僕らの答え
「…私がもしもあの場所で過ごし、誰にも救われずにいたら…きっとこんな未来が待っていたんじゃないかって思わない…?」
笑っているけれどその顔はどこか自嘲めいた笑い方で、彼女の過去は偶然ではあるものの知ってしまっているけれどきっと彼女は平気なフリをしながらもどこかでその事実に苦しんでいたから、こうして今僕と対峙しているのかもしれない。
僕はボロボロ、一方目の前にいる子はどこにも傷一つない…圧倒的な実力差が見て分かる程に、お互いの姿は対照的だった。
どうしてこうして僕たちはこんな戦いを始めたのか…その理由は数時間前に遡る──…。
試験当日まであと数日…その日も圧縮訓練でそれぞれが思考を巡らせながら必殺技と呼べる技を編み出している時、僕も新しいスタイルの練習をしていた。
ほぼ毎日そういった日々を過ごしていたけれど今日は休憩時間に入ると珍しく怒木さんが僕に話しかけてきた。
「訓練の成果は順調?緑谷くん」
「怒木さん!うん、必殺技にはまだ遠いけど大分新しい戦闘スタイルも慣れてきたよ」
「それはよかった」
「えっと…何か用かな?珍しいよね、怒木さんが僕に話しかけてくるなんて」
「私が君に話しかけないのいつも君がどこか他所他所しいのが気になるし傷付くからなんだけど」
「えっ!?ご、ごめんなさい!!?」
「冗談だよ」
可笑しそうに笑うその笑顔に僕も釣られて笑う…怒木さんのこの顔を見ると轟くんが怒木さんを好きになった理由も少し分かる気がする…いや、変な意味は無いんだけど!
「実は少し緑谷くんに頼みたい事があってさ」
「頼みたい事…?」
「うん……私と戦ってほしいんだ」
「ヘっ!?」
突然の頼みごとに混乱した。
僕だけではなく切島くん達も集まってざわついた…なんだろう、体育祭で轟くんに宣戦布告された時と似たような状況だ。
「君には突然の事で何がなんだか分からないと思うけど…」
「い、いや!それよりもどうして僕と…!!」
「私が
敵だから」
「えっ!?」
「…っ!!」
真っ直ぐと僕の方を見てそうはっきりと告げる怒木さんの言葉に誰かが驚きの声を上げた。
怒木さんの過去を知っているのはあの日、あの場所にいた僕と飯田くんと轟くんと切島くんと八百万さん、それにあの時怒木さんと一緒に捕まっていたかっちゃんしか知らない筈…本人からしてもそれは言いたくない事だっただろうに、それを今こんなにあっさりと公言する怒木さんを理解する事はできなかったけれどその目を見るときっと並々ならぬ思いがあるんじゃないかと思ってしまう程にまっすぐに僕を見ていた…。
「…私はヒーローを殺す為に生み出された生物兵器…それはあの日あの場所に居た君も知っているよね?」
「…知ってる、けど…僕と戦う理由には…」
「……私は記憶を取り戻す前に何度か、君を本気で殺したいと思ったことがある」
「!?」
「ヒーローに一番近い人間、ヒーローとして素質のある人間…私はそういった認識と評価を君に持っている…だからこそ私は君を信頼するし君を
敵として見てしまった」
「そんな…」
「きっとこれは仕方の無い事なんだと思う…生まれた時から…いや、生まれる前から私の中にインプットされた
命令で、私の存在意義だから…覆す事も誤魔化す事もできない」
「………」
「…でも、私はヒーローになりたい…その気持ちに嘘偽りはないの…だから私がちゃんと
現在を見て全力でヒーローを目指す為に……緑谷くんには私と戦ってほしい」
自分がどういった過去を背負っているのか、どういった存在なのか…全部包み隠さずに皆の前で話す事にどれだけの勇気を振り絞ったんだろう…微かに震えている怒木さんの体に気付いたのと同時に怒木さんの本気も伝わってきた。
「………これはあくまでも私の我儘だ、君が私と戦いたくないって言うなら無理は言わないつもりだよ」
「…分かった、怒木さんがそれで
ケジメを付けられるなら、僕はそれに答えるよ」
「……ありがとう、緑谷くん…」
