第05話〈雲の向こう〉



昨夜は長いように思えた。
かつて、たった一度の夜明けが恐ろしく長く感じることがあっただろうか。
時間の経過が恐ろしく遅く感じているのは、あの担任の授業以来だな。
担任いわく“人間は、悔悛することにより正しさを学ぶ”らしい。
その話口調ときたら、やたらと自信に満ちていた。
まったく面白くなかった。
説得力が誰も知らぬモノを指しながら、そうだと言うのだ。
まるで雨夜の月のことを語っているようである。
想像するだけの月の色形はとても綺麗だが
現実はどうだろう。
雲が退き。
やがて見える月は、銀の満月だったろうか?
見えるまでは嘘偽りなく、銀の満月だろう。
そう信じ、思わされ、あたかも実在するかのように教えられたのだから。
月は丸いから月であるのだと。
丸くない月は月ではないのだと。
教えられたのだから。
「嘘偽りも、見えなければ真実なのかな」
誰かが想像した世界の全ては真実なのか、それとも誰も確かめようもないから真実ではないのか。
答えのでない事を殺人犯に聞いた。
「かもしれないな」
男は思い当たったかのように返す。

やがて曇り始めた空。
ある意味では既に雲は退き始めている。
真実が正しく、今。
そう、暴かれるようにも。
垣間見えるようにも。
露顕していくようにも。
見えようとする目前。
やはり見えない。
なぜならここはとっくに雲の向こう側の“現実”だったからだ。

「トイレ行きたい」
「ああ、ついでにめかしてこい」
男は言ってゼロ四つの紙を手渡した。
店内に入り振り返れば
男は車内からこちらを見ている。
口元で折り曲げた人差し指を咥えながら。
少女は乱れた姿で立った。
レジの人間は異様さに気付いていた。
しかし、気付いただけであった。
袋を無造作に取った。
ここで立ち止まってはいられない。
何か妙なことを起こせば
“あの時”のように
清々しくも思える華麗な犯罪を目の当たりにしてしまうのではないか。
あの光景を思い浮かべるとゾッとする。
しかし、ナイフを持つ彼からはゾッとさせるものが何もなかった。
私は、直ちにトイレへと駆け込んだ。
用を済ませると、鏡の前に立つ。
思った通り、乱れている。
化粧は殆ど落ちて、やはり幼く見えた。
だから男は、化粧をして怪しまれないように誤魔化せと言ったのだ。
自動水栓でバシャバシャと洗顔すると、意識が少し帰ってきたようだ。
ブラシで髪を解いた。何度も引っかかって鬱陶しい。
ブラシを見やれば、髪がごわごわと絡まっている。
少女はそれを足元のゴミ箱に放り投げた。
次に袋から取り出した化粧品のパッケージを破り開けて
塗り込んだり、乗せてたり、引いたりした。
綺麗かどうかは別として、いくらか変わって見えた。

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