆が驚愕するほど一人遊びの達人で、1日はもっぱら暇潰しに専業する。
そんな中で人を驚かす産物を生み出し、芸ばかり身につくのは時間の問題だった。

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『好き、嫌い」


「好き」


ぽとりぽとり、
やがて花弁が一枚だけ残って
それならこうだ、と投げ捨てた。
運命を拒むのなら
目を瞑り、見なければいい・・・。

花の冠をふんわりとしたブロンドロングヘアに施す少女は、『王の娘』であり、今は城庭の花畑に囲まれている『姫』だ。
花畑はあまりにも広い。少女一人を見つけるには苦労しないが、ものを落としてしまったら2度と戻らないかもしれない。

・・・ごめんなさい、お花さん。
けれど無数にある内の一本ぐらいなら、誰も哀しまないし、きっと風に吹かれたと思うでしょう。そう、泣いたって誰も気づかないのよ。
・・・ああ、この花の色は嫌いだわ。私は明るい色が好きなのに・・・。

花畑の中で浮き出て見えたのは『暗い赤のブラック・ダリア』。
一体誰が種を蒔いたのだろう。一つだけポツンと咲いている。妖しく光沢して、不気味なダリアを少女は根元から引き抜くと、花弁に触れもせず自分の遠くへ放り投げた。本当はもっと遠くに投げたいけれど、これ以上触っていられない。そのまま犇めく花海の藻屑となった。

その夜。人知れずにブラック・ダリアは、萎れていた。あっというまに、まるでそれは・・・見向きもせず立っている周りの花を、恨めしそうに見ているように突っ伏しているのだった。

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『キミの髪はどうしてそんなに長いの?どうしてそんなにクルクルなの?』『どうしてそんなにひらひらしたものを着ているの?』

一人の『赤』がそう言った。

『あなたはなんで髪にこだわるの?』『キライよ。こっちにこないで』

独りの“少女”がそう言った。

『そうだ。キミはキミのじゃなくて、“姫”だった。そうだった、そうだった』

『そうよ、“赤”。謹んで呼びなさい』


ほぼ同じ身長の『赤』と12歳の“姫”は出会えばこんな会話をする。
姫は露骨に赤を嫌っており、赤は執拗に姫に話しかける。
多分、赤の数少ない“関心”のふたを開ければ少女がいた。

『お遊戯会でもあるの?』

『あら・・・また忘れたのね』

実は今日、ダンスホールで誕生日パーティーが開かれる。蝋燭の火はきっと13本だ。
姫はこれでもいつもよりかは幾分優しい。それにとっても機嫌よく、妙に背伸びしている。
ブロンドヘアにはカーリングがかかり、ブルーのドレスと蝋を垂らしたみたいな真っ赤なリップ。花の冠はつけたままだった。

『今日は私の誕生日よ』

『そうなんだ。それはいいね』

赤にも年齢というものがあった。毎年1回、バラバラなタイミングでそれとなく欲しいものを聞かれる。あれば頼み、それを貰ったりする。しかし、赤は特別な日に本当にちょっとしたクレヨンをチョイスするような変わり者。いつでも言えば買えるものを、買い足して欲しいと頼むのだ。

実は赤と姫は誕生日が7日だけしか違わなかった。そのことは、初めて出会った1度目の誕生日に教えていたが、1度も誰からもハッピーバースデーと聞いたことはない。
なんせ教え方が普通じゃない。赤は一言、
『キミとはラッキーな距離』と言っただけ。
そんな伝え方ゆえに姫の理解にはまだ遠く・・・寝て覚めた次の日には2人ともすっかり忘れていただろう。

蝋燭の火は拭き消され、少女はまた一つ姫に近付いた。そう思った姫の仕草や言葉はまったく少女らしかった。
ダンスホールのテーブルやら何やらは、掃除機に吸い込まれたみたいに、綺麗さっぱりに片付けられていた。

7日後の前日。赤がプレゼントにねだったのは『お化粧セットと奇抜な生地』だった。
次の日は小窓を鏡代わりにして一日中紙やペンに見向きもせず、今度は自分の顔に落書きをすると、生地を使ってまた一芸を増やした。
赤の誕生日、なんとも不思議な【異形な格好】が誕生したのだった。

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