その感情の名前など知りもしない




怒木日詠という人物に出会ったのは中学の時…何やら絡まれていて困っている所を見かけてたすけたのが始まりだった。
本来ならそれだけで終わる筈だったのに、たすけた──同い年か年下か…俺より背が小せぇから分からないからここは女子と称しておこう──女子がお礼がしたいと言って聞かず、そのまま強引にも小さなカフェに連れ込まれてしまった…その時の俺が何を考えていたかははっきりとは覚えていないが、心底面倒だと顔に出していた筈だ。
元々表情が貧しい俺のそれを会ったばかりの目の前にいる彼女が察せるかは別として。

(めんどくせぇ…)

最初こそそんな気持ちでいた筈なのに、不思議と数時間一緒にいただけで連絡先を交換する程打ち解けるとは自分でも思わなかった…それ程にこの怒木日詠の傍は居心地が良かった。
嘘を付いていないとすぐに分かるくらいに単純で純粋で子供みたいなのに、人に話したくないというデリケートな部分を綺麗に避けて話をしてくれる部分は大人染みていて…話していて気が楽だった。
まぁそのあたりの詳しい話は省くが、俺は完全に気を許せる数少ない相手として見ていたから、たまに届いていたメールが途絶えた時は俺からも何か送るべきか悩んでいたけれど、何分こういう性格と環境なせいで友達と呼べる奴がいないに等しい生活をしてきたから…なんて送れば、とかそんな事を考えていた時期が俺にもあった。
そこで予期せぬ再会だ、最後に会った時よりいくらか大人びた顔をしていたけど一目で分かった…相手も俺にすぐ気付いたから忘れられたわけじゃないと柄にも無く安心した。

入学から二日目、午前中は普通の授業をして、色々と聞きたい事があったから昼に飯に誘ったら相変わらずの笑顔で了承してくれた…が、聞きたい事が多すぎてなかなか口が開けなかったもんだから無言で飯を食ってて少し戸惑ってる怒木の姿を見て謝りたくなった…そりゃ居心地悪ぃよな。
初日のいきなりのテストではこいつは途中まで"個性"を使っていない事も気になったが、それよりも気になったのは相澤先生との関係なんだが…まぁそれは今後機会がある時に聞いてみる事にした…親しくしているとはいえいきなりそんな踏み込んだ質問をするのもおかしい気がしたからだ。
だけど一度口を開いてしまった為、少し悩んで疑問を口にした。
話し方がどうしても記憶にあるこいつと一致しなくて、それが何故だかもやもやとしていた…敬語だからか壁を感じる、出会った頃はそれこそ年頃の女子らしい話し方で…クラスメイトで近いのは麗日うららかとかの話し方に近いか…?話した事はねぇけど、聞いた感じあれくらいは砕けた話し方だった…笑顔は変わらないが。

「冷静さが無くなれば、口調が戻りますからね」

その訳を聞くと思ったよりもこいつの"個性"は扱いが難しいらしい、一度だけお互いの"個性"の話をした事があるがそれは特に触れる事もなく、ただの世間話的な話から分かっていったようなものだから簡単な事しか知らない。
話し終わった後怒木の表情は一瞬だけ影が落ちたのに気が付いて謝ろうとしたらいつもの笑顔に戻ってタイミングを逃した。

「だから私から敬語が無くなったら、危険だと思ってくださいね」
「…そんなに警戒しなくちゃならねぇくらい暴走すると酷いのか?」
「それは私にも分かりかねますね、中学に入ってから暴走なんてしてませんからもしかしたらそこまでする必要の無いくらいかもしれません」

「曖昧でごめんなさい」と困ったように笑う怒木になんで謝るんだとか、謝るのは俺の方じゃないのかとか、色々言いたい事があったが一番言いたい言葉も何もかもが消え去ってしまった…それぐらいにその笑顔は眩しくてこれ以上何も言うなとでも言っているようで思わず口をつぐんだ…。

「あ、そろそろ教室戻った方が良いですね!行きましょうか焦凍くん!」
「あ、あァ…」
「楽しみですね、ヒーロー基礎学!」

話に耳を傾けながら相槌を打つ…やっぱり感じるのはあの時には感じなかった壁のようなもので、胸が苦しくなった気がした。



ヒーロー基礎学…ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う科目。
今日はそれの戦闘訓練を行うらしく着替え次第グラウンド・βベータに集まれって事をオールマイトが伝えた。
俺もコスチュームケースを出し、更衣室に向かう…その際怒木が一緒に行こうと言ってきた…あまりにも普通に接してきたもんだから一瞬虚を付かれて反応が遅れてしまった、違う、やめろ、不安そうな顔すんな。
やっぱり俺の中でこいつは『可笑しな奴』だ、調子が狂っちまう…。

着替えてから指定の場所に行く、しばらくして怒木もコスチュームを着て出てきた…そのコスチュームは黒を基準とした制服…いや、軍服のようなデザインでスカートから覗いているあれはガーターベルトという奴か…そこまで見て目を逸らすとこちらに気付いた怒木がまた俺の近くに来た…おい、だからなんでこっちに来るんだお前は。

「焦凍くんの顔のとこなんかこわいですね!!」
「第一声がそれか」

笑顔でこわいとか言われると地味に傷付くな…。
そんな俺の気も知らずに「皆かっこいいですねー」等ときょろきょろと他の奴らを見て感嘆を洩らしているのを見て思わず頭を撫でたら驚いた顔をした後すぐに笑顔になって花を出してしまいあわてている…忙しい奴だな。

「始めようか有精卵共ゆうせいらんども!!!戦闘訓練のお時間だ!!!」

話している内に全員集まったらしい、オールマイトが声を上げたので視線をそちらに向ける。

やる事は2人組のチームを作ってヒーロー組とヴィラン組で別れての屋内での対人戦闘…21人居るからどこかのチームが3人になるらしい。
チームはくじで決まるという事で順番にくじを引いていったが、俺はBチームで怒木はIチームだ…つまり別のチームになってしまった…別に落ち込んだりはしてねぇけどチームの人に挨拶してくると離れていった怒木の背中を見て少しだけ寂しさを感じた気がした。





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