心は晴れぬまま過ぎ行く
期末試験翌日──…。
昨日レーベさんに言われた事が頭から離れず、疲れていた筈なのになかなか眠れなかった…好き…恋愛感情…顔が熱くなってくるし心臓がやけに煩い。
─────…。
「…日詠ちゃんエンデヴァーさんの息子さんの事好きでしょ?」
「はい……?」
「あ、あの人息子さんってあと二人くらいいたっけ?轟焦凍くんだよ」
「あ、いや…それは…わかります、はい…いや、あの…は?」
「あっはっは!すごいうろたえてる…!!」
「冗談ですか、殴らせろください」
「あはは、ごめんごめん、でも冗談じゃないよ…君ずっとあいつの事見てるでしょ」
「…何の話ですか…」
「無意識かぁ…いや、体育祭とか授業の君の戦いのVとか見させて貰ってたんだけど、あいつが近くにいると殆ど目線がそっちに向かってるんだよね…よく見てみないと分からないけど」
「は…?」
「実際、傍にいて嫌な気分にはならないでしょ?」
「それは、まぁ…」
「ついでに言うとチーム決めの時少し顔が辛そうになったからあの八百万って子に嫉妬したんじゃないかな?」
─────…。
そんな会話を帰りにされた…。
そのあと焦凍くんからは殆ど逃げるように距離を取ってずっと梅雨ちゃんや透ちゃんの近くで頭の中を整理していた…レーベさんが変な事を言うから、百ちゃんとも話し辛かった…。
違う、そんなんじゃない、友達として好きだけど、そういうんじゃなくて…ずっと頭の中がぐるぐるしていて考えがまとまらない…教室に着いた時からずっと項垂れている。
「日詠ちゃんはずっと轟ちゃんの事好きなんだと思ってたわ」
「梅雨ちゃんここ教室なんだけど…やめて、そんな話しないで…」
「大丈夫よ、轟ちゃんとは席が離れてるもの…大きな声で話さない限りは聞こえないわ」
「あぁ…そう……」
ちらりと焦凍くんの方を見ると確かに何かをするでもなく席に座っている…教室も結構騒がしいので会話は聞こえないだろう、そう思ってたら突然こっちを見た焦凍くんと目が合ってすぐに目を逸らしてしまった…顔が熱い…変だ私、心臓が煩くて皆に聞こえてしまわないか心配になってくる。
唸っていたらカァン!と音を立てて扉を開けて消太くんが教室内に入ってくる…予鈴鳴ったの気付かなかった…。
「おはよう、今回の期末テストだが…残念ながら赤点が出た、したがって…林間合宿は全員行きます」
「「「「どんでんがえしだあ!」」」」
「筆記の方はゼロ、実技で切島・上鳴・芦戸・砂藤あと瀬呂が赤点だ」
赤点の人たちの中に私の名前が入ってなくてほっとした。
己の課題と向き合う機会があっても、簡単には受け入れられない部分もある…自分が汚いと思っている部分のそれを形として曝け出すというのは…今更な気がしなくもないけど、気が引ける…そういったところは汲んでくれるのか、何も言われなかったな…。
しかし合理的虚偽って…消太くんそれ言う時いつもいい顔で笑うなぁ…皆の反応を楽しんでる感じがする。
しかし全部が嘘じゃなく、赤点組は別途で補習時間があるらしい…強化合宿中に補習って本当にキツそうだな…頑張れ五人とも…私は応援する事しかできないけど。
その日の授業はいつものように午前は通常授業、午後には各自テストのVTRを見ながら担当教師との感想戦等を行った。
そして放課後、補習の事はともかくとして皆で合宿に行ける事を喜んだ。
配られたしおりを見ながら各々が持っていないもの等を話す…峰田くんの自重していない言葉は気にしないでおこう…暗視ゴーグルを何に使う気なのかなんて予想はつくし…。
「……水着……」
必要な…ものなんだろうか……しおりに書いてあるものなんだし必要なんだろうな…もういっそ忘れた事に…だめだ、百ちゃんがいるわ、逃げられない。
そんな事を考えていると透ちゃんが明日皆で買い物に行こうと発案して殆どが賛成した…爆豪くんと焦凍くんは行かないらしい、私も必要な物を買わないとだし皆と買い物するのは楽しそうなので参加する事にした。
持っていないものをチェックしていると視線を感じたのでそっちを見ると焦凍くんと目が合った…けど今度は焦凍くんの方から目を逸らされ、ズキリと胸が痛んだ…。
───…
「ってな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!