「おいおい!いいのかよ緑谷ァ!!」
「うん」
「…消太くんも、いいよね?」
「……危険を感じたらすぐ止めるからな」
「うん、全力で止めていいよ」
僕たちの騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか相澤先生も近くにいたらしい。
話が纏まった事で僕と怒木さんは練習試合のような形式だけど戦う事になった…こんな事を許してくれるって事は先生達も怒木さんの事情を知ってるからだと思う。
それに、何故だか怒木さんは何かに焦っているように見えた…何に焦っているのかは分からないけど…。
短時間で作られた、体育祭の時よりも簡易なリングに立って並ぶ…皆も少し離れた場所で僕達を見ていた…。
「緑谷くん、一つだけ約束するよ」
「?」
「私は全力で戦う…でも戦闘中、治癒の力は絶対に使わない…アレは
本来なら使えない筈の力だから…」
「え…?」
「緑谷くんも約束して欲しい、私と全力で戦うって」
「……分かった」
「……ありがとう、緑谷くん…きみは本当に優しいね…」
今にも泣きそうな笑顔に胸が痛くなった…。
何に焦っているのかとか、どうしてそんなに悲しい顔をするのかなんて僕には分からない…けど、怒木さんは生まれがどうであれ
敵なんかじゃないって、それだけは分かるから…だから彼女の気持ちに応えたかった。
きみは誰よりも優しい女の子だよって、伝えたかった。
「準備はいいかしら?」
「「…はい!」」
審判としてミッドナイトが立ち合ってくれた…体育祭の再現のようだとどこか遠くで思いながらお互いに構えた…怒木さんは強い、どれだけノートに書き込んでも対策は付け焼き刃程度しか浮かばなかった、今の僕にどれだけ相手ができるかなんて計り知れない。
スタートの合図と共に突っ込んで来た怒木さんに反応して僕は上へと跳んでかわした…だけど相手から目を離さないようにしていたつもりだったのに、ほんの一瞬で僕と同じように跳んでいた…。
そう気が付いたのは蹴り落とされて地面に叩きつけられた時だった。
「ぐっ…!!」
「………」
自分が着地する前に槍を作っていたのか僕の上に落ちてくる槍を転がってなんとか避けたけど態勢を整えようにも次から次へと攻撃をされて反撃に出られない…!なんとかして隙を作りたい、障害物の無いステージで何ができるのか…?考えろ!
再び僕の前へと来る怒木さんのタイミングに合わせて地面を蹴ってステージを崩した破片で目くらましをして一瞬だけど隙ができた…本当に一瞬だったけれど反撃のチャンスはここしかない!
「甘いよ、緑谷くん」
「!!」
僕が近付いた瞬間怒木さんが片足を地面へ叩き付けると土砂が地面から噴出してきたせいで近付けず、せっかく作った隙が台無しになる…。
オール・フォー・ワンは言っていた、怒木さんはオールマイトの為に作られた子だと…つまりそれは"ワン・フォー・オール"の継承者、そしてヒーロー達を殺す為の兵器だという事…平和の象徴たるオールマイトを殺す為に作られたんだとしたら……、怒木さんの力はオールマイトに匹敵するか、それ以上の可能性もあるという事だ…。
急に恐ろしくなった…もしかしたら彼女はずっと僕達の敵でいた可能性だってあった…あの日
敵連合の元にずっといたら僕達の敵になっていた可能性もある…それを想像しただけで怖くてしかたなかった…。
「ねぇ、緑谷くん…」
攻撃の手を止めて僕の名前を呼ぶ声にビクリと身体が震えた…。
「…私がもしもあの場所で過ごし、誰にも救われずにいたら…きっとこんな未来が待っていたんじゃないかって思わない…?」
その声は酷く冷たく、それでいて…どこか寂しそうに響いた…。
違う…怒木さんはそんな風に笑う人じゃなかった…こんな恐怖を思わせる人じゃなかった…記憶を失くしていた彼女が本来の怒木さんだとしたら、今僕が抱えている恐怖は間違っている…あの日かっちゃんと一緒に助けたのは今までの怒木さんを信じるとその場にいた皆で決めたからだ、どんな境遇で生まれたからといって彼女自身は社会のルールを破った生き方をしていない…いつだって真っ直ぐに、ヒーローを目指した僕達の仲間だ。
