翳る記憶






『通過者は控室へ移動して下さい』
「また……やってしまった……」

自分に付けているターゲットから聞こえてくる通信を聞きながら地面に手を付いて落ち込む日詠の周りには散々暴れまわった痕跡が残っている…先程の夜嵐の"個性"によって傷付いている場所を重ねるようにはしていたが、一度頭に血が上るといつもより荒々しい攻撃になってしまうことを根に持っていたからこそ気をつけていたのだが…一番最初の通過者と120という脅威の脱落者を出した夜嵐に対しつい対抗心が燃えてしまった事を深く反省した…この場に相澤がいたら間違いなく怒られていた事だろうと考えながら立ち上がりしょぼしょぼと控室へと足を運んだ。

暴れまわってるうちに通過していた者数人が既に控室で休憩を取っていたのを見て更に落ち込んで日詠は椅子に座って項垂れた…通過はできたものの先程のはあまりにも大きな失態…というより体育祭の失敗を繰り返していた。
くだらない感情に任せて動いたせいで想定よりも体力が削れてしまったのだ…それに関して頭を抱えるほか無かった…今の日詠にとってそれは大失態としか言えないもので、自然とその顔に冷汗が滲む。

(…後悔を今更深く考えても仕方ない…次の課題によってはどう動くか慎重に考えていかないと…)

奥歯を噛み締めてから、寧ろあの場に他の雄英生徒がいなかっただけ良しと考えて今回の反省と実戦・対人に向けた必殺技の改善点を脳内でまとめて復習していると目の前に大きな影が迫ってきた。
顔を上げると、そこには日詠の目の前で一人目の通過者となった夜嵐イナサが立っている。

「お疲れ様っス!!」
「お、お疲れ様です…」

通過から時間は経ってるとはいえ一切疲れの見せない…寧ろ暑苦しい程の笑顔を向けて労いの言葉をかけてきた夜嵐に対し、日詠は先程の事もあり苦笑し戸惑いながらも返事を返した。
勢いよく声をかけてきたが、それ以上は夜嵐もソワソワとして何を話そうか迷っている様子でいるのを見て日詠はこの会場で会った時の事を思い出し、ずっと聞こうと思っていたことを聞こうと口を開いた。

「あの…」
「!はい!!」
「えっと…言い辛いんですけど、何処でお会いしたんでしたっけ…?」
「ああ!あんたと会ったのは雄英の入試の時っス!あの時はお世話になりましたァ!!!」
「いや、だからそれが思い出せないんだけど…というかまた頭…」

またふかぶかと勢いの良いお辞儀をして床に頭を打ちつける夜嵐に落ち着かせるように声をかける…今回は血が出ることは無かったようで顔を上げた夜嵐にほっと息を吐いた日詠に夜嵐はニカッと笑って初めて出会った時の事を話始めた。

夜嵐からの話はこうだ…初めて出会ったのは昨年度の推薦入試の時、雄英高校の校門前で日詠に話しかけられたのが始まりだったという。
その時案内の紙を持って立っていた夜嵐に心配して声をかけ、心配をかけた事の詫びとお礼の為に先程のように夜嵐は地面に頭を叩きつけるようなお辞儀をしたことで血を流し、また日詠も同じようにハンカチを渡してきたと言う。
その後話す事は無かったがその時から好意を抱いたと顔を赤らめながら話す夜嵐を見ながら震える指先がバレないように当たり障りの無い返事をしてから笑い返し、改めての自己紹介と好きなヒーローについて話を咲かせた…しかし日詠の心は言いようの無い焦燥に襲われていたなど、今この場に居る誰もは気づかなかった。
しばらく夜嵐と話していると奥にターゲットを外すキーがあることとボールバッグと共に返却するように言われそこで二人の会話は終わり、言われた通りターゲットとボールバッグの返却を済ませた日詠は自分が入って来た頃より人数が多くなり賑わう控室内を見てから係員の人と思わしき人に声をかけて御手洗いに向かった。




一人になると日詠の体は分かりやすい程に震え始めた…。
震える片手を顔に当てながらこれまであった記憶を思い返す…本人でさえ気付かなかった…それでも思い返せば予兆はあったのだ…自分でも、近しい者でも気付かない程の繊細な部分、よりによって知る人が少ない部分に小さく確実な"穴"が出来ていた…。
夜嵐は言った、推薦入試の時点で日詠とは出会っている…それは本当の事なのだろう、嘘を付いたところで誰にも得はしないことであると日詠は理解している、そしてあのような男がそんな嘘を付くはずもないと信頼も確信もしている…何より相澤の話から会っていてもおかしくは無く、あんな強烈な人間の記憶を忘れること自体がおかしい。
しかし思い返しても日詠の頭には夜嵐と出会った頃の記憶がない・・・・・・・・・・・のだ。
否、それだけではない…入試の内容もごっそりと抜け落ちたように消えている事に日詠は頭を打ち付けたくなる程に混乱した…つい最近の出来事だというのに、話を聞いても僅かにも思い出せない事に汗が伝い落ちる。

「やっと……思い出せたのに……」

昔のことを、大切なことを…思い出したというのにまた何かを忘れていくのかと日詠は髪をグシャリと掻いて泣きそうになるのを唇を噛み締めて耐えた…。
突然気付かされた新たな問題に苦しむ姿は誰も知らない…例え苦しくても今は、今だけでも…と仮免取得の為に頭を切り替えようと顔に水をぶつけるように洗って長い長い溜息を静かに吐いて近くの壁に寄りかかった…鏡に写る顔を見て酷い顔だと静かに笑う。
再び控室に戻る頃には顔も気持ちも平常に戻さねばと静かに目を閉じた…。




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