木椰区ショッピングモール!」
皆で待ち合わせしてショッピングモールへと足を運んできたわけだけど、何気に皆の私服を見るのは初めてだなぁ…緑谷くんのTシャツどこで買ったんだろう…。
ショッピングモール内のマップを貰って見ていると、皆の目的がバラけているという事で時間決めて自由行動という事になった…その場に残ったのはお茶子ちゃんと緑谷くんと私…皆行動はやいね…。
なんとなく二人の邪魔しちゃ悪いかなって思ったけど一人で行動するのもなぁ…と思っているとお茶子ちゃんがどっかに走っていってしまった…どうしたのお茶子ちゃん!?
「え、何?緑谷くんお茶子ちゃんに何か変なこと言ったの…?」
「いいいい言ってないよ!?どうするか聞いただけで!!」
「うん、まぁ…緑谷くんは変な事言わないの知ってるから半分冗談だったんだけど…お茶子ちゃん落ち着いたら戻ってきそうだし、どうする?それまで私と一緒に行動する?皆で来たのに一人は寂しいし」
「う、うん!!そうだねっ!!」
赤くなってわたわたしている緑谷くんに苦笑した…まだ慣れないのか、結構話したつもりでいたんだけどなぁ…しかしそこで立ち尽くしていても時間の無駄なのでさっさと買い物をする場所を決めてしまおうとマップを緑谷くんに見せようとしたら「おー雄英の人だスゲー!サインくれよ」と近寄ってくる人の声…。
「確か体育祭でボロボロんなってた奴と三位の子だよな!?」
「わああ…は…はい…」
「…っ!?」
ガシッと緑谷くんと私の間に入るように後ろから腕を組まれ、深く被られたフードから見える顔にゾワリとした…素顔を見たことは無い、けど…目ですぐに分かってしまった…なんで、この人がこんな所に…!?
緑谷くんは気付いていない、声をあげようとしたらひたりと首を掴まれる形で指を当てられる…中指だけは当てられていないけど、おそらく抵抗すれば"個性"を使うぞという脅迫だろう…私だけならまだしも緑谷くんも、それにここには大勢の一般人がいる…抵抗はしない方が賢明だ…。
その私の判断に気付いたのか、楽しそうに笑った気がした。
「んで確か保須事件の時にヒーロー殺しと遭遇したんだっけ?すげえよなあ!」
「よくご存知で……」
「いや本当信じらんないぜこんなとこで"また会うとは"!」
「───…!?」
「ここまでくると何かあるんじゃって思うよ、運命……因縁めいたもんが…まぁでもおまえらにとっては、雄英襲撃以来になるか」
視線を足元から外せないけど…流石に緑谷くんも気付いただろう…汗と震えが止まらないどころか、相手が話す度に恐怖が増していく感じがしてくる…。
「お茶でもしようか、緑谷出久…それに怒木日詠」
名前を呼ばれてビクリと反応した私を見て心底楽しそうな声で話を続ける。
死柄木弔…襲撃の時、消太くんを傷つけた人……あの時のように暴走なんてしない、けど確かに相手に抱いたと認めた"憎しみ""憎悪""怒り"…色々な感情が私の中で織り交ざって吐き気がしてくる…全ての感情が混ざりに混ざって、私の中が真っ黒になっていく感覚がする…。
「話って…何だよ………」
「ハハハ良いね、せっかくだ腰でもかけて、まったり話そうじゃないか……」
「……っ」
「ほら、日詠ちゃんも…じゃないと一人ずつ壊してくぞ」
首から手を離して腰に腕が回され密着させられた…耳元で脅されてしまえば何もできやしない…ヒーローには本人に殺すと言うより、他の人達を殺すと言われる方が何倍もその脅迫は働くことをこの男は分かっているのだろう…。
大人しく従って私と緑谷くんは手頃な場所に座って話を聞く事にした…私達の間には死柄木弔が座り、緑谷くんの首には相変わらず指が当てられている…私はまわされた腕に肩を抱かれ、無理矢理密着させられている…距離を取ろうにも意外に力が強く、ビクともしない…せめてもの抵抗に寄り掛からないように力を保ち続けた。
「別に日詠ちゃんなら寄り掛かってもいいんだけどなぁ…あ、ツンデレってやつかい?じゃあ後で二人っきりになろうか」
「……遠慮しておきます…」
「はは、反抗的な態度いいね…すごい燃える」
「…話ってそんなことですか…」
「いいや、違うね…俺の話は日詠ちゃんというよりどっちかというと緑谷の方に聞いてもらいたい」
何がそんなに楽しいのか…私に笑いかけて本題に入る…。
「だいたい何でも気にいらないんだけどさ、今一番腹が立つのはヒーロー殺しさ」
「仲間じゃないのか…?」
「俺は認めちゃいないが世間じゃそうなってる…問題はそこだ、ほとんどの人間がヒーロー殺しに目が行ってる…雄英襲撃も保須で放った
脳無も……全部奴に喰われた、誰も俺を見ないんだよ何故だ?いくら能書き垂れようが結局奴も気に入らないものを壊していただけだろう、俺と何が違うと思う?緑谷」
