第3話〈4月1日〉




『なに・・・・?』
『だから、開けてってば。外に出たいんだ』

門衛は呆然とした。
それからは呼びかけに取り合わず、聞かないふりを徹していた。

この日、赤はしたいことがあった。
朝起きると早化粧、早着替えして城内をうろつこうとせず、やって来たのは男の前。

だが男に会いに来たのではない。
どちらかといえばその手前の門に用があるが、門の管理役を通さないといけないらしい。
その管理役というのが・・・・不本意にも無骨なこの男というわけだ。

2人は黒の鉄格子を挟んで、会話していた。
赤はその鉄格子をどけてとせがんだ。
しかし頭から爪先までの鋼鉄武装は動じずに、頭の天辺から垂れるふさぁっとしたレッド・ポニーテールですら少しも揺れはしない。
どうやらその隔てをなくす気はないらしかった。

『王の承諾があればいいんだね?』
『そう言ったよ』

赤は確認するやいなや、城内を目指す。
城に入ってすぐのとてつもなく幅広の大階段を3段登って2歩下がった。
通りかかった兵が、その奇妙な動きを横目に見ていた。

一体あんな階段の中央に突っ立って何をしているのか。踊りでもしだすのか?・・・と思いきや、その場に座り込んだ。
次に頭を抱えると、そのまましばらく俯いているではないか・・・

後・挿絵
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今朝の王は、気が立っていた。
朝食を作るコックが寝坊をして、執事が『ここはオレがなんとかしておく』と無謀な時間稼ぎを始めた。
その際に出されたジョークが王の記憶に新しく、とうとう王妃が癇癪を起こす。王は我を保つよう自身に言い聞かせ耳を塞ぎ、目を瞑った。
頭の中では全滅していたかもわからぬ。
今頃はきっと、疲れきってやっとの思いで過ごしていることだろう。
王は普段、いつなにが起こってもいいように偶像のごとく、勤しんでいる。
けれど今日聞き受けられるのは、緊急要件だけだ。

・・・・と、通りかかった兵の会話を小耳に挟むと、赤は飛び上がって王室へと進んでいった。


そして王に言う。

『王、ぼくは王に沢山の恩がある。死神が来るまでの間、芸やジョークをしているけれどそれだけでは悪いから、街に出て活気付けにパフォーマンスしようと思って。皆んなが楽しめる恩返しができたら素敵だと思うんだ』
赤はにっこりと微笑んだ。

『ほう!それは感心だ。』
王は表情を変えて賛同した。

『しかし・・・・』王、悩む。
『どうしたの?』
『お前1人ではウチのものだと身バレしてすぐに拐われてしまうだろう。そうだな、誰か信頼のおけるモノを連れて行ってはどうかね?』

そして金の鎖帷子(くさりかたびら)を身につけた近衛兵(このえへい)に、城内の誰かを同行するようにと命じた。


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王の一族は赤色が好きだった。
城の紋章である薔薇も、赤が好きだという理由から城に施されている。
門、天井、壁、噴水、旗、それは人の肌・・・。至る所に見かける。
『赤』を気に入ってるのも、やはりそんな理由があった。

このヨーロビアン大陸の平和とは、2カ国の間で勃発した長い王位争奪戦争の末に至った平和だった。
娯楽が定着するまでにはおよそ50年、奴隷以下の扱いであった赤のようなモノがこうして宮廷に雇われるまでにはもう50年の時が掛かった。

薔薇の紋章で知られたリッチモンド城の王はアウトグランド国の王にして、赤の主である。
名はシーランドと言った。
シーランドには4人の子供がおり、うち2人は他の王族へと籍を入れ去っていった。
そして残るは、ミザリーと王の後継ぎ、グラーシスだった。
もっとも、グラーシスの方は後継ぎに乗り気ではない様子だった。

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近衛兵が、廊下を悶々と歩く。

『私が信頼できるのは、直属のフロントという恰幅のいい男です。三角定規のような堅物ですが、私より人情味がある』と、近衛兵。

やがて、たどり着いた先に一人のよろいをまとった兵士がいた。
近衛兵が言っていた事が見事にハマる男だった。
そして王に命じられた事をこれこれこうでと説明した。

『まかせろ!行くぞ坊主!』と、兵士が二つ返事をした。

フロントは、まず近衛兵にも赤にも分け隔てない態度をとりながら、決して自身の実力を掲げて見下そうとはせず、常に背後を歩いた。

二人が門の前にたどり着くと、一歩前に出たフロント。

『門を開けてくれ』
『はっ!!』
その一言で、先程までのしれっとした門衛が態度を変えた。
開けゴマなんかより、よっぽどフロントが魔法に見える。赤はにっこりと微笑んだ。
その時
『ねえ!!どこ行くの?』
・・・・ブロンドヘアの少女・・・姫。
好奇心から駆け寄ってくると、なんだか楽しそうにソワソワしていた。

『まさか姫様、外に出ると申すつもりですか?いけません、王より強く命じられております』門衛

『そんな!私も行きたいわ!』

空気は暫く沈黙していた。
そして、フロントの一言が沈黙を破ったかのように思えたが・・・
『ならば連れて行きましょう!!』
2人、呆然。1人、喜声。
『それは無茶ですぞ・・・フロント殿!』
『ラウレス(近衛兵)直属の腕をなめるな。王子を鍛錬したのもこのオレだぞ!』
門衛はその恰幅に圧倒され、はいと言う他ない。
『もしバレて城中の兵が寝返っても、オレが命をかけてお前を守ってやる』

それを聞いた姫には理解に至らず。
しかしフロントは、本当に人情味があるようだった。姫と門衛、そして赤も、それを感じた。

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