泡沫の夢は少女の涙に
私には小さな夢があった…それは"ヒーローになりたい"というもう一つの夢ほどに輝いていなくて、ほんとうに、夢というには小さすぎる…ほんとうに小さな夢であり、小さな願いだった…。
だけどそんな小さなことを大きな声で周りに言えるわけもなくて…それはヒーローになるという夢の"ついで"に叶えられたらいいな、くらいの気持ちで誰にも言わずにずっと持っていた…。
心のどこかでその夢は叶えられないと、分かっていた。
それでも、抱いてしまったものは簡単には捨てられなかった…。
だから、雄英の体育祭でその小さな夢を成就させられなかったら…私はその夢を自分の中から消し去ろうと決めた…。
体育祭が終わったと起こされて、目を開けるも真っ暗だ…目を瞑っていても問題ないくらいに…でも疲労と"個性"の使いすぎで眠気がすごい…見えなくても目蓋に力は入れておこう…一応多少は動けるのだからと、表彰式にはせっかくだから出たい。
私のそういう性格を知ってるからリカバリーガールは私を起こしたんだろう…今度何かお礼に持って行こう…何も見えないのでセメントス先生が会場まで運んでくれて、表彰台に座らせてもらった…申し訳ない…まだ歩ける体力は戻ってないんだ…。
かっこわるいなぁ…とぼーっとしてるんだけど…なんか隣が煩い、ガヂャガヂャと鎖の音と呻き声が……え、何?なんか猛獣でも繋がれてんの?どういう状況なのか誰か説明してほしいんだけど…ちょっと眠気飛んだよ?何も見えないけど。
隣が気になっていると私の前に人の気配が近付いてきた。
「怒木少女おめでとう!君は女子で一番目立ったぞ!」
「あはは、ありがとうございます…あの、隣どうなってるんですか…」
「ああ、爆豪少年が暴れているから繋がれているんだよ」
「どういう状況ですかそれ…」
「色々あったのだよ!それより君は今回随分派手に戦っていたね、君は目立つのはあまり好きなタイプじゃないだろう?何かあったのかい?」
「…秘密です」
「そうか、だが問題はなさそうだね!お疲れ様!」
多分メダルだろうけど何かを首に下げられ、ぎゅっと抱きつかれてぽんぽんと背中を叩かれた…大きいなぁ…それに安心する、あたたかい…この人がオールマイト、平和の象徴か…。
オールマイトが離れたので手触りだけでメダルを確認したら結構でかい…しばらくしたらようやく爆豪くんの声が聞こえた…なんかすごい怒ってる…何があったんだろう決勝戦…。
「さァ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!さらに先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの」
「Plus Ultra」と皆が言うと思ったらオールマイトは「おつかれさまでした!!」と言ってあまり締まらなくて笑ってしまった。
そのあと皆が教室に向かう中、私は保健室に運ばれて再び寝かされた…消太くんが後で迎えに来るらしいのでそれまで休むことにした…。
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HRを終わらせ、保健室に入ると
リカバリーガールが出迎えて日詠の様子を教えて貰った…運ばれてすぐにまた眠ちまったらしい、当たり前だ…トーナメントで普段見せないような無茶な戦い方を繰り返していたんだから。
すやすやと傷だらけの身体で眠っている姿は2週間前を思い出させ、思わず眉を寄せた。
ばあさんにしばらく頼みますと伝えたら呼び止められ、そのまま座らされる…日詠が無茶した理由を知っているらしい…静かにその言葉に耳を傾けた。
話が終わって目を見開いてしまった…初めてあいつが隠していた本心を少し知れたような気がした…。
「日詠が、そんな事を…」
「昔からそういった事は言わなかったから驚いたよ…今回の無茶は叱るに叱れないね」
「…そうですね…」
眠っている日詠を見る…抱えていた夢が叶うという望みはあまりにも薄すぎて、それを知れば壊れてしまうのではないかと思ってしまうぐらいだ…。
俺はクラス連中のプロからの指名等をまとめる作業があるから帰れない…、しかたがないのでしばらく目を覚まさないであろう日詠もその日は学校に泊まらせたその翌日。