緑谷くんの方へ顔を向けて、緑谷くんの名前だけを呼んでいるあたり本当に私に聞いてもらいたいわけではないようだ…緑谷くんの返答次第では機嫌を損ね殺されかねない状況な事には変わりないけど…。
何か打開策は無いものかと思考を巡らせるものの、やはり大人しくしている方が今の状況一番良いと結論に至ってしまう…。
「何が…違うかって…?………………僕は……おまえの事は理解も納得も出来ない……ヒーロー殺しは、納得はしないけど…理解はできたよ…僕もヒーロー殺しも…始まりは………オールマイトだったから、僕はあの時
救けられた…少なくともあいつは壊したいが為に壊してたんじゃない…
徒に投げ出したりも、しなかった…やり方は間違ってても理想に生きようとしてた……んだと思う」
緑谷くんがそう言い終わると、死柄木の様子が変わった気がした…。
「ああ…何かスッキリした、点が線になった気がする…何でヒーロー殺しがムカツクか…何でおまえが鬱陶しいかわかった気がする……全部、オールマイトだ」
「ハッ…」
「そうかあ…そうだよな結局そこに辿り着くんだ、ああ何を悶々と考えていたんだろう俺は…!こいつらがヘラヘラ笑って過ごしてるのも、"
オールマイト"がヘラヘラ笑ってるからだよなあ」
「う゛っ…!」
「っ…!!」
肩を抱く手に力が入るのが分かった…中指だけは触れないようにしているのに力が強く、痛い…っ!!
いや、そんな事よりも…緑谷くんだ、緑谷くんは私と違って首に手が回っていた…今私と同じ状況ならきっと緑谷くんの首は絞まってるという事になる…なんとかしなければ緑谷くんが死んでしまう…っ!!
「救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑ってるからだよなあ!!」
「っ!!」
死柄木の言葉に何かが脳裏をよぎった…その顔に何かが重なった…それがなんなのかは分からないけど、忘れていた記憶が、少しだけ蘇った気がしてフリーズした…途端ズキリとした鈍い痛みが頭に襲い掛かってきた…これまでに頭痛は何度かあったけど今回は尋常じゃない、ズキリズキリと…まるで私自身が思い出すのを拒むように浮かんだものが痛みにかき消されていく。
「ああ話せて良かった!良いんだ!」
「ぐっ」
「ありがとう緑谷!俺は何ら曲がることはない!っと暴れるなよ!死にたいのか?民衆が死んでも良いって事か?」
このままじゃいけないと、頭の痛みに耐えながら死柄木の服を掴んで目を合わせた時、溜まっていた涙が片目から零れ落ちた…それにかは知らないけど驚いた顔をして少しだけ力が弱まった気がした…気がしただけかもしれないけど…少なくとも私の方だけだろう、緑谷くんの方は苦しそうにしている…放してと口を開こうとしたその時、聞き覚えのある声が名前を呼んだ。
「デクくん?日詠ちゃん…?お友達…じゃない…よね…?」
戻ってきたお茶子ちゃんに目を見開いた…いけない、危ない…!!
「手、放して?」
「なっ何でもないよ!大丈夫!だから!来ちゃ駄目…」
「連れがいたのか、ごめんごめん」
突然パッと手を放して笑う…緑谷くんが開放されたことにほっとしていると、手首を掴まれ引かれる。
「じゃあ行くわ…日詠ちゃんは借りてく、追ったりしてきたらわかるよな?」
「なっ…!?」
「待て…死柄木…!「オール・フォー・ワン」は何が目的なんだ」
「え?死柄木…って…日詠ちゃん!」
「っ大丈夫!だから!!」
咽ている緑谷くんが心配だけど掴まれている手が放れてくれそうもない…一般市民がいる中下手をするわけにもいかない…緑谷くんはお茶子ちゃんがいるから大丈夫だろう、二人が
救けを呼んでくれるのを信じよう。
しかし緑谷くんが言っていた「オール・フォー・ワン」とはなんなんだろう…?それを聞いた時ズキリと、治まっていた頭の痛みが蘇って顔をしかめた。
「………知らないな、それより気をつけとけな、次会う時は殺すと決めた時だろうから」
手を掴まれたまま人ごみに紛れ進んでいく…二人の姿が見えなくなってもずっとそのまま、意図がわからないまま連れ出される…もしや誘拐でもされるんじゃないかと冷汗が伝った時、何を思ったのか突然止まって手首から手を放した…と思ったら今度は指を絡ませるように手を繋がれる…俗に言う恋人繋ぎというやつだ、器用にも指は一本だけ私の手に触れないように繋がれている。
「日詠ちゃんの手小さいな、簡単に握り潰せそう」
「…何がしたいんですか…」
「とりあえず二人きりになれる場所いこうか」
二人きりって…はじめに言っていた事を実行してるのか…?遠慮したのに…。
そのまままた歩き始める死柄木弔に引っ張られ、モール内でもあまり人がいない…多分店の人以外は使わないであろう狭い通路の壁に押さえつけられた…なんなんだ…なんでこんな事になってるんだ…私はここで殺されるのだろうか…?
