真と虚 (前編)
「誰だ、テメェ…」
いつもより低い声で爆豪が問いかける…その顔はいつもより険しいように思う…俺も恐らくはそうだ。
日詠の腕を抑えている手に自然と力が入った…いや、確かにその身体は日詠に見えるが、明らかに異質なモノを感じる。
異常だ…他から見たら突然日詠を押さえ付けた俺と爆豪がそう感じるかもしれねぇが…俺たちにはそれがある一言で日詠ではない"なにか"にしか感じなくなっていた…。
「お、おい!二人とも何してんだよ!!」
「黙ってろ!!」
正気に戻った切島がいち早く慌てて声をかけたが、制止の声に黙る…皆には悪いが俺も、恐らくは爆豪もその手を放す気は無い…こいつは日詠じゃないっていう確信があるからこそ安心はできない。
ただ日詠の顔が爆豪の手によって床に押し付けられているのは…例え偽物でも見ていて気分の良いものではないのは確かだ…。
「コイツはお前らの知ってる怒木じゃねェ…」
「ハァ!?」
「えっ…!?」
「なァ、おい…どういうつもりだか知らねぇが残念だったなぁ?俺は今すこぶる機嫌が悪ィんだよ…」
「な、何…?怒らせたんなら謝るからさ、落ち着こうよ…?ね?」
「あくまでしらばっくれンなら一ついいこと教えてやる……あいつはな、
俺をもう『爆豪くん』なんて呼ばねぇんだよ」
「─────…」
そいつのこっちを見る目が見開いていくのと同時に全員が息を飲んだ音が聞こえた気がした…俺もそれは知っていた、それなら爆豪が異変に気付いたのも頷けた。
…まさかそんな事を気にするとは思ってなかったが…。
「くっ…ふはっ……」
「!」
「アハハハハハ!!」
突然笑い出し、一瞬その目が金色に輝いた事を認識できたかと思えば確かに押さえ付けていた身体はその場から消えて、そいつは備え付けられていたソファに座って可笑しそうにこちらを見ていた…これは、確か──…。
「アーぁ…バレるのが思ったよりはやかった…それだけ成長したってことなのかな?それにしたって女の子を二人がかりで押さえ付けるなんて、酷いことするね?」
「ふざけやがって…っ!!」
「…お前、合宿の時に日詠を攫った奴か…」
「そうだよ、よく覚えてたね轟焦凍クン?だけど殆どの人はハジメマシテかな?ボクはヨミ、
敵連合に所属している人形さ」
日詠の顔で、声で話すから調子が狂いそうになるが…その表情はあいつのものじゃない…何より人を小馬鹿にしたような話し方を日詠はしない。
変わらずニマニマと笑って俺たちが立ち上がっても動こうとしないあたり逃げる気は無いのか、いつでも逃げられるという余裕からかは知らないが随分となめてくれるもんだと舌打ちをしたくなる…。
皆も
敵連合の奴だと知ってようやく警戒態勢に入り、そいつが座るソファを距離を置きつつ囲むように立つとそいつはため息を吐いて脚を組んだ。
「そんな警戒してくれなくても何もしやしないよ…」
「信じられっかそんなもん!」
「また性懲りもなく爆豪たちを攫いにでも来たか?本物の怒木は何処だ」
「ボク一人でそんな事できないさ、信じるも信じないも勝手だけどね…それと日詠チャンならここに居るだろう?」
トンッと胸元に自分の手を当てて笑う…確かにその顔も声も日詠そのものなんだ…信じたくないという気持ちもあるが、そいつが言っている事が本当であるという確信もあった…。
当たり前だが皆も信じられないとでも言うような表情を浮かべている。
「キミ達は何か勘違いをしているようだから答えてあげるけどね、この身体は間違いなくあの子のモノで、ボクは少しだけそれを借りているだけなんだ…だから乱暴はしないでくれよ?戻った時傷付いているのはあの子だ、ボクとしてもそんなのは見たくないからね」
そいつが言っている事は信じたくないが本当の事だろう…できるなら当たらないでほしかった予想ほど当たってしまうもんだなと、つい他人事のように思ってしまうのはさっき率先としてその身体を床に叩き付けたことへの現実逃避か…。
つい後悔が押し寄せてきて自分の手を握り締める。
「…仮に、あなたの話が本当だったとして…あなたの目的は一体なんなのかしら?」
「おや、意外に信じてくれるのが早いね?仮だとしてもその方がボクにとってもありがたいからいいのだけど…君達は知りたがりのようだし、いいよボクの正体を見破ったご褒美だ…答えられる事ならできる限り君達の質問に答えてあげよう」
「いいからはよ話せや」
「…前々から思ってたけどキミはもう少し言い方を考えなよ…まぁイイけどさ…ボクの目的なんて大したことじゃない、ただキミ達の生活を見たかったってだけさ」
「それってあたし達の情報を仲間に流すためじゃん!?」
「違うね、それだと監視だ…ボクは
見たかったって言っただろう?所謂観察、それだけさ」
「…それって何が違うんだ?」
「違うだろう?現にボクは今まで君達の事を見てきたけど情報は一切流していない…まぁ証明するものは無い以上これも信じて貰うしかないだろうけど、あくまでコレはボクの個人的干渉であって弔クン達はこの事を把握していないよ……できそうな人は捕まってしまったしね」