仕事を一旦切り上げて保健室に入る…流石にばあさんは休日なのでいないが、昨日からそこに眠らせていた日詠の様子を見に来るとうっすらと目を開けている日詠が横になりながらぼーっとしている。
「起きてんのか…?」
「………いちおう……おはよー…?」
「もう昼だ」
「……そっかー……」
「寝ぼけてんのか」
「うあー……ねむぅいー……」
「起きてんなら飯食ってから寝ろ…昨日からなんも腹に入れてないだろ…何か食いたいもんあるか…?」
「んー………しょーたくんのおむらいす……」
「……帰ったらな……」
体を起こそうとしない日詠に苦笑してベッドに座って頭を撫でてやったら嬉しそうに笑って擦り寄ってきた…こういうとこは猫みてぇだなといつも思う…。
「…包帯、とれたんだ…」
「元々大げさすぎなんだあれは…お前こそ目はどうなんだ」
「視界がピンボケしてる感じ…」
「回復はしてんだな」
「うん」
頭を撫でていた手を取って頬に摺り寄せてきたり人の手をいじって遊ぶのは、もうこいつの小さい頃からの癖だから好きにさせておいた…まだ眠そうだが頭が覚醒してんなら今のうちに話しておくべきだろう…。
「日詠…」
「うん?」
「…ばあさんからお前が無茶した理由を聞いた…」
「…そう…」
「俺からも警察に話して、今朝連絡が来た」
「…うん…」
「……お前の血縁はいないと判断されたとのことだ…」
「……そっか……」
そう言って俺の手を離して自分の腕で目元を隠した。
「……本当はね、分かってたの……」
「………」
「でも、まだ決まったわけじゃないって……諦めきれなくて…っ」
「………」
「テレビに映れば、私を知ってるって人…くらいは…いるかなって…」
「…そうだな…」
「いないの……わかって、たのに…なぁ……」
声が震えている日詠を抱き起こして思わず抱き締めた…小さい頃にも出さなかった大きな声をあげて泣きじゃくって俺にしがみついてきた。
「"
敵"の子」という仮説があったがそれはあまりにも現実味が無い…
敵であればコイツの"個性"は何としても手放さない筈だ……色々まだ不明な点はいくつかあるが、少なくとも日詠を知る人物は居ないとの事だった…。
"ヒーロー"という存在と同じように、ずっと"親子"という存在に憧れていたんだろう…当たり前だ、まだ幼い時に記憶を失って…わけもわからず
敵に襲われたと思ったら知らん奴に引き取られそのままだ…学校にも行かせてたからそりゃ自然と友達の家族の話題など聞く機会もあっただろう…話せない事は大体上手い事はぐらかす、そういう話術はいつの間にかこいつは覚えていた…。
コミュニケーション能力がやたら高いのは、きっとそういった寂しさを紛らわせる為に覚えたんだろう…何かしらの繋がりを求めた結果、誰とでも仲良くなれる術を手に入れたが、それは唯一抱いた自分の為の欲を駆り立てる事になったと考えていい。
わかっていたと言っても、周りへの
憧憬は捨てられなかったんだろう…まだ15の子どもなんだ、それくらい持っててもおかしくないんだがな……。
泣き止む気配の無い日詠と名付けた子どもを見た…誰よりも優しすぎる、自分より他人を重んじるその自己犠牲精神はヒーローとして立派なものだが、自分の気持ちさえ殺して生きるのはどう考えても合理的じゃない。
ただでさえ自分に無関心な部分があるんだ、少しくらい欲を出したところで誰も嫌ったり等しないだろうに…体育祭でばっさりと切り落とした少し軽くなってしまった髪を撫でた。
今ぐらい正直に自分を出してしまえば良いと言えないのは日詠の"個性"が邪魔をしてくるからだ…ここまで厄介な"個性"は他に無いんじゃないか…感情を持たなければ"無個性"も同然、だからと言って激情に駆られれば一気にその感情に飲み込まれて危険なものになる…常にセーブをしなければいけないというのは子どもにとってどれほどの重荷になることか…。
いつの間にか泣き疲れて寝息を立てていた日詠をベッドに戻してやる…。
あれだけ泣いても"個性"が発動しないのはまだこいつが"悲しみ"等の感情がどういった形にできるか想像できていないだけか、そういった感情だけでも攻撃性のある暴走をしないようにしたいだけなのかは分からないが…この優しい子どもができるだけ長く幸福だと思える時間があることを願った。
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