閑話 信仰者たちの集い


「ほんと体よわよわだね、龍之介」
「くッ…」

ギロリと睨まれるが当の椿はどこ吹く風だ。
最早その光景は医務室の人間にとっては見慣れたもので、治療を毛嫌いする芥川の面倒は簡単なものであれば殆ど椿が診ていた。芥川は椿を同類と見なしているのか、医務室の人間に対してのそれに比べれば幾分か大人しく治療を受けていた。…椿の押しが強いことも理由の1つではあるが。

「私も薬が必要だったけど、体が薬を受け付けなくて」
「……何かの病か」
「いや?ただ夢見が悪い」
「そんなもので太宰さんの手を煩わせるか貴様…!!」
「一人で勝手に行動する龍之介よりはマシ。それに怪我まで負ってくるんだもんね」
「………」

「誰よりも先に行動しなければ戦果を得られぬ…太宰さんに認めてもらえぬ。だから僕は……それなのに」
「太宰は戦果を挙げる事よりも今は、龍之介の成長を待っているんだよ」
「成長だと?」
「そ。成長…龍之介と異能のね」
「…戦いに出ればそれを証明出来る」
「そりゃあ、力を誇示する事は出来るけど…」

うーむと椿は巻き終わった包帯を片付けながら芥川の凝り固まった脳味噌をどう箸先で解すか考えていた。力と殺戮と太宰しか今のところ芥川の頭には無い。それに太宰の云う事しか基本的に聞かない彼に何を云っても無駄になることは目に見えていた。つまり椿が何を云っても殆ど芥川には届かないのである。

然し椿は、それでも芥川に構うことを止めなかった。彼が倒れれば引き摺ってまで医務室に連れていき、言葉を掛け続けた。言葉の凡てが通じずとも、100の内の1は拾ってくれる筈だ、と。始めの方では椿が一方的に喋っていたが、今では芥川も幾らか話を聞いて相槌くらいは打ってくれるようになった。これでも大きな進歩である。

「今は何を教えられてる?」
「…羅生門での防御方法だ。然し此奴で何が…あの人の考えは、僕には理解の及ばないものばかりだ」
「その異能で防御…羅生門重ねて壁にしたりとか?」
「防御の度に其れでは、布が幾らあっても足りぬ」
「む…じゃあ龍之介のそれって今は何が出来るの?切り裂く以外で」
「…………」
「…無いの?」
「…空間断裂」
「それも切ってるよ」
「……………………簡単なものであれば、植物や虫鳥の形を模す事が出来る」
「えっ」

見たい!!身を乗り出して迫る椿に、芥川は体を引いた。然しいつの間にかガッチリと外套を掴んでいた椿の前でそれ以上の後退は不可能。はやくはやくと外套を引かれ、太宰から貰った外套に変な皺がつく事も嫌である為に仕方なく、芥川は異能を使った。
途端椿は今迄見たことが無いほどに目をキラキラとさせ、すごいすごいと興奮した。芥川は戸惑った。こんなもので喜ばれるのは初めてだった。ましてや褒められるなど。
椿は触っていい?と云いつつ既にあと数センチで蝶を模した其れを触ろうとしていた。というか触った。

「蝶って久しぶりに見た」
「フン、其れは羅生門だ。蝶ではない」
「うーん確かに動きがぎこちない」
「やらせておいて文句を云うな」

もういいだろうと異能を解除すると椿はもっと見せてと云いだした。文句を云われるというのに誰が出すか、と芥川は早々に医務室を出た。







芥川は再び医務室にいた。相変わらずその腕に包帯を巻くのは椿である。

「…」
「…今日は大人しいね」
「フン」
「龍之介ってすぐ鼻で笑う」

椿はじとりと視線を芥川に向けついでに包帯もキュッと絞めた。「やめろ」と眉間に皺を寄せて芥川も椿を見ると、どうやら何時もより椿の機嫌が悪いらしい事に気付く。

「何かあったか」
「?」
「…貴様の何時もの話から察せば太宰さんだろう?」
「………龍之介ってあんな態度でも話聞いてたんだ」
「太宰さんの事は聞いている」
「嗚呼、成程」

芥川が話を聞いていた事に驚いた椿だったが、其の返答に直ぐに納得した。芥川は太宰の事であれば100話されれば100聞いていると云っても過言では無い。
其れなら今後は、湯水のように湧き出る太宰の愚痴を延々と話してやろうか、と椿が暫く考えていると、芥川が痺れを切らしたように口を開いた。

「其れよりも包帯が何時もよりキツい。機嫌を直せ、今直ぐ」
「龍之介が無茶云うから直らない」

ハァと芥川が溜息を吐く。羅生門の気配を感じた。武力行使に出るか、と椿も箱庭を準備するが、次に視界に現れたのは凡てを切り裂く黒獣では無く、ひらひらと風に飛ばされてしまいそうな蝶だった。蝶と云ってもその羽は黒く、そこから伸びる糸のようなものを辿れば芥川の外套に行き着く。蝶は以前のようなぎこちなさは無く、動きだけで云えば紛うことなき蝶だった。
暫くそれに釘付けになっていると、芥川がじっと椿を見る。

「…なんだ、これでは未だ不服か」
「……ううん、すごいよ龍之介。蝶だ」
「フン。何処かの誰かが文句を云うからだ」
「練習したの?」
「…奴らの動きを観察した」

椿が羅生門の蝶に指を近づけると、その指先で休むように蝶は椿にとまる。おお…と感嘆の声を漏らす椿の機嫌は既に直っていた。完全に蝶へと意識が釘付けになっている椿を見て、芥川は羅生門を囮にすれば此奴の医務室連行を回避できるかもしれないな、と其れの活路を思案する。然し今の所、この蝶は椿の気を引くくらいしか使い道が無い。それに蝶を模せるようになっても、任務の戦果を挙げる事には繋がらないのだ。
其れなのに、芥川が態々任務先で蝶を見れば足を止めじっと観察していたのは

「すごいね、龍之介」

この女が僅かに笑い、自分を讃える言葉がもう一度聞きたかったのだ。
馬鹿馬鹿しい。あの人に認められなければ凡ては無意味だと云うのに。貴様に褒められても全く嬉しくない。そう口では呟きながら、芥川は次に何の形を模そうかと思案するのだった。



後日太宰に「君ってそのポンコツな異能で花を作れるんだって?私にも見せてみてくれ給えよ」と云われ、矢張りあの女は何時か殺さねば気が済まないなと芥川は思った。