最後の方は聞き取れなかったがクスクスと何が可笑しいのか目を細めながら笑って答える。
ふと、さっきまで笑みを浮かべていたその表情が無くなった…無表情ってわけじゃない、どこか遠くを見るような目で何かを思い出すような憂いの表情だった。
「ボク達は兵器だ、本来なら平和を壊す存在だ…それがどういうワケか平和を謳歌できる立ち位置に紛れ込んでしまった上にヒトとしての生を歩もうとしている……コレがどういう事なのか分かるかい?この子はボク達が想像も出来ない世界に居る事になるんだよ」
「…それじゃああなたは日詠ちゃんを恨んで…?」
「恨む?どうして?」
きょとんと本当に理解していない顔で首を傾げる相手に困惑の声が上がる。
「お前は怒木を恨んで今の生活を壊そうとしたんじゃねぇのか…?」
「散々言っているだろう、ボクの目的はあくまでも君たちの観察…君たちの周りだって子が未知の場所に行く時は心配くらいするだろう?バクゴークンを
救けに来た時だってそういったイザコザが無かったわけじゃない筈だと思ったけど違うのかい?」
「それは…」
「ボクはただこの子が
ヒーロー側に居て大丈夫なのか自分で確かめたかっただけだよ」
真剣な表情で話すヨミに聞いていたその場に居た誰もが押し黙り、顔を見合わせていた…騙すための嘘か、それとも本当の事を話しているのか…まだ判断は付き辛いが俺たちの質問に答えてくれるならそれを利用して判断していくしかない。
「…分かった、今のところは信じてやる…できる限り質問に答えてくれるって言ったな?できる限りの範囲はどの程度だ?
敵連合についての事は言えるのか?」
「あぁ…それは無理だね、残念だけど彼らの事はボクの教えられる範囲のことじゃあない……と、いうよりも言えないと言った方が正しいね」
「どういう意味だ…?」
「ボク達は『兵器』だ、どう生きようと他がどう思おうとその在りかたは変わらない…自立型兵器ってのは"持ち主"に従順になるよう造られるものだ……つまりボクらに味方と思う側の情報を流すという行為は禁止事項に値する…もし流すようであればそれは強制的な死だ、周りを巻き込んだ自爆、或いは自壊。一言でも洩らした時点、もしくは洩らそうと思った時点でこの身体はここでその生を終らせるか君たちを巻き込んで死ぬか…どちらにせよ情報を洩らすような裏切り者に生きる道は無い」
「そ、そんな事できるわけねーだろ!ハッタリだ!!」
「そうだね、今までにこんな事例もないから確証はないよ…でも細胞から何まで身体の隅々まで弄くり回されているボクたちに唯一与えられている選択肢はいつだって"戦いか死"のみだった…"平和の象徴"たるオールマイトをあそこまで追い詰めた首謀者がそんな事をしない、なんて確証もまたキミ達には無いだろう?ボク達はそんな彼に賛同した奴等に作られた『兵器』だ…よく考えるべきじゃないか?」
息を飲む…ここに来て日詠が本来どんな存在であったかを再び思い知らされる…同時にあいつが未だ過去に縛り付けられたままなことがやるせなかった…。
救けてやりたいのに手が届かない無力さが悔しくなる…。
「……まぁ情報漏洩のあたりはキミ達は気にしなくていいよ、ボクにとっては
敵連合が主だけどこの子にとっては
雄英が主だ、面白いことにこの子の所有権は
ボクの知る限りは間違いなくヒーロー側に回っていてね…互いに情報を得る事も無いけど逆を言えばボクとあの子から情報が洩れる事は絶対に無い」
「私からもいいかしら、あなたが今日詠ちゃんの身体を借りているならそれはあなたの"個性"なの?日詠ちゃんの意識はどうなっているの?」
「…うん?………あぁ、そうか…まだボクの"個性"とかの話はしていなかったね」
「話してなかったって…話していいことなのか…」
「ボクはキミ達にとっては敵なのに心配するとかどれだけお人よしなんだい…?いや、キミ達の誰かがヒーロー共を呼びに行かなかった時点で気付いてはいたけど…」
少し呆れた様子で息を吐いてソファの背もたれに体を預けながら淡々と言葉を紡いでいく…感情の無い声、心底どうでもいいと投やりになっている声が響いた。
「この程度のこと知られたところでどうしようも出来ないだろうし別に構わないよ…お察しの通りコレは"個性"による強制的な身体の乗っ取りだね、
研究所に居た時にこの"個性"をこの子に使ったのは覚えてるから…うん、確か使った気がする…乗っ取れてるってことは使ったんだろうね、多分」
「随分と曖昧な物言いだな」
「あァ、ごめんね…ボクはもう随分と前から壊れた人形なのさ…完全にはまだ壊れていないけれど、本体と精神の機能が大幅に低下しているんだ…だからこんな禁止事項ギリギリのコトを出来ているんだけどね?」
「機能が低下…って…」