「……怒木さんが、どんな気持ちでいるのか…僕にはわからない、けど…」
「………」
「きっと、君は僕達の敵になる事はなかったと…思うよ……だって」
───君は、優しい人だから
虚を突かれたように目を見開く怒木さんの隙を突いて距離をつめて思いっきり蹴り飛ばした…女の子相手だからできるだけ力を抜いたけど、それでも怒木さんにダメージは入ったと思う。
地面に転がって咳き込みながら起き上がろうとする怒木さんの顔はよく見えない…。
「…そんなの、り、ゆうになって、ないじゃないか…」
「たしかに理由になってないかもしれないけど…でも今の君自身が、本来の君だとしたらやっぱり僕達の敵になることはなかったと思うよ」
「…っ」
ポタリと何かがたれて彼女が向けてる地面が濡れたのに気がついてギョッとした。
泣いている…泣かせてしまった、思った以上に強く蹴りすぎてしまったんだろうか?そんな心配がよぎって駆け寄って手を差し伸べようとした瞬間───…
「緑谷っ!!」
「…っ!?」
誰かが叫んだのと同時にヒュンッと音がして咄嗟に後ろに避けると同時に目の前を鋭い刃が僕の首スレスレをかすって通ったのと怒木さんが目の前で剣を持っているのを見てようやく何があったのか理解した…理解した瞬間、どっと嫌な汗が噴き出た…あと少し避けるのが遅かったらもしかしたら首を斬られていたかもしれない…!!
そっと震える手で自分の首を撫でて繋がっている事を確認してしまった。
「……甘いね、キミは…本当に…」
「怒木さん…?」
立ち上がった怒木さんの前髪が少し揺れた一瞬だけ見えた彼女の目の色が金色に輝いているように見えたけどそれはすぐに元に戻った…目の色に関しては僕の見間違いかもしれないけどやっぱりその表情は少し哀しそうな顔に見えて、僕の頭も混乱する。
斬りつけてきたあの一瞬は冷たいとしか言えないような表情だったのに…。
「先に言っておいたはずなんだけどね、本気でかかってこいって……私は"
敵"だ…それなのに手を差し伸べてくるなんてお人よしにも程があるってものだ…、覚えておくといいよ緑谷くん、その甘さはいつか命取りになる…
だから"
私"
との勝負に負けるんだ」
「え…?」
気付いた時にはもう遅かった、地面に何かの模様を描いたような光が走ると全身から力が抜けていく…。
どっと音を立てて受身も取れないまま地面に倒れた。
「…緑谷くん、動ける?」
「……無理、です……」
ミッドナイトが近付いてきて動けるか聞かれたけど、身体中に重りを付けられて縛られているようで起き上がることも難しかった…それを伝えると怒木さんの勝ちだと伝えられその戦いは終わった。
「……これが、本当の
会敵だったら君は自分の甘さで死んでいた……」
「………っ」
「…けど、キミのその甘さが…きっと救いになる場合もあるんだろうね…だからこそキミを認めるしかなかった…」
「…怒木、さん…?」
ふと身体が軽くなって怒木さんをそろりと見ると、やっぱりどこか悲しそうな顔をしていて、そして…何故だかそこにいるのは怒木さんではないような違和感を感じた…。
「キミみたいな子が───……」
「え…?」
「……なんでもないよ、ありがとう私の我儘に付き合ってくれて…おかげで少しスッキリしたし、必殺技の案が浮かんだ」
「そ、そっか…!」
「先生達と皆も、付き合ってくれてありがとうございました…私ちょっとサポート科にコスチュームの改良頼んでくるね消太くん」
「…ああ」
相澤先生に頭を撫でられて嬉しそうに笑ってその場を離れていく怒木さんはやっぱり戦う前と変わってなくて、あの違和感は僕の気のせいだと思ってこれ以上は気にしないことにした。
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