代償
「おはよう」
「………………なんで?」
君の第一声は面白いなぁ。そう云った太宰の腕の中で、椿は何故太宰が目の前にいるのか、寝る前の記憶を必死に掻き集めていた。目を覚ますために廊下をふらふらしていた所までは覚えているが…。
そんな椿の様子を太宰はじっと見詰める。そしてハァ、と溜息を付いた。
「矢っ張り寝惚けていたんだね」
「?」
「私の気配を察したのかは知らないけれど、君ってば丁度私が帰った夜中此処に来たんだよ」
「………潜在的意識までもが太宰を殺したがってる…?」
「?? 椿って私を殺したかったの?」
「最近はわりと」
「へぇ……………」
太宰が目を細めると椿はしまった、と口を自らの手で塞いだ。そして出来るだけ目を合わせないように太宰の胸を凝視する。椿のつむじのあたりに視線が突き刺さっていた。
以前の五大幹部就任の時から太宰は度々こうして椿に脅しを掛けてくる。普段の太宰とも教育の時とも違う其の雰囲気は、何となく逆らえないため椿は苦手だった。口には出さないが太宰もそれは察しているだろう。これが太宰の上司としての一面だとすれば今すぐ鴎外の所に帰りたいと椿は思っていた。
微妙な沈黙が二人の間に流れたが、それは太宰の「なんてね」という言葉であっさりと途切れた。
「夢見が悪くて私の所に来るなんて可愛いことをしてくれるじゃあないか。私は何時君の上司から君の乳母になったんだろうねぇ」
「なんで夢のこと」
「寝惚けた君が云ってたよ」
「……なんで寄りによって太宰の所に…」
「何故だろうねぇ」
意識があれば椿は鴎外の所へ真っ先に行っていただろう。
然し夢から醒めてまた眠ったのかと考えて、二度寝後はあの夢を見なかったことに気付く。太宰の寝かしつけが上手いのか。それこそ乳母じゃないか、と思い太宰の顔を見れば、この男は何方かと云えば赤子では無く敵を永遠の眠りにつかせる事が本職だった。さっと目を逸らす。
一先ず窓から差し込む光で朝だということはわかるのだから起きようと、椿は太宰の腕からするりと抜け出した。
「起きるの?」
「うん。お腹空いたから」
「欲に素直だねぇ…」
私はもうひと眠りするよ、と云って太宰はベッドへ再び沈み込んだ。起きたら昨日整理した書類を確認しておいてと声を掛けるとはいはーいという気の抜けた返事が返ってくる。本当に大丈夫だろうかという心配を持ちながら、椿は太宰の部屋から出た。
▽
「業務に支障をきたすのなら、1度精密検査でもしてみるかい?」
椿が向かったのは鴎外の元だった。事のあらましを説明すると鴎外の口から冒頭の言葉が出た。そもそも業務に支障をきたしているのは太宰のせいなのだが。
「精密検査って?」
「脳の状態を調べるのだよ。そこから分析すれば原因が分かるかもしれない…今日の任務は?」
「ある」
「では、帰って報告の後、医務室に向かいなさい。待っているよ」
「…わかっ、……わかりました。失礼します」
「おやおや」
「エリスちゃあん椿ちゃんがとうとう私に敬語を使い始めたよぉ私寂しい」
「リンタロウうるさいお絵かき中よ!」
そんな会話を背中に感じながら、椿は任務へと出た。
結論から云うと、夢の原因は不明だった。不明という事は対処方法もわからないということだ。然しあと1つ考えられることと云えば、異能の使用の代償にその夢を見ているのではないかと鴎外は云った。
任務の後に必ず見る夢。椿が任務でやる事といえば、異能を使うことだった。
「異能の代償?」
「嗚呼。箱庭内で死んだ人間の残留意識が、君に流れ込んでいるのかもしれないね」
「それが見えない闇…?」
「君の箱庭は、敵に君の姿を認識させる前に命を奪うことが可能なのだよ。死ぬ間際、味方が原因不明の死因でバタバタと倒れていく。次は自分ではないかと思う恐怖と、姿形は見えないが確かにそこに居る敵が、君の見た形の無い夢、闇の正体ではないかと、私は思うよ」
「なら、異能を使うとその夢を見る?」
「あくまで推測だがね。異能を使った時に相手が恐怖すれば、それは君の夢に現れるだろう」
「……対処方法は」
「夢を見ないように薬を出す事しか出来ないよ」
ごめんね、と鴎外は云ったが、鴎外の所為では無かった。この異能を持ってして生まれ、使うのなら避けられないことだったというだけだ。それに正体を知っていれば、知る前よりは恐怖が薄れる。知れただけ良かったと、椿は鴎外に礼を云って医務室を出た。
今日の分の睡眠薬を片手に廊下を歩いていれば、エントランスから見知った顔が入ってくる。相手も椿に気が付くと、片手を上げて近づいてきた。
「中也」
「っと、走って来なくてもいいだろ」
「久しぶりだったから」
「あー……そうだな。あの青鯖、キッカリ予定を調整してやがる」
「青鯖…?」
「此方の話だ。……椿、何持ってんだ?」
「ん?うーん………薬」
「見りゃわかる。何の薬かって聞いてんだよ」
怪我でもしたのか?と椿をじろじろ見る中也に違う、と直ぐに反論した。そしてそれが睡眠薬だと分かると、中也は怪訝な顔をする。
「眠れねぇのか」
「ううん。1度眠れはするけど、夢見が悪いだけ」
「だけって、お前なぁ」
ガシガシと頭を掻いて言葉を濁らせる中也。帽子が合わせて揺れている、落ちそうだなぁと椿は取り留めもないことを考えながら中也の言葉を待った。
「………悩みがあんなら、云えよ。聞くくらいは出来る」
「! ありがと」
中也は優しい。その爪の垢を煎じて太宰にジョッキで飲んで欲しいくらいだ。勢い余って抱擁すると「おい!」やら「手前!」やら頭上から聞こえるが、無理矢理振り払わないのも中也の優しさだ。優しさが染みる。ここの所の椿は任務と書類と太宰ばかりで若干の疲弊を感じていたのだ。地下の自室に帰る前に太宰に1つ文句を云おう、休みを寄越せと。
ウンウンと椿の1人作戦会議が終わったところで中也を離す。任務帰りで報告がある筈なのであまり長く引き止めるのも悪い。中也とはそこでお別れをした。今度中也には太宰の愚痴を云いに行こう、そう心に決めながら。