「何も不思議なことじゃないだろう?ボクたちは子どもの身体に起爆装置を設置するような奴らの人形だぜ?ましてやボクはこの子が生まれる前から実験の道具にされていたんだからこの子より早くに
身体がダメになるに決まっている…別にあいつらは永遠の命を手に入れる為の研究をしてたわけじゃないしね、あくまでも強い道具が欲しかっただけさ…何にせよキミたちが気にするような事でもナイだろう?」
自嘲気味に笑うその姿でその場に居た全員がようやくこいつが話すことが全て本当のことだと理解したというように息を飲んで顔面を蒼白にして聞いていた…中には涙目で吐きそうになっている奴もいる…気持ちは分かる、大まかな話を聞いていた俺ですら胸糞の悪い話だ…。
そしてそんな話をずっと他人事のように話している姿は本当に壊れかけの人形のようで…日詠もいつかそうなるかもしれないと考えて軽く首を振った…そんな事にはさせない、絶対に。
「それで、あの子が今どうしているのか?って質問だっけ?それはちゃんとこの身体に残っているよ…眠ってるけどね?精神的に負荷がかからないように細心の注意はしているつもりだけどもし何か不安定なことになったならキミたちがこの子を支えてあげて」
「…随分とお喋りじゃねぇか…そんなペラペラと喋ってテメェは何がしてーんだ?観察だけじゃねぇだろ」
「…む…?親切丁寧に聞かれたことを教えてあげてるだけなんだけど…まぁ見返りを求めてないって言ったらウソになるね、一方的に恩を売って後で有無を言わさず従わせるつもりだったんだけど…賢い子は嫌いじゃないけどこういう時メンドウだね?」
「「「!?」」」
「と言ってもこっちの要求はキミたちからしたら大したことではないよ、誰かを殺すのを見逃せとか…ましてやあの人を解放しろなんて思っちゃいない…というかあの人が牢に入れられているからボクはこんな奥の手を使ってキミたちなんかに接触してるんだから」
「お前の行動に
敵連合は関係無いってことか」
俺の言葉に反応したようにチラリとこっちに目を向けると目線を逸らした。
「そうさ、散々言うがあくまでコレはボクの個人的な干渉でついでに言うとこんな力を持っている事もきっと彼らは知らないだろう…ボクだってこんな事できるのを知ったのはつい最近だから知る由も無いとは思うけどね…もう既に察しているとは思うけど、ボクは複合個性持ちでねその中の一つに"共有"というものがあるんだ」
苦虫を噛み潰したような顔をして淡々と話し始める姿に黙るしかない…。
「この子は造られた時、最初から感情なんてものは無かったんだ…いや、無いというよりも分からないと言うべきかな…その身体はあいつらの理想の形ではあったものの感情を理解していなければ"個性"が使えない、謂わば言う事を聞くだけのただの人形だった…きっとそのままでいたらこの子は兵器ではなくただ生きるだけの道具にされていただろう…だからボクはあの子と『感情』を"共有"させて
学ばせたんだ」
「道具って…そんな…」
「…失敗作の破棄は決定されていた、成功例のボクたちは作られた個性因子を採取された後にデータを取る為に死ぬまで無茶な戦闘か…或いは新たな"
人形"を造る為の母体として永遠の製造機とされるか… そんなところだろう。あぁ、今だったら
脳無の材料あたりにもなりそうかな?」
「「「っ!?」」」
お母さんの顔が脳裏に浮かんだ…日詠まであんな風に…いや、もっと酷い目に合っていたかもしれないと思うと怒りが沸々と沸いてくる…どうしようもなくて力の入った手に更に力が入った時、ヨミは胸元の服を握り締めて俯きながら悲痛な声を上げて続きを語る。
「許せるわけないだろう…そんなこと…これ以上この子を苦しめるようなことを…!!だからボクはもしもの時の為に隠していた個性を使った!!ボクの持つ感情をこの子に"共有"させた…っ!!それしか、ボクにはこの子を救う術はなかった……」
「お前…何でそこまで怒木を…」
「……それをキミたちに話す必要は無い」
「キンシジコウってやつか…?」
「…ボクが言いたくないだけさ…キミたちはただこの子の事を信じていてくれさえすれば良い、この子を安心させてくれればいい、それがボクが望む見返りだ、ボクの願いだ…それさえ守ってくれるならボクは──…」
苦しそうに涙を流す姿に流石にもう誰も何も言えなくなっていた。
シンと静まるその場所できっと俺だけが少しの安堵を感じて一歩前へと出る。
「…日詠の考えは正しかったんだな」
「轟…?」
「ヨミ…だったか?日詠はお前が日詠の身体を使ってたこと察してたぞ」
「はっ!?」
「えっ!?」
「どう、して……」
皆が困惑してるのが雰囲気で伝わる…俺が何を言ってるのか分からないんだろう。
だけど俺は
日詠の為に聞かなきゃならない、話さなきゃならない…。
「俺はお前に伝言を頼まれてる」
あの日に約束したことを実行する為に俺たちはわざわざ
大掛かりな芝居を打ったんだから…。
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