第2話〈happy birthday〉




イエロー。レッド。ピンク。ブルー。グリーン。
なんて愉快で賑やかだろう。統一感のない蛍光色が静かな空気を切って、城を歩き回っている。それはもう、一度見てしまうと目に焼き付いて離れない抽象絵画のようである。
ならば彼は、絵からやってきた架空の者だろうか。
『きゃあ!誰・・・?!』姫
姫は手にしていた“何か”をすかさず背後腰にまわす。
不法侵入してきた輩かと思ったが、どうやら違うらしい。
この身長に、この声、そして髪の色。そもそもこんな発想をするのはどう考えても・・・・・・『赤』以外にいない。
『やあ、グッドモーニング。いかしてる?』
『イかれてるわ』
『えーーーー?参考にしたのに〜〜』
『・・・何を?』
『姫〜〜』
先日の誕生日会のことを言っているのだろうか、何にしても少女には真似られることも、まして酷い顔でそう主張されるのは不愉快であった。
『どこが似てるっていうの!?私はそんなにホワイトフェイスじゃないし、リップは唇からはみ出てない!それにドレスはシルクのライトブルーだったわ・・・!』
私がこんな風に見えるという赤はやっぱり可笑しい。可笑しいに決まってる・・・姫はそう思った。
『それなあに?』
『きゃあ!』
いつ目の前を通り越し、いつ真後ろにいたのか。首を傾げて立っていた。
『め、メッセージカードよ・・・』
『ふぅーん』
『・・・興味ないのね』姫
『だって文字の書いてある紙でしょ?』赤
そう言って何事もなくその場を後にしてゆく赤の背姿は、これまでにない程“異様”に見えた。
『んっんっん♪』
キレのいい鼻歌が遠ざかる。リズムの含んだ足取りでルンルンと歩いている。それはまるで『別の生き物』であることを改めて知らされたるような光景だった・・・。

煌々とする陽射しが2階テラスに舞い降りる。
“dear ・・・”そう書かれたメッセージカードを、えいと空高く投げた。
うまく風に乗れず、ひらりくらりと不器用に飛んでゆきすぐに失墜する・・・それは行方知れずの花海へ・・・。
季節は春。ああ、花踊り、そして散る。
ようやく咲かせて息つく間もなく・・・
それは美しくも、儚い生命の舞なのね。
1度目の四季が来たからといって何か新しい幕が開けるわけでもない、ただ戦いの末、長きに渡り氷に閉じ込められた女王が目覚めたみたいに、みんなの頭が“賑やか”になる。
王と王妃の喧嘩は絶えず、人通りが減ったと思えば兵士が何人か失踪したという。
いつぞやの春も同じようなことがあった気がする。
去年と何か違うといえば年中頭のおかしい者が化粧をしたり、奇抜な衣装を着だした。ということぐらいだろうか。
けれど彼という彼そのものは、この先も変わらないのだろう・・・。姫、失意。

赤の城内冒険は続いていた。
今日はなんだか外に出たい気分。
偶には日差しに当たるのも悪くない。
時折は熱くて痛いけど、我慢するのも悪くない。
穴倉からひょいと現れた、月のような色形をした黄色い靴で『ずん・ちゃ・ずん・ちゃ』それは城内を散歩する。
首元には花弁みたいな真っ赤な襟。やっぱり赤には『赤』が似合う。けれど一番は、赤より何より黄色かもしれない。それは美しく、赤を彩る中でずっと小さいのに、ずっと目立って見える・・・

『んっんっん♪』そのスピードは亀より少し早くウサギより少し遅く。城を歩いて過ごすには丁度良さそうだった。
赤は1人遊びが得意だ。今も
“日差しを踏んではいけないゲーム”をしながら、ひょいと日影に踏みこんだ。
『重いよどいてくれー』時折、影の気持ちになる。
敢えて通路をぐるぐる回り、お目当が来ないので進路を変えてあるところへ行けば・・・
『わぁっ!!!』
『う、うわぁっ!!なんだ!?』門番
『あっはっはっはー驚いたー』走って逃げる。
しょうもない悪戯をして満足げな赤は、まるで普通の子供のようである。
『・・・ふふふ』
・・・ああ、人の驚く顔はどうしてこうも面白いんだろう!・・・
真っ赤な口角をむにゅっと上げた。
怖そうな人も優しそうな人も、みんな同じように『わぁっ!』と驚く。
城内のあちらこちらで叫びが聞こえ、それは夜まで続き・・・
やがて赤は珍しくへとりとして、メイクもへとりとなっていた。
兵士はパニック。犯人は誰だ。明々白々、あいつに決まっている!

その頃ぐっすり寝ていた赤の顔はメイクのまま。朝になると、それはもう崩れたケーキのように酷い状態だった。
『ようし、今日もレッツラゴー』と、通りかかるものを待ち伏せ、挨拶代わりの叫び。
しかし・・・・・だあれも驚いてくれなくなった。
ただ一言『仕事の邪魔をするんじゃない』と叱られ、再び城の隅に追いやられ。けれども、赤は気づいてしまったのだ。つまらないことに。

・・・ああ、最高(に退屈)な一人遊びに。

赤は徘徊した。だれも驚かなくなっても、お気に入りの奇抜なファッションで。
明日も明後日も同じ顔で。だれも見てくれなくたって、いつもと何か違うから。
誰かを見ても、見返してくれなかったそんな世界が、見違えるほど彩られてゆく、鮮やかに。
今までなかったろう、庭園の花畑が見える。大きな青空に、ふわふわの白い雲。

ボクは赤。
花には興味ない。
だって、ボクは赤だから。

ボクは赤。
空には興味ない。
だって、空だから。

ボクは赤・・・
ボクは花になりたい。
空を見て陽の光を浴びたい。
みんなで踊ろう
みんなで歌おう


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無数の花弁は地上から降った雪雨のよう。広げた両手から沸き上り魔法遣いのよう。とても気持ちいい。少年は真後ろに、ばたんと倒れこんだ。

赤は変なやつである。
喜ばないし悲しまない。痛みを覚えた時だけ怯えるが、罵倒されても傷つかないし、綺麗なものに興味がない。目の前のことに猛進したら、戻ってはこない。まるで犬みたいな赤。
どうして肖像画で一緒に映ってたか、分かるかい?
なんだっていいさ。赤は気にしないから。
誰もが赤を変な奴、そう思っていた。

『・・・?』

背中に硬いものが当たる。
それは二つ折りのメッセージカードだった。すぐに赤はそれを持って、少女の元へ向かった。

“コンコン”二階の窓を叩く音。
『やあ』
『赤?!ちょっと、どこから・・・』
少女は窓を開け、室内に入れてやる。
片手には自分が投げ捨てたろう白いカードを持っていた。
『それ・・・』
『?キミのだろ?』
文字の書いた紙をと言っていたにも関わらず、何も知らない赤は手渡す。
『中読んでないの?』
『だってキミのだから』
『・・・やっぱり変ね。あなた』
『うん、じゃ』
『ちょっと待って。これあげるわ・・・』
『・・・・?』
赤の両耳にキラリと光る。
『月のイヤリングよ。あなたのイメージではないけど。』
『へぇ。ありがとう、バイバイ』


“dear・・・

red happy birthday”

言葉に出来ない思いは、存在しなかったと同じ____。
来年はかならず____。





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happy birthday 完






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