60エーカーの試練




ーーーーーこのハンプトン・コートには幾つも庭があるが、『迷いの庭』だけは入ることを禁じられていた。
一度入ったらいつ出れるか分からないと、王が言うのだ。
ある日、退屈な日々を送っていた道化師はカエルの後に続いた。
そびえる草壁の間を通り、足を踏み入れた。気付けばそこは迷いの庭だったのだ。
道化師にしてみれば、その庭は己に対抗と抵抗を与える勇気の迷路と言えたのだった。そして道化は果敢に走る。ーーーーー


道化は窮屈な草壁の間を伝って、そぞろに歩き始めた。
気づかぬ内に、出口を失っており、右も左も分からない。
だが兎に角歩かねば。
そうだ、カエルの後を歩くのだ。
しかしこいつの行く先は本当に正しいのか?
恐ろしくなり、後ろを振り返る。
今ならまだ戻れるだろう。
道化はさっき歩いていたろう道を戻ったが
、そびえる草壁が視界を阻む。
道化はその場で頭を抱えて、しゃがみこんだ。
どこにいるかもわからぬ、暗闇に放り込まれた気分だ。
暫く立つと、声が聞こえた。
『坊や、こっちだ。こっちにおいで』
声のする方に向かって歩く。
『そっちではない、こっちさ』
歩けば歩くほど遠ざかって感じた。
しかし、道化は言われるがままに歩く。
一体自分は進み、どこにいるのか。
何に向かって歩いているのか。
『出口はどこ?』
『この先さ』
少年は指示に従い
右へ行ったら左へ行き、
右へ右へ右へと行ったら
左へ左へ左へと行く。
するとそこに、賢い鳥が姿現し。
『さあ、こっちだ』

『“キミ”だったんだね。あの声は』

姿の見えなかった声の主は、賢い鳥だった。
賢い鳥は優雅に旋回し、出口の方へと導いた。
道化は賢い鳥の行く方へ歩いた。すると、途中で白骨遺体を見つける。窮屈な幅の通路であったため、それを踏み行かねばならなかった。道化は恐ろしくなり、きた道を引き返そうとした。
『どうもこっちは出口ではない気がする。僕はきた道を戻るよ』

『お前の行く先は地獄である
行ってはならん
行ってはならん
お前の行く先は地獄である』

賢い鳥は忠告した。
けれど少年は耳を塞いで逆走する。
戻っていると、誰かが落としただろう靴、上着、帽子、地図、色々な物が、足跡のように落ちている。
道化はその中から地図を拾って道を探した。
驚くことに、出口とは全く違うところにいたのだ。
それどころか、この先には血の海があると書いてある。

『お前、ぼくをまよわせて殺す気だったな?』

道化が言うと、鳥は血相を変えた。
『私の言うことが信じられないというのか!!この能無しめが!』
『能無しはどっちだ!あの太陽を見ろ!太陽は嘘をつかない!出口はあっちさ!』
『口答えをしおって、お前の目をえぐり潰してやる!ここで死のうと誰も知りはしないだろう!』
そこに、ネズミが数匹やってくる。
『ぼうや、こっちへついてくるのよ、さあ!』
『なに、ネズミどもめ!お前たちは私のしもべだったはず、裏切りおったな!』
道化は襲いかかろうとする鳥に、石を投げて一矢報いる。
鳥は眼から血を流していた。
ネズミと道化は、そのうちにと走る。
『人に従っていて生きていても仕方がない!』
道化は手にしていた地図を棄てた。
右に行き、左に行き。
やがて、阻む草壁のネズミ一匹分の出入り口を見て、道化は絶望する。
『さぁ、坊や!ぐずぐずしないで!』
『無理だよ、ボクは通れない。君たちだけでも行くんだ』
『信じなさい、信じて壁を突き破るのよ!』
道化はその言葉に、ええい!と身を投げた。
草壁を突き抜けると、なんと。
そこは、思っていたよりも辺鄙な世界のようであったが、見たこともないほど美しい自然がどこまでも拡がっていたのだ。
道化は一度だけ背後を振り返った。
指揮棒と縄の檻の中にいたことを知り、もう二度と戻るまいと、自由の中へ還るのだった。




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