じっと見下ろしてくる相手への恐怖で目が合わせられない…斜め下を見つめながら何とか逃げる方法を考えていると、突然両手を片手で上に縫い付けられもう片方で顎を掴まれ無理矢理上に向かせられ嫌でも目線を合わせられた。
「な、んんっ…!?」
なんですか、そう言おうとした…筈なのにその言葉は死柄木弔本人に飲み込まれた。
やけに死柄木弔の顔が近い…かさかかしたものが私の唇に触れている…ぬるりとしたものが私の口の中に入ってきた瞬間やっと理解した、つまり、私はいま、キスをされているということで……?
ゾワリと鳥肌が立った…嫌だ、いやだ、なんで、こんな…っ!!
逃げようにも腕も顔も動かせられない、噛み付こうにも下顎を固定されてしまってる以上それも叶わない…呼吸もできない…口の中を蹂躙され、舌を無理矢理絡ませられては吸いつかれ…気持ち悪くて仕方ない…初めてを奪われたショックと悔しさで涙が出てくる…せめて終わるまでは、と目をきつく閉じてある人を思い描く…。
焦凍くん……。
こんな状況になってようやく自分に素直になれるなんて馬鹿みたいだ…確かに私は焦凍くんが好きだ…今の関係を壊したくなくて、そうじゃない…と、この気持ちを認めたくなかった…ズキリと胸が痛んで涙が零れ落ちていく…。
酸素が足りなくなって、意識が遠退きそうになった頃、ようやく口が離されお互いの口には銀の糸が伸びてぷつんと切れた…酸素を必死に取り入れようと呼吸をするけど、身体に力が入らず、その場に座り込んでしまった…頭に靄がかかったように、思考がまとまらない…。
はぁはぁと息を吸ったり吐いたりしているとぺろりと涙の跡を舌がなぞった…私と同じようにそこに座った死柄木がそうしたのだと理解して嫌悪感を抱くものの力が入らずに抵抗もできない…されるがままになる。
「は…かわいいなァ、日詠ちゃん…ほんとうに、殺したくなる…」
「…はっ……っ……」
「でも殺さないよ、安心して…流石の俺も好きな奴は殺したくない」
「なに、いって……」
「一目惚れってやつ、俺もはじめてだったんだけど…よく考えたら、俺が君に抱いたのは恋とか愛とかそんなやつなんじゃないかって気付いたんだよ、俺は君に恋して、君を愛してる…雄英襲撃の時から忘れらんなくてずっと君の事考えて滅茶苦茶にしてやりたくて仕方なかった…なぁ日詠ちゃん、俺はおまえが好きだ、愛してる」
この人は何を言っているんだ…つらつらと並べられる言葉ひとつひとつが理解できない…それは私が酸欠でまだ完全に頭を働かせる事ができないからじゃない筈だ…満足そうに笑う死柄木に対し、私は顔を青くして震えているだろう…死柄木からはそれがどう写っているのかは知らないが。
「それに俺は君が忘れてしまった過去も愛しく感じた、俺なら君を全て受け入れられるよ…きっと幸せにできる」
耳元で囁かれた言葉にビクリと震えた…この人は今なんて言った…?私が忘れてしまった過去も愛しく感じた…?何故、私に記憶がないのを知っているの…?いや、それよりも…それよりも、その口ぶりではまるで"私の過去を知っている"と言っているようじゃないか…!!
目を見開いて固まってると、今度は触れるだけのキスをして立ち上がる…私は座り込んだまま何もいえなかった…。
「準備が整ったら迎えに行くから、待っててな」
にっこりと笑って立ち去る死柄木を体が動かない私に止める術はない…。
鞄に入っていた携帯が鳴っていたけど、震えてしばらくそれに反応できなかった…。
後に真っ青になって震えて座り込んでる私を駆けつけた警察が見つけてくれるまで、その場所で一人…いずれ思い出してしまいそうな自分の中の消えた記憶に恐怖した。
